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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
第8回湧き上がる音楽祭 in 北九州 オーケストラ演奏会

・モーツァルト:クラリネット協奏曲イ長調 KV.622
・ベートーヴェン:ロマンス第2番ヘ長調
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」


バセットクラリネット独奏:タラス・デムシチン
ヴァイオリン独奏:武内麻美
タラス・デムシチン指揮、ベートーヴェン・シンフォニエッタ

 

2017年8月11日(金)、戸畑市民会館大ホール
 

ベートーヴェン・シンフォニエッタは、2014年に創立されたオケで、指揮者のデムシチンは九響の首席クラリネット奏者。この人は今年1月の北九州伯林的管弦楽団の演奏会でも指揮しているのを聴いており、精力的に活動しているようです。


1曲目は、デムシチンの弾き振りじゃなくて吹き振りによるモーツァルトのクラリネット協奏曲。モーツァルトでもとびきり美しい曲ですが、聴く機会はそれほど多くなく、普通のクラリネット(モーツァルトの場合はA管)とバセット・クラリネットでどう違うのか、みっちはよく知りません。おそらく、バセット・クラリネットの方がオリジナルに近いのでしょう。この楽器は通常のクラリネットより大きく、低音域が拡大されていますが、バセットホルンのようなくぐもった音色にはならないようです。おかげで終始明るい表情で楽しめました。
 

2曲目は、当初メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が予定されていましたが、ソリスト(コンミス)が故障したらしく、ベートーヴェンのロマンスヘ長調に曲目変更。この曲ならテクニック的に問題ないということ? 伸びやかな独奏ヴァイオリンを聴かせてくれました。


3曲目はベトベン「運命」ですが、正月に聴いたタコ5のやりたい放題だった印象から、おそらく速いか遅いか、どちらにしても両極端だろうと予想していました。結果は速い方。もともとベートーヴェンのメトロノーム指定は速すぎるといわれますが、それを忠実に守ろうとしたのか、あるいは演奏可能な速度の限界に挑戦したのか。比較的普通に近かったのはスケルツォ主部くらいで、あとは全楽章息もつかせないような駆け足でした。第1楽章の出だしなど、速すぎてタタタターがタタターに聴こえたぐらい。第1楽章や第4楽章では提示部を繰り返していましたが、それもあっという間に過ぎていきました。第2楽章はもう軍隊行進曲かと。正直、この楽章ぐらいはもうちょっと味わわせてくれてもよかったんじゃ? オケはがんばったと思います。第2楽章のチェロとかスケルツォ中間部のコントラバスとか難所がたくさんあったと思いますが、破綻がなかったのは立派。フィナーレではピッコロが随所で存在感を見せていて、とても効果的でした。
 

アンコールはモーツァルトの「トルコ行進曲」のオケ版。だれのアレンジでしょう? デムシチン自身かも。木管にメロディを持たせ、弦のリズムに金管が突撃ラッパ風な合いの手を入れるというパターンで楽しい編曲になっていました。ちなみに、一緒に聴いた奥方の感想によると、デムシチンは管の人だけあって、息の吸い方がすごいってf^^;。そこお!

posted by みっち | 23:08 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章

荒木飛呂彦の人気マンガ「ジョジョ」シリーズ第4部の実写劇場版。わが家のエントっ子は当初『トランスフォーマー/最後の騎士王』を観たがっていたのですが、前田有一の「超映画批評」で今週のダメダメになっているのを見て気が変わったらしく、こちらにf^^;。みっちとしてもトランスフォーマーは食傷しており、『パイレーツ・オブ・カリビアン』以上に期待できない感じだったため、渡りに船という状況でした。


結論としては、実写版としてはよくがんばっていました。ジョジョファンとしてはけっこう評価できる仕上がりだったと思います。ただ、物語の途中までであり、単体の映画として面白いかといわれると、そこは苦しい。現状では原作ファンがネタとして楽しめる以上のものにはなっていないかな。以下、ネタばれ。
 

キャラクタ造形は、仗助の髪型や承太郎の帽子など、なにもそこまでやらなくてもというくらいマンガに似せてあります。主演の山崎賢人は思ったより良かった。伊勢谷友介の承太郎と岡田将生の虹村形兆もまあまあ。伊勢谷は吉良吉影とか岸辺露伴とかが似合いそうなので、あとに取っておいても良さそうですが、ここではアンジェロ役の山田孝之と二人で作品に重みを付ける意味での起用か。承太郎の頭部はマンガでも変なので、実写版では例えばボルサリーノの帽子とか、アレンジしてよかったと思いますけど、後ろの髪を帽子に貼り付けてあくまで原作風に処理していました。とくに好演だったのは新田真剣佑の億泰で、ヤンキー役がハマっていました。山岸由花子の小松菜奈も雰囲気は出ていました。活躍シーンがないのがもったいないくらい。神木隆之介の高校生はさすがにちょっと苦しい。
 

