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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
記憶にございません!

3連休の月曜日に観てきました。三谷幸喜作品はこれまで、テレビの『王様のレストラン』や『真田丸』、映画の『ラヂオの時間』や『清須会議』など、楽しんでいたのですが、今回のは残念でした。以下、ネタバレあります。


そもそもの話、中井貴一は『陰陽師II』とか『どろろ』などで見て、よくなかった。キワモノしか観てないだろ、というツッコミもあるでしょうが、彼が主役の『壬生義士伝』や『柘榴坂の仇討』なども一応テレビで観ています。でも印象は変わらない。消化不良というか、なにか振り切れていない。もちろん抑えて光る演技というものもあるとは思うのですが、なにかこう、もっと突き抜けたものがあっていいんじゃない? この点、当て書きで知られる三谷幸喜なら、いままで見たことのないような中井貴一が見られるのでは? というか、テレビの予告映像で怒鳴っている中井貴一は、いままで見たことのないハジケっぷりじゃないですか。これなら、という期待を胸に劇場へと赴いたのでした。
 

しかし、そのハジケっぷりは、予告映像で公開されているシーンだけでした(爆)。映画自体も、多彩な出演者やおなじみの面々も含めて盛り上げようとしてはいるのですが、笑えない。場内では笑っている人もいたので、一般的な評価としては面白いのかもしれません。しかしねえ、いまどき日本の閣僚やそれに絡んだスキャンダルなど、本物の方が映画よりよっぽどひどいし笑えるから。リアルに勝てていないでしょう。それでも、記憶をなくした主人公の首相が、あたふたしながらスケジュールをこなしていく前半はまだ生暖かい目で見てられたのですが、アメリカの大統領が日本語ペラペラというか、そのまま日本人の女性として登場してくるあたりからは、茶番が過ぎて白けました。
 

後半の焦点となる官房長官との闘争も緊迫感なし。ここでは、ダメ元でもすべてを打ち明けて協力してくれるよう説得する場面が必要だったのでは? それでも応じないなら覚悟を決めて袂を分かつことに必然性が出ます。中井貴一に見たかったのは、そういう全身全霊を捧げて事に当たる姿だったんですが。草刈正雄との対決は、最大の見所になったはず。けど、脚本はそこから逃げた。自分の妻には真摯な気持ちをぶつけることができたのに、官房長官にはできなかったことになります。好みのタイプじゃなかった? まあ、官房長官の指示により雇われたスナイパーが川平慈英で、武器が銃でなくスリングだったのはちょっとクスっとなりましたが。
 

よかったところは、元小学校教諭役の山口崇が素晴らしい貫禄だったこと。最近姿を見る機会がなかったので、元気そうでうれしい。あと注目は、有働アナのケバケバメイク。ですが、これも予告映像でバレている上、セリフ自体は彼女のエッセイほど面白くないのでf^^;。そんなこんなで、採点するなら100点満点中30点。もしかすると、面白くない理由はこっちにあって、福田雄一では笑えても、もはや三谷幸喜では笑えないカラダになってしまったのかもしれません。

posted by みっち | 22:02 | たまに観る映画 | comments(2) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その3)

・ドヴォルザーク:交響曲第3番変ホ長調 作品10


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1972年10月
(クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより)


クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いています。今回は第3番。ボックスの11枚目として、第5番とのカップリング。


作曲は1873年ということですから、第2番から8年経ちました。第3番はドヴォルザークの交響曲として初めて初演された作品ですが、出版は遅れて1912年とのこと。はじめは番号なしだったらしい。ワーグナーの影響からは抜けていませんが、構成的には大作主義から脱したようです。1番も2番も日の目を見なかったドヴォルザークとしては、このままではいかんと思ったことは確かでしょう。しかもこの曲は3楽章構成で、これはドヴォルザークの交響曲としても珍しい、というかこの第3番だけ。その分?第2楽章が長く、結局演奏時間は40分近い。それでも前2作よりはかなりコンパクトになりました。
 

音楽的にも変化が見られます。第1楽章は冒頭、弦と木管の第1主題が舞曲調かつ特徴的で、この曲でようやく口ずさめるような旋律が現れました。ただし、このメロディーは、ワーグナーの「リエンツィ序曲」を思わせますが。第2主題との対比もくっきりしており、わかりやすい。展開部やコーダでの扱いはまだまだ感がありますが、全体的にはまとまってきました。
 

第2楽章の主部は以前に逆戻り? 主旋律がはっきりしない情景的な進行が続きます。しかし中間部に入ると長調で緩やかな行進曲となり、ワーグナーの『タンホイザー』や『ローエングリン』を彷彿とさせます。主部が短く戻り、最後にもう一度行進曲になるのですが、主部のできがあまり良くないので、行進曲の中で長調のまま回帰させ、コーダに結びつければすっきりしたのでは? などと、アントニンくんに教えてやりたくなったり(爆)。
 

第3楽章は、ほぼひとつの素材で全体を作っている感じがあります。8分と短いし、求心的な結びになっているのですが、コーダがちょっと変じゃないですか? 転調がおかしなところへ行ってしまい、元の調に戻ってきた感じがしないまま終わってしまう。
 

というわけで、個人的にはようやく鑑賞に耐える作品になりかかってきた印象。もう一息でしょう。ベルリン・フィルの演奏は、変わらず立派なものです。

posted by みっち | 14:29 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
竹内まりや Music&Life 〜40年をめぐる旅〜

BSプレミアムを録画して視聴しました。竹内まりやは、過去に「VARIATY」をレコードで買いました。アレンジの山下達郎の一人アカペラみたいな音作りはそんなに好きではないのですが、これはいいアルバムでした。


活動40周年ということで、生い立ちから現在までの軌跡を振り返りつつ、計40曲(+エンディング曲)が一部フルコーラスで紹介されました。ポップスをそれほど聴いていないみっちでも、そのほとんどが聞き覚えのあるメロディーであることにあらためて驚き、感心しました。初期のアイドル活動時代は別として、夫の山下達郎ともどもメディアへの露出がきわめて少ないので、テレビで見るのもこれが初めてだと思います。ライヴ映像ではギターを弾いている山下達郎らしき人物がいましたが、これ本人ですよね。映像で見たことないので確信が持てない。
 

かつて活動休止に至った理由について、「歌うために活動しているはずが、その活動のために歌えなくなる」ことにあったと語っていました。芸能活動に対する重要な問題提起だと感じます。ぶっちゃけ、彼女は消耗品扱いを拒否したことになるでしょう。その後、生活の中から湧き上がってくるものを言葉と音楽にして、そのときどきの時間をかけがえのないものとして感じるようになっていった。思ってもなかなかできないことでしょう。本人が自覚的であったことと、加えて良き理解者が伴侶としてそばにいたことが大きかったのではないでしょうか。

 

山下達郎と竹内まりやのレコーディングスタジオにカメラが入ったのは初めてとのことで、そこではCDラジカセを再生して最終チェックしているということでした。どのように聴かれるかを意識して音決めするというのは、主婦感覚というか生活に根ざした音楽ならではでしょう。
 

映像で見る歌いぶりは、録音のイメージよりも力強さを感じました。以前、ネットでカレン・カーペンターのような歌手が日本にいるかという話題になったことがあり、そのとき竹内まりやがそうではないかと答えたことを思い出します。それにしても、60歳を過ぎていながら、きれいなこと。若いころからの画像を見ても、いまがいちばんかも。75歳ぐらいまで歌い続けたいと語っていましたが、このペースなら50周年は間違いないのでは? そのとき、こっちがまだ生きているかどうかが問題(爆)。

posted by みっち | 20:03 | お気楽妄想系 | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その2)

・ドヴォルザーク:交響曲第2番変ロ長調 作品4


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1972年12月

(クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより)

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いています。今回は第2番。オケはベルリン・フィル。ボックスの10枚目として、第1番と2枚組の体裁になっています。
 

第2番は1865年、第1番のすぐ後に書かれています。初演はそれから20年以上経った1888年。出版はさらに遅れて、作曲者の死後の1959年。それまでは、現在の第7番が「第2番」とされていました。
 

ハ短調の第1番に対し、第2番は変ロ長調で、明るい曲調になっています。とはいえ、規模拡大傾向は変わっておらず、演奏時間は第1番を上回る約54分。これはドヴォルザークの交響曲中では最大スケールで、いちばん短い第4楽章でも11分半かかっています。第1番でアイデアをいろいろ盛り込んだはずですが、まだまだ足りなかった? それともむしろ勢いがついた? しかし、長さに見合う内容があるかというと、首を傾げざるを得ません。
 

第1楽章は牧歌的な雰囲気で始まりますが、その後の推移はとりとめがなく、形式感も希薄です。第2楽章も同様。中ほどでフガートになる変化はありますが、締まりがなく、聴いていて集中力が続かない。後年の特徴である口ずさめるようなメロディーは、このころの作品には全然見られず、ずいぶんギャップがあります。第3楽章はスケルツォと銘打たれているわりには穏やかな進行で、舞曲調ではありません。ここはちょっと異色さが出ています。フィナーレは、比較的引き締まっていて、とくにコーダでの終結に向けた力技はなかなか聴かせます。というわけで、後半は少し面白みがありますが、前半はダレる。構えの大きさや旋律の個性の薄さはブルックナーの初期作品を連想させます。
 

なお、この間ブルックナー的などといっていますが、調べたところ、ブルックナーの交響曲第1番は1866年で、ドヴォルザークの第1番、第2番の方がそれより早い。ブルックナーの「00番」とも呼ばれるヘ短調の習作は1863年ですが、これをドヴォルザークが聴いたとも思えず、どっちの影響というよりも、二人ともワーグナーの影響下にあって、交響曲を書こうとしたら似た感じになったというのが正解? 当時はこの二人といわず、ワーグナーにかぶれて同傾向の音楽が流行っていたのかもしれません。ドヴォルザークは後にブラームスに接近するわけですが、もしこの両者の出会いがなかったらどうなっていたか。あるいは、ブルックナーの向こうを張るような大規模な交響曲を残したかもしれません。このあたり、歴史のifとして想像すると興味深い。


演奏は、いつもの立派なベルリン・フィルです。オケがすごいのかドヴォルザークのオーケストレーションがいいのか、前者はまず間違いないでしょう。よく鳴っています。

posted by みっち | 21:03 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
マツコの知らないウィキペディア

もう旧聞に属すかもしれませんが、火曜日放送の「マツコの知らない世界」でウィキペディアが取り上げられていました。


ゲストとして出演していたのが、「さえぼー」さん。ウィキペディアンがテレビに顔出しする例はあまりないはずで、以前 Ks aka 98 さんがNHK?に出演されたとか聞いたことがあるのですが、それは見ていません。さえぼーさんについては、「英日翻訳ウィキペディアン養成セミナー」を取り組んでおられ、感心したことを以前にエントリしました。って、もう4年前の話だ。持続的かつ活発な取り組みに敬意を評します。マツコは「自分のかわいさに気づいてないタイプ」とか評していましたね。うまいこというなあ。
 

その後、オフ会の映像が出て、ここでも名前を知っているウィキペディアンが登場していました。のりまきさんは、記事からのイメージに近かった。ラッコさん、顔出しNGといいながら、半分以上出てましたよ(爆)。Ohgiさんは現管理者で、以前高校生を自称していた記憶が。いまは大学生? それとも卒業した? キャンベル・アーリーさんは、さえぼーさんの「つれあい」だそうで、なるほどなイケメン。驚いたのがSwaneeさんで、これまで作成した記事がなんと800本! マジか。人生ウィキペディアに捧げた感じですか(爆)。その割には、全然縁がなかったなあ。まあ、記事を書いている人と触れ合う機会はそうそうありませんからね。
 

みなさん、仲が良さそうでなによりです。仕事以外で、こうして共通の目的で集まって交流できるというのは、楽しいでしょうねえ。以前九州オフに参加したときは合宿みたいなアイデアも出てたんですが、あのときのメンバーはいまどのくらい残っておられるんでしょうか。こっちも年取ったしなあf^^;。

posted by みっち | 16:47 | Wikipedia | comments(0) | trackbacks(0) |
チェロ弦 ワーチャル「アンバー」A弦メタル

チェロ弦をワーチャル「アンバー」に総替えしたのが約2年前。そのとき、A弦が二種類あって、シンセティックとメタルを両方買い、シンセティックを張っていたわけです。で、気がついたらもう2年近くも経ってしまい、いつかメタルも試そうと思っていたのを忘れてたf^^;。


それで、こないだA弦の張替えをしてみたところ、事件発生。予備にとっておいたメタルを袋から取り出すと、ちょっとベタつくんですよ。これはコーティングが変質したかなにかでは? そのまま張りますが、久しぶりだったためテールピースに引っかけるときにアジャスタを噛まさずに張ってしまい、もう一度やり直してペグを巻いた瞬間に弦が切れました(ーー;)。がーん!!
 

最初に間違えてなければ切れなかったかも、と思ってももう遅い。このままでは悔しいので、Aメタルを再注文し、シンセティックをまた張り直してしばらく弾いていました。ちなみに、ネット購入先はイチイヒロキさんのサイトです。アンバーAメタルは送料込みで約3千円でした。今度は慎重にやろうということで、練習後に張り替え、そのときはきっちりまで合わせないでおき、翌日練習前に再度チューニングという2段構えとしました。大丈夫でした。
 

その結果ですが、見た目はかなり異なります。シンセティックは他の弦と同様にややシルバーがかった弦ですが、メタルはそういう白っぽさがなく、しかもかなり細い。テンションはそんなに強くないのですが、細い分シンセティックより慎重に扱うべきでした。さらに特徴的なのは、駒近くの部分にコイル状の巻きが入っていること。巻きといっても、芯線に巻いてあるのではなく、コア自体がくるくるになっている。弦を張ると伸びて、それほど目立たなくはなりますが、それでも多少波打っている感じが残っています。これは珍しい。ワーチャル社によれば、この巻きによって音の裏返りを防ぐ効果があるらしい。あと、シンセティックは張った後に伸びて音程が下がり、落ち着くのに3日ぐらいかかりますが、メタルはそういうことがありません。それでも上記のコイル状の加工がしてある分、一般的なスチール弦よりはやや時間がかかるかもしれません。
 

音は、シンセティックと比較すればパワーがあり、ハイポジがよく伸びています。音色的にも他のシンセティック弦とも違和感なくつながっています。A弦のシンセティックとメタルは値段も同じで、あえて使い分けるなら、統一性や自然さを重んじるならシンセティック、高音域を駆使したりソロが多いならメタル、ということになるかな。どっちを選んでも後悔しないと思います。

posted by みっち | 15:55 | cello | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その1)

・ドヴォルザーク:交響曲第1番ハ短調 作品3「ズロニツェの鐘」


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 

録音:1972年12月〜1973年2月
クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いていくことにします。オケはベルリン・フィル。ボックスの9枚目に収録されています。
 

ドヴォルザークの交響曲は7番以降しか聴いたことがありません。かつては「新世界」交響曲が第5番と呼ばれていた時代があり、9曲中初期の4曲は近年蘇演されたものらしい。ウィキペディアによると、この第1番の発見は1923年だったそうですが、出版は1961年にずれ込んでいます。まだそれほど録音されていないのかもしれません。
 

全曲の演奏時間は約48分で、なかなかの長さ。第1楽章冒頭に出る金管のモチーフが「ズロニツェの鐘」? その後すぐに主部に入るようで、第1主題の推移が長大です。でもまあ、ここはけっこうかっこいい。ハ短調ならではの緊張感があります。第2主題との対比も聴かせます。しかし、その後の展開部から再現部にかけてがよくわかりません。全体を通じて同じテンポ感でずんずん進み、区分が曖昧。和声的には、ワーグナーの『オランダ人』あたりが近い印象。
 

第2楽章はますます形式感がつかみづらい。山や谷があまり感じられず、メロディー不在で和声進行がメインという手法はブルックナーを思わせます。
 

第3楽章はスケルツォではなく、2拍子のアレグレット。全曲でいちばん短い楽章ですが、9分半。いろいろやりたいのかもしれないけど、ちょっととりとめがない。
 

フィナーレも曲想はそれなりに変わっていきますが、対比が明確でなく、形式感がつかみづらい。ずっと同じ調子な感じがします。構えは大きいのですが、構成やつなぎ方が不十分で、デュナーミクや音色の対比といった表現もまだまだという感じ。この曲を聴く限り、ブラームス的な要素は全然といっていいくらい感じず、後年のメロディーメーカーぶりも発揮されてはいません。やっぱりブルックナーを思わせるなあ。
 

ベルリン・フィルの演奏は立派の一言。これ以上立派にはできないのではないかというくらい。でも、あるいは鳴らし過ぎかもね。メリハリのメリの方をもっと強調したら果たしてどうだったか。それだと、やっぱりいまの方がよかったと思うのかもしれないけどf^^;。

posted by みっち | 22:32 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
薤露行

ウィキペディアに「薤露行」を新規投稿しました。夏休みの自由研究第二弾(爆)。『薤露行』は夏目漱石の短編小説で、日本初のアーサー王物語創作です。


実は、夏目漱石がアーサー王ものを書いていたこと自体、頭にありませんでした。きっかけは、『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか』(みずき書林)です。この本については機会があれば別に紹介したいと思いますが、この本に『薤露行』について触れた章(著者はすべて別人)がなんと4つあります。うちひとつは、『薤露行』そのものが主題になっています。これを読めば、興味をそそられること必定。しかも、物語そのものはネットでタダで読めるし、小説のテーマをめぐって名の知られた評論家と小説家が論争しているというオマケまで付いている! これはもうウィキペディアに書くしかないでしょうよf^^;。
 

で、そのあと江藤論文を手に入れ、これに対する大岡の批判を図書館で入手し、これでだいたい書けたような気にはなっていたのですが、まだなにか足りない気がする。全体をシメるにふさわしいものがほしい。ネットで論文を探すと、2つほど見つかりました。とくに南谷論文は、パズルの最後のピースといってもいいくらいの内容でピタリとはまった感じでした。すべての資料・情報に感謝です。
 

結果、分量的にはそれほどでもありませんが、内容的には手応え十分(自画自賛)。夏休みの宿題をこんなにちゃんとやったことないよ(爆)。それにしても、久しぶりに夏目漱石を読みましたが、やっぱりすごいですねえ。

posted by みっち | 22:14 | Wikipedia | comments(0) | trackbacks(0) |
パトロクロス

ウィキペディアの「パトロクロス」の項目を加筆改定しました。パトロクロスは、トロイア戦争の英雄アキレウスの「竹馬の友」です。


この記事は、みっちがウィキペディアを始めたころにちょっと手を出したことがあります。ウィキペディアはそのころからルールを含めてずいぶんと変わりましたが、「パトロクロス」の記事はこの14、5年、ほとんど変わっていない状態でした。さすがにこのままでは放っておけないよなあ、というのが執筆動機でした。このところ、ウィキペディアでは議論ばかりに首を突っ込んでいたので、たまには記事書かないとと思っていました。夏休みの宿題というか自由研究ってところf^^;。
 

手持ちの資料からテキストを収集して温めていたんですが、この項目はやっぱり『イーリアス』がないとまずい。しかし、ホメーロスの『オデュッセイアー』は持っていたのですが『イーリアス』は持ってなかった。この際だから買っちゃえ、というわけで岩波文庫の『イリアス』(松平千秋訳)を買いました。岩波文庫って、いま1冊1,000円以上もするの? 『オデュッセイアー』は2冊で1,050円だったんだけど。昔はたしか100円代からあったよなあ、とかぼやいていたら、奥方から「いつの時代だよ」ってツッコまれました。すみません、縄文時代でした(爆)。
 

で、読んで確かめると、手持ちの資料ほとんどいらない、というか、ほぼ『イーリアス』がネタ元でしたf^^;。買ってよかったです。神話以外のことも書けるとより面白くなりますが、そこまではできませんでした。

posted by みっち | 00:18 | Wikipedia | comments(0) | trackbacks(0) |
ブラームスのチェロソナタ聴き比べ

奥方のツテにより、クラシック愛好家だった方の遺品整理ということで、コレクションCDをおすそ分けしていただきました。見たら、ブラームスのチェロソナタ集が3枚もありました。すべて国内盤。こんな買い方してる人もいたのね。いい機会なので、聴き比べてみました。


3枚の内訳は聴いた順に、マ/アックス、マイスキー/ギリロフ、ケラス/タローという顔ぶれ。ソナタ2曲を収録しているのは共通ですが、カップリングの選曲が面白い。マはブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番のチェロ編曲版。マイスキーはブラームスの歌曲の編曲版。ケラスはハンガリー舞曲のチェロ編曲版と三者三様で、それぞれの個性がここにも現れているようでした。
 

ブラームスのチェロソナタ、実はあまり聴いていません。手持ちでは、ブリリアントの「ブラームス室内楽全集」激安ボックスくらい。1番は年寄りの繰り言?みたいな音楽だし、2番は構えが大きい割にはまとまりがなく尻すぼみで、どちらも魅力はいまひとつという印象でした。で、聴いた結果どうだったかというと、とくに2番の認識を改めました。これは名曲だった。
 

認識を改めさせてくれたのは、もっぱらケラスです。驚かされるのは、とにかく音楽的ということ。世代的にいちばん若いので、現代的なスマートな演奏かもと予想していたのですが、全然違う。ヴィブラートを使うところと使わないところを弾き分けたり、表現は抑制的ですが多彩。「引き算の美学」というやつですか。タローのピアノも繊細なニュアンスを湛えており、二人の緊密なアンサンブルという意味でも素晴らしい。ハンガリー舞曲がまた秀逸。この人はうまいだけではなく、だれのどの曲をどう弾くかということをよく考えている。ほかの演奏も聴きたくなりました。
 

 

 

 

マイスキー盤もなかなか。ケラスを聴かなかったら、もっと持ち上げたかもf^^;。オーソドックスでしっとりした雰囲気があって好ましい。ピアノもデリカシーがあります。とくに1番は、マイスキーの楽器の低音がよく合っている感じがします。外見は濃いですが、案外さっぱりしており、2番はマよりも演奏時間が短い。ブラームスの歌曲集はよく歌っていますが、ちょっとどれも似た感じになってしまい、こんなに数はいらないかな。

 

 

 

 

 

 

マ盤は、うーん、上手いことは確かですが……。アックスのピアノともども弾けて弾けてしょうがないのか、ピアノがこれでもかとガンガン鳴り、チェロも負けずに張り合うみたいな演奏。要するにやかましい。テクニック誇示ならブラームスでなくともいいのでは? ヴァイオリンソナタ3番も、高音域をこれだけそつなく駆使して鑑賞に耐えられるように仕上げていること自体驚異的なのですが、響きとしてチェロに聴こえない! ヴィオラみたい。なんでもできると、こういうことになるのかなあ。というわけで、聴いた順とは逆の結果になりました。

posted by みっち | 20:36 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |