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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
クーベリックのマーラー交響曲第2番

・マーラー:交響曲第2番「復活」


エディト・マティス(ソプラノ独唱)、ノーマ・プロクター(アルト独唱)
ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団、バイエルン放送合唱団

 

録音:1969年2月-3月
クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、マーラーの2番です。マーラー好きなみっちですが、この2番だけはやや例外。敬遠する理由は両端楽章のドギツさにあり、最初に聴いたワルター盤ですらあざとすぎると思ったくらい。
 

手持ちのCDは、ホルヴァートのライヴ盤、スヴェトラーノフの全集、ナクソスの全集のヴィト盤です。ホルヴァートは爆演といわれましたが、共感と熱っぽさはもちろんありますがトンデモ演奏というわけではありません。ただし、カップリングのナヌートの1番の方が録音もよく、お気に入り。スヴェトラーノフ盤は、ある意味最強。ドスの利いた重