スタンドの描写でそれほど感心するものはなかったけど、ひどいものもなかった。中では形兆の「バッド・カンパニー」がよく再現されており、ラストバトルにふさわしい盛り上がりになっていました。スペインロケは、荒木ワールドのテイストを出すためかと思いますが、そこそこマッチしていました。音楽はときに邪魔に感じる場面がありました。スタンドの名前はミュージシャンから取られたものが多いので、そのあたりでリンクさせるとかしてくれたらもっと楽しめたと思うんですが、版権上難しかった?
 

ストーリーは原作にかなり忠実です。尺の問題もあるため、省略されたキャラやエピソードは当然ありますが、そこは概ね許容範囲。最大の改変はラストで、虹村形兆を倒すのはレッド・ホット・チリ・ペッパーではなく、「第二の爆弾」シアハートアタックです。ここで吉良のスタンドを出すのは、どうなんでしょうね。続編を観ないとなんともいえませんが、シアハートアタックは狙った標的を仕留めるまで追い続けるという性質があるため、吉良が形兆を狙う必然性を作らないといけなくなるわけで、破綻なく脚本をまとめるのは難しそう。次ができるといいですが、心配なのは観客動員数。みっちたちが観たときは、劇場に3人(つまり。エントっ子とみっち以外は一人だけ)しか客がいなかったんで(爆)。

posted by みっち | 22:46 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
ショーン・オブ・ザ・デッド

夏休みにピッタリ?のゾンビものコメディ。2004年のイギリス映画ですが、日本では未公開で、ブルーレイを購入して鑑賞。イギリスのコメディということで、ドタバタ大爆笑というよりジワジワくるタイプ。ギャグだけでなく、ゾンビもジワジワ(爆)。なお、元ネタとなったロメロ監督作品『ゾンビ(原題:Dawn of the Dead)』は観ていません。ストーリーは近いらしい。


サイモン・ペグは、『ミッション・インポッシブル/ローグ・ネイション』で、主演のトム・クルーズの体を張った演技よりも「階段階段階段!!」と絶叫するベンジーの方が印象に残っているかも(爆)。そのペグが主演を張ったシリーズがあり、『SHERLOCK』や『ホビット』のマーティン・フリーマンも出ているらしい、との情報からたどり着いたのが、これでした。以下、ネタバレしています。
 

随所にクスッとなるところがありますが、前半は緩やかな展開で、この程度なのか?とイラつかされる感じも。しかし、どうやらそれは計算されたものらしく、小ネタは全部伏線というか、街にゾンビが溢れ出してから、もう一度やるんですよねf^^;。サッカー小僧は死んでゾンビになってもショーンにボールをぶつけるし、フィリップは音楽を止めるし、エドもゲームしてるし。なにより、主人公のショーンからして、「世界の中心」(爆)のパブ「ウィンチェスター」に行くために、うようよいるゾンビたちの真っ只中にわざわざ突入するという、ね。状況がいくら変わっても人物?たちが同じことを繰り返すというのは、もしかするとこの映画の大事なメッセージだったりして。
 

ゾンビものだけに、スプラッタ的な表現はあります。みっちはこの手の映像が苦手で、子供のころ鍼麻酔の手術シーンで脳貧血を起こし、長じては原爆のノンフィクション映像を見て失神してしまったくらい(ーー;)。この映画の場合は、ギャグやパロディとして見ることができる分耐えられるし、途中まではそれほど強烈なものもなかったのですが、終わり近くのデービッドがとんでもない。彼、謝ったのにこれはひどい。一緒に観ていたエントっ子にいわせると、このシーンで『トロピック・サンダー』を超えたらしい。やりすぎて笑ってしまう点ではいい勝負かと。
 

下ネタは間接的ですが、けっこうどぎついので面白いからといって小学生などと一緒に観るのは、「いまのはどういう意味?」とか聞かれて困るかもしれません。ちなみにマーティン・フリーマンはショーン一行とすれ違うワンシーンのみの出演でした。セリフも一言だけ。この映画を観ていて、『ホビット』の撮影中、彼がいろんなところで中指を突き立てて写真に収まっていた理由がなんとなくわかった(爆)。あと、このブルーレイは字幕だけで、吹替えがなかったのが残念。一粒で二度おいしいのが洋画ディスクの楽しみ方だと思うのですが。
 

『ショーン・オブ・ザ・デッド』は、エドガー・ライト監督、サイモン・ペグ主演による「3つの味のコルネット」三部作の第1作ということで、引き続き『ホット・ファズ』、『ワールズ・エンド』も購入する予定。コルネットとはアイスクリームの名称らしく、劇中、エドに頼まれたショーンがアイスを買いに外出し、目的の店も含めて状況が一変しているにもかかわらず、全然気づかず無事にビールとアイスを調達して戻ってくるシーンがありましたが、あれか。

posted by みっち | 22:08 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
第8回湧き上がる音楽祭 in 北九州 コンチェルト演奏会1

・プロコフィエフ:古典交響曲(交響曲第1番)ニ長調 作品25

・リスト:ピアノ協奏曲第1番変ホ長調
・シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品47

 

ピアノ独奏:折居吉如
ヴァイオリン独奏:森山まひる
楠本隆一指揮、湧き上がる音楽祭祝祭管弦楽団

 

2017年8月5日(土)、北九州市立響ホール
 

「湧き上がる音楽祭」も今年で8年目。初日のコンチェルト演奏会に行ってきました。
 

1曲目はプロコの「古典」。この曲は演奏したことがありますが、難しく、とくにフィナーレは演奏至難だった記憶があります。響ホール合奏団を主体にしたオケはさすがにうまく、張りのある音で聴かせました。オープニングを飾るにふさわしい演奏だったと思います。弦は7、7、5、5、2という編成。
 

リストのピアノ協奏曲は、昔日本フィルの定期演奏会でカツァリスが弾いたのを聴いて以来。あのときはつまらん曲だとしか感じなかったのですが、このごろリストを面白く思えるようになっています。ピアノソロは、長身で細身。若いころのリストもこんな感じだったのではないかと思える赤い裏地の上着、赤いシャツで登場しました。ハンガリーに留学していたようで、リストは得意とするところ? 颯爽と弾きこなしていました。鮮やかな演奏で、アンコールのラ・カンパネラも妖しさ十分。まだ初々しく、舞台慣れしていない様子でしたが、すぐに婦女子を悩殺するようなソリストになってしまいそうな予感。
 

後半のシベリウスは、今年17歳になるというソリスト。水色のドレスで体は小さくまだあどけない印象ですが、演奏ぶりは実に堂に入ったものでした。技術といい歌わせ方といい集中力といい、もう立派な演奏家といっていい。シベリウスにしては音色がちょっと温かいかな、と思いましたが、音量豊かによく歌い込んだ結果のようで、お見事。感動的でした。アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番のラルゴで、これもまた素晴らしく、音色的にはこちらの方が合っていたくらい。北九州からは南紫音のような若手ヴァイオリニストが出ていますが、彼女もすぐ追いつきそう。
 

若き二人の演奏家の今後の活躍に期待します。演奏はよかったのですが、客席がガラガラだったのはもったいない。宣伝が足りなかった? 今年の「湧き上がる」には、あともう1回行く予定。

posted by みっち | 16:16 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
スマホデビュー

ずっとガラケーだったのですが、先月末に家族がドコモからソフトバンクに乗り換えたのに伴い、スマホを持つことになりました。機種はXperia XZ。ソニー製で、最新のXZsよりひとつ前のモデル。ソフトバンクではこれが叩き売り状態らしく、奥方がピンク、エントっ子がブルー、みっちがプラチナ(シルバーにしか見えないんだけどf^^;)と、同じ機種の色違いを選びました。エントっ子はiPhoneを狙っていたようで、みっちはどうせ電話かメールしか使わないので宝の持ち腐れというやつで、機種はなんでもよかった。京セラのDIGNOの方が安かったのでそれでいいやと思っていたのですが、奥方から「おそろいにしなさい」と一喝されました。はいっ(爆)。

 

まだ操作に慣れておらず、指先に潤いがないためか、画面にタッチしても反応してくれなかったり、そういやこのごろ楽譜もめくりにくいぞ! とスマホになってイライラ感が募るきょうこのごろですが、メール画面はガラケーより広くなって読みやすい。せっかくなので、家族でラインだけはできるようにしました。

 

あと、アマゾンでスマホケースを買いました。こっちは家族バラバラで、エントっ子は猫居酒屋、奥方はト音記号の絵柄。みっちは栃木レザーの手帳型があったのでポチリ。以前、石田製帽のパナマ帽に使われていたベルトが栃木レザーだったことが頭に残っていました。製作が追いついておらず、最悪1ヶ月くらいかかるかもしれないという連絡がありましたが、10日ほどで送ってきした。思ったより早かった。携帯の色に合いそうな緑色を選んだところ、深みのある色で、革のいい香りがします。質感が高く、気に入りました。ボタンなどのない、ごくシンプルなタイプで、普通に置くと半開きになりますが、なじんでくると閉じるのかな? とりあえずいまは裏返しにして置いています。

 

posted by みっち | 23:53 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
ヴィト/ポーランド国立放送響によるマーラーの交響曲第6番

・マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」


アントニ・ヴィト指揮、ポーランド国立放送交響楽団
 

1992年12月15-19日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第6番を聴きました。ボックスの8枚目に第1楽章と第2楽章(スケルツォ)、9枚目に第3楽章(アンダンテ)と第4楽章が収録されています。演奏時間はトータルで約82分。


これはヴィトのマーラーの中でも出色の1枚(厳密には2枚f^^;)と感じました。オケの力感に富みながらも華やかな色彩と、精妙な楽器バランスによる独自の響きを打ち出して、非常に説得力のある演奏。みっちの中では5番はプレートルなんですが、6番はヴィトかも。
 

第1楽章は、適度かつしなやかなテンポ。オケは力んだところがなく、どこか余裕を感じさせますが、カロリーは十分に高い。モットー出現箇所は、「強→弱」をそれほど強調せず、「長→短」の響きの変化を重視しているようです。経過部の木管コラールの後半に、ホルンのオブリガートを聴かせるのがヴィトらしい工夫で、ここに限らず、ホルンを活躍させているのが好ましい。第2主題では、ヴァイオリンが勢い良くちょっと跳ね返りっぽいアルマ?の横顔を魅力的に表出します。展開部のカウベルは、ガランガランというよりもチャリンチャリン系、ってわかるかな?
 

中間楽章はスケルツォ―アンダンテの順。アンダンテが先になっている演奏を、みっちはまだ体験したことがありません。ただ、第2楽章がスケルツォの場合、第1楽章から曲調に大きな変化がないため、やや退屈しがちなところがあると思います。しかし、ヴィトにかかると楽器法による音色変化を最大限活かして、立体的に面白く聴かせます。これは秀逸かと。
 

アンダンテはかなり遅く、出だしは第5番のアダージェットのような雰囲気です。あのアダージェットもアダージッシモぐらいだったからなf^^;。旋律を木管が引き継いだときに、ファゴットの対旋律を浮き立たせるあたりがヴィトの技。ホルンもよく歌っています。楽章の終わりごろに、堰を切ったように感情が乱れますが、ここをヴィトはじっくり描きます。おかげで、この楽章は三部形式というよりもABA+A'のような、ちょっとベートーヴェンの「英雄」の葬送行進曲を思わせるような構成感となります。こうやって聴くと、この楽章が3番目にある理由がしっくり納得できる気がします。
 

第4楽章には31分強かかっています。この楽章は何かに取り憑かれたように突進したり、がっくり落ち込んだり大きな振幅があるため、速い遅いで激しく荒れ狂うタイプの演奏も面白いのですが、ヴィトはそういうことはしません。やや遅めのテンポで一貫しており、局面局面を克明に描きます。解釈としては、ギーレンに近いかな。ただ、ギーレンの場合はこの楽章、やや意図的なものが感じられます。凱歌を上げようとする3回のクライマックスのうち、最初が最大で、次第にインパクトが弱くなるという設計が見て取れます。もしかすると、アルマの回想にある、R・シュトラウスが語ったという「初めがいちばん強く、終わりがいちばん弱い。逆にした方が効果的なのに、なぜでしょうな」という言葉を意識したのかも。とはいえ、シュトラウス自身はこの発言を否定しているようですが。それはともかく、ヴィトは各頂点に差は感じられず、それぞれしっかり築き上げます。情念的でも意図的でもなく、スケール豊かで、音楽的にきわめて密度が高い。
 

序奏は、低音管によるコラールの深々とした響きが素晴らしい。モットーは、例によってティンパニがドッスン系のちょっとくぐもった響きで、まさにドスが効いている(爆)。主部に入り、第1主題は各声部の絡み合いが見事です。以降もいちいち挙げませんが、どの楽器が何をやっているかダンゴにならずよく見える。オケの力量も素晴らしい。展開部の第1と第2の頂点では、ハンマーのドガッという打撃音が明確。再現部から第3の頂点までも含めて、実に面白い。こう書くと、そんな運命の場面を面白がっていいのかみたいな感じもありますが、修羅場だからこそ面白い。コーダでも一般的には断末魔のうめき声なんでしょうけど、そういうイメージとは離れたところで管が音楽的に充実した演奏を聴かせます。
 

録音は1992年で、このシリーズとしては中盤。残響は多めですが、各声部は明快で余分な響きや色付けは感じません。スケールの大きさと密度、解像度の両立したいい録音だと思います。

posted by みっち | 20:34 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
玄関リフォーム

わが家の玄関ドア、窓、門扉の3箇所をリフォームしました。

 

画像左のものがリフォーム前の玄関内側。午前9時くらいで照明を点けないで撮っています。玄関ドアは外側の表面にサビが出て見苦しく、採光窓はあるけどちょっと暗い。左側の窓は北向きで、隣家のコンクリート擁壁に面しているため景観も✕。砂ぼこりも飛んでくるため、常に締め切っています。このため、玄関の靴箱などはカビやすい状況。そこで、玄関ドアに通風機能を持たせ、窓ははめ殺しの装飾窓にしようと考えました。ついでに、玄関照明をドアに合わせて新しくLEDに取り替え、さらに門扉を照明灯付きの鋳鉄タイプにするという計画です。

 

玄関ドアは、採風・採光という条件で選びました。できれば明かり窓を大きく採りたいところですが、デザインと採風・防犯との兼ね合いで決定。色はマホガニー調です。前のドアは黒に近いグレーブラウンで、見た目にも暗かった。最近の木目調はよくできています。結果的に、断熱性能が付いたタイプになりましたが、その効果のほどは冬にならないとわからないかもf^^;。

 

装飾窓は、決まるまでいちばん時間がかかりました。「ニューステンド」という、ステンドグラスっぽい絵柄の入った1枚ものがあり、カタログでは本来もっと大きなサイズから一部を切り取る形で取り込みました。どの絵柄のどの部分を活かすかを、工務店を通じてメーカーとやりとりしたのですが、こちらもなにがどのように加工できるか知らないわけで、意図が先方になかなか伝わらず、送られてきた下絵を見て「違うだろーっ!」(爆)。そんなことはいってませんが、最終デザインになるまで4往復くらいしました。しかも、実物を見ないままイメージだけで選んでいるため、実際に取り付けられるまでまったく自信なしでした。

 

アフターが右の画像。ビフォー画面とほぼ同じ時間帯です。なにが変わったん?とかいわないよーに。採風は、ドアの中ほどが網戸式のスリットになっていて、ロック可能なガラス戸で開閉できる仕組み。これはいい。スリット自体の面積は以前とそれほど変わっていませんが、透過性が違うようで、足元などがはっきり明るくなりました。ニューステンドはほぼイメージどおり。絵柄の花の部分はもっと赤いかと思っていましたが、落ち着いた配色です。あえていえば、背景のいちばん色の薄い箇所をすりガラス風に透明度を高めてくれたらよりきれいかも。外光を受けての輝き具合は予想以上でした。

 

玄関照明や門扉もカタログを見て選んだだけなので、実物で雰囲気がちぐはぐにならないか心配していましたが、結果は良好です。門扉に付いた照明灯のおかげで、外の階段からアプローチまでの動線が夜暗かったのが見えるようになりました。奥方も気に入ってくれたようで、やれやれ。

posted by みっち | 23:37 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
新型カムリ試乗

トヨタカローラ店で先日フルモデルチェンジしたカムリに試乗させてもらいました。グレード3種類のうち中間のG、塗装はグラファイトメタリックで、みっちのCX-3チタニウムフラッシュマイカと同系色。でも比べるとカムリの方がキラキラ光っていて値が張ってそう。


写真では見ていたので予想は付いていましたが、かっこいいプロポーションです。サイズはマツダ・アテンザとほぼ同じで、スタイリッシュさもほぼ同等。担当の方の話では、いまセダンはマツダにかなり食われているそうで、アテンザを相当意識しているらしいことは、塗装を赤にするとよくわかる。フロントマスクは最近のトヨタらしいヒゲクジラ風ですが、見慣れてきたせいもあってか、まあまあに思えます。
 

乗り込む際には、モデルチェンジで車高が低くなっているわりにはそれほどかがまなくても大丈夫でした。CX-3と並べてみてもちょっとだけ低いくらい。フロントドアが重く、高級感があります。フロントウィンドウの視界は広く、快適。横幅が184cmと広くなっていますが、運転席からはそれほどのワイドさは感じられず、取り回しや見切りはよさそう。シートの調整は、座面の前後、高さ、傾斜、背もたれなどがすべて電動で細かくセットできます。慣れないと、思わず触ってしまって違うところが動きますf^^;。足元ではアクセルがオルガンペダルになっているのもマツダを意識している現れでしょう。
 

内装は、インパネはいろいろ触ってないので操作性まではわかりませんが、デザインは悪くない。センターコンソールも容量が大きいなあ。助手席前とセンターコンソール前のカップホルダーにタイガーアイ調の装飾板を張っているのが特徴で、これ自体はなかなかかっこいいのですが、2箇所だけなのはなぜ? ドア周りはむしろ簡素で、車種・グレードの割にはプラスチッキーでした。
 

エンジンは2500ccのハイブリッド。現状これしか選べません。ハイブリッドなのでスイッチを入れてもエンジンはかからず無音。でも、これまで乗ったプリウスやアクアと違うのは、踏めば応える素直なレスポンスで、エコ性能優先ではない、排気量なりの余裕を感じさせること。ハイブリッドなのにブレーキングでカックンすることがないのは驚きました。足回りは、ギャップはよく拾いますが、収束が早く安定感に優れています。ワイドに踏ん張った感じがありますが、コーナリングはいかにもトヨタらしい鷹揚なもので、マツダのようなトレース感はありません。サイドブレーキが省略されている(パーキング位置で自動的にかかる)のは、最近のレクサスなど高級車からの流れらしい。とても暑い日でしたが、エアコンの効きは非常によく、充電のため送風になったりすることもありませんでした。一般道で不足を感じることはないでしょう。高速は走っていないのでわかりませんが。
 

助手席に座ると室内の広さが実感できます。後部座席も余裕ですが、頭上はそれほどありません。トランクルームは広いだけでなく奥行きがあり、もしかしたらチェロケースが2台分縦に入るのでは?と思えるくらい。それはちょっと大げさかf^^;。正直、みっちの生活環境からするとサイズが大きすぎるし、なんやかやで400万円は高すぎる。とはいえ、もしこれが2年前に出ていたら、どうしようか悩んだかもしれないと思うくらいの魅力はあります。噂では、来年あたりカローラがフルモデルチェンジし、大きくなるらしく、そうなるとまた射程内に入ってくるかも。

posted by みっち | 23:27 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
銀魂 実写版

マンガやアニメの実写版はコケるというのが通例だと思いますが、そのわりにはやたらに実写化されている気がする。しかし、『勇者ヨシヒコ』シリーズの福田雄一が監督ということで、銀魂は楽しみにしていました。見事期待に応える出来です。あっぱれ!! 以下、ネタバレあり。

 

まずは、よくぞ集めたといえる豪華キャスティングに拍手。実写版て、出演者のだれか必ず「コイツは違う」というのがいるもので、それはいろんなオトナの事情があってのことだったりするんですが、ここでは全員が違和感なくハマっています。小栗旬は、あの『ルパン3世』もあっただけに不安がよぎりましたが、しっかり銀さんでした。菅田将暉の新八にはとくにびっくりさせられました。テレビなどで見せるオーラがみじんもなく、メガネ以外のなにものでもない感じに(爆)。橋本環奈の神楽も楽しめました。鼻ホジや◯ロ吐きなど、並のアイドルではなかなかできるものではありません。

 

ストーリーは劇場版アニメにもなった「紅桜篇」がメインですが、「カブト狩り」のエピソードを冒頭に加えることで、真選組の面々を絡ませることに成功しています。近藤(中村勘九郎)、土方(柳楽優弥)、沖田(吉沢悠)の3人が素晴らしい! とくに近藤はいきなりフンドシ一丁のキラキラ蜂蜜モードで登場し、全裸にモザイクといういつもの姿(?)まで文字通り全開で突っ走ります。よくやった(爆)。桂(岡田将生)とエリザベスのコンビも実写版だと異様さが際立って、並んで歩くだけで「絵」になる。今回ズラはボケませんが、このころはまだそれほどでもなかったんですよね。

 

原作の笑わせどころをかなり忠実に追っていますが、それだけでなく、実写版オリジナルのギャグシーンはさらにインパクトがあります。長澤まさみのお妙は、銀さんの枕元でドラゴンボールを朗読してテヘペロ(爆)。源外との絡みではシ◯アと専用ザ◯、ナ◯◯◯と◯◯ヴェまでが現れて、いいのか、大丈夫なのか、これ。しかし「絶妙」なチープさで許されるんだろうな、きっと。反面、宇宙海賊「春雨」の部分は大幅にカット。後半のスペクタクルはアニメほどには盛り上がりません。もしかすると、ギャラに予算の大部分を取られて演出や特殊効果まで回らなかった可能性もありますが、ハリボテ風の小道具はヨシヒコでもおなじみなので、半ばは意図的でしょう。

 

どうでもいいようなところですが、ツッコミしたくなったのは、高杉(堂本剛)が倒れたシーンで、右足が内股でオネエっぽくなってしまったところ。膝を立てると奥まで見えるから? それならアングル変えたほうがよかったんじゃ? ここ、けっこう引っ張った挙句、銀さんも隣に倒れてきて、こっちは男らしいのでよけいに目についてしまいました。あと、CG定春の頭部と身体のバランスがおかしい。身体を大きくするといろいろ支障が出るのはわかりますが、もふもふ感はかなり減少。武市(佐藤二朗)の「フェミニスト」のフェにアクセントがあったのは、アニメ観ていない証拠でしょうね。別にいいですけどf^^;。武市のアドリブにまた子(菜々緒)が吹いているシーンがあります。このまた子がまた、ホントにまた子(あれ?なんかヘン)。

 

とても面白かったのですが、後ろの席にひとりでしゃべっている客がいて、後に行くほどひどくなり、エンドロールを読んだりし始めて、一緒に観ていたうちにエントっ子はブチ切れていました。客のマナーだけが残念。

posted by みっち | 21:48 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
ヴィト/ポーランド国立放送響によるマーラーの交響曲第5番

・マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調


アントニ・ヴィト指揮、ポーランド国立放送交響楽団
 

1990年8月16-18日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第5番を聴きました。ボックスの7枚目に収録されています。演奏時間はトータルで約75分。
 

声楽の入らない純器楽のためのマーラーの交響曲としては、5番は1番に次いで演奏機会が多そう。しかし、独特な楽章構成のため、納得のいく演奏は案外少ないのでは? ここからしばらくは、演奏と直接関係のないみっちの妄想なので、前もってお断りしておきます。能書きはいらん、という人は、括弧書きのところからお読みください。
 

曲は5つの楽章からなり、5楽章構成はわりとマーラーにはあります。第1楽章が異例のゆっくりとした葬送行進曲、第2楽章がいわゆるアレグロ楽章、第3楽章が大規模なスケルツォ、第4楽章が遅い「アダージェット」、第5楽章が快活なロンド・フィナーレ。楽章ごとの演奏時間ではスケルツォがいちばん長く、全体の流れをこのスケルツォが分断しているように見えるのがこの曲最大の疑問点でしょう。
 

マーラーはなぜ、こんなことをしたのか? 作曲者自身が出している答えがひとつあります。楽譜に書かれている三部構成がそれで、I(以下、楽章をローマ数字で表示)とIIが第一部、IIIが第ニ部、IVとVが第三部とされています。つまりマーラーは、スケルツォ楽章を意図的に独立させています。
 

もう少し詳しく見ると、第一部と第三部はともに二つの楽章でできていて、先の楽章が遅く後の楽章が速い。また、先の楽章の素材が後の楽章に使われている点でも一致しており、I→II、IV→Vがそれぞれ「序奏」と「主部」のような関係にあることで相似形です。さらに、IIの終わりではVのコラールが予告されており、第一部と第三部が直接結びついています。こうして見ると、ますます真ん中の長いスケルツォだけが浮いているように思えてくる。どうしてマーラーは曲のど真ん中に関係の薄そうな、長くて間奏曲ともいえないような音楽を置いたのか。
 

その答えは、スケルツォこそがこの曲の中心だからではないでしょうか。いやまあ、そのまんまなんですが、楽章順というだけでなく、音楽的にもこの楽章が中心だということをいいたいわけです。マーラーがスケルツォに重きを置いていたということを踏まえれば、この楽章の充実ぶりにも納得がいこうというものです。
 

いくつか足しになりそうなヒントを挙げると、スケルツォ楽章は必ずしも独立してはいません。Vの主要主題は移動ドでいえばラーソファミという順次下行音型で、これがスケルツォに出てきます。具体的には、第3主題(第2トリオ)のホルン音型の合いの手としてトランペットなどに特徴的に現れ、楽章の締めくくりではうるさいぐらい連呼されます。つまり、IIIはVに結びついており、もしこの後アダージェットを飛ばしてフィナーレを演奏したとしても、案外スムーズにつながるはず。もしかすると、アダージェットは後から書かれたんじゃないでしょうか。マーラーはこの曲の作曲中にアルマと出会っているわけで。
 

そもそもこの曲はマーラーの作品中でもパロディ色が強く、冒頭のファンファーレからしてメンデルスゾーンの結婚行進曲のパクリです。本職指揮者のマーラーがこれを知らないワケがない。「結婚は人生の墓場だ」というような表現がありますが、マーラーはそれを音楽でやっている。そのくせ、自分はまもなくアルマと結婚しているわけで、ブーメランになっていることは自覚していたはず。もうひとつ、フィナーレの冒頭も自作『少年の魔法の角笛』の「高い知性を讃えて」のパロディで、当該詩の内容はカッコウとナイチンゲールの歌比べをロバが判定するというナンセンスもの。このあたり、自分でボケてツッコむマーラーの姿が浮かんできます。もちろん、マーラーとアルマがその後どういう運命をたどるか、この時点では知る由もありません。
 

というわけでこの曲、とくに前半は深刻そうに聞こえますが、マーラー本人はきっと楽しんで書いたに違いありません。仮に各楽章に表題をつけるとしたら、どうでしょう。例えばですが、I「葬送」、II「嵐」、III「田舎の踊り」、IV「愛」、V「動物さんたち大集合だわいわい」(爆)。最後のは、最近よく耳にしたポップス曲の歌詞で、知っている人もいると思います。岡崎体育「感情ピクセル」の話をしだすともう一エントリできそうですが、5番のフィナーレにまさにピッタリではないかと膝を打った次第。で、演奏としては、中心となるべきスケルツォをいかに面白く聴かせるかが勝負どころではないかと思います。個人的には、これまで聴いた中ではプレートル指揮ウィーン響のライヴ録音が最高だと思っています。
 

(ここからが演奏の話f^^;)
さて、長い脱線終わり。ヴィトの演奏ですが、まずもって、これまで書いたようなことは、ヴィトの場合全然考えていないっぽい(爆)。全体的に緻密で、各声部をきっちり鳴らす精度の高いアンサンブルはこのシリーズの特徴でもあります。テンポは中庸もしくは遅め。じっくり聴かせる点で比類がなく、説得力と充実具合は素晴らしいのですが、反面、楽章ごとのメリハリのようなものは考慮されておらず、通して聴くとやや停滞感がある。プレートルなどとは対極的な位置にある演奏でしょう。とはいえ、楽章ごとの演奏時間を見ると、I:12:50、II:14:56、III:19:33、IV:12:03、V:14:53となっていて、上に書いた構造が巧まずして透けて見える感じになっています。

 

個別には、Iでトランペットのファンファーレ部分と主部の葬送主題でテンポが違うのがユニーク。弦の旋律が入ってくるとガクっと遅くなります。IIでは各声部の絡み方が鮮やか。これだけくっきりした演奏はそうないでしょう。第2主題ではかなり遅くなりますが、チェロはよく歌っています。最後に光明が垣間見えるシーンは実に壮大で、このまま終わってもいいと思うくらい。IIIの主部はそれほど遅くありませんが、中間部に入ると止まりそうになるくらい腰を落とします。ホルンは協奏曲的に活躍するし、中身は濃いですが、もうちょっと楽しげな表情があってもいいのじゃないかなあ。IVはきわめて遅く、アダージッシモといった感じ。しかしアンサンブルの精度と集中度は高く、中間部も美しい。Vは多声的に書かれているだけに、ヴィトの面目躍如といったところ。各声部の動きが鮮やかで、たくましい金管がクライマックスへ向かって盛り上げていきます。
 

5番の録音はこのシリーズでは最も早い時期のもので、やや輪郭が強調されている点で前回の4番と近い音作りです。より新しい録音で聴ける2番や3番などの方が木管の繊細な響きなどが引き立ってより立体的ですが、初期録音の力強さを好ましく思う向きもあるかもしれません。

posted by みっち | 12:41 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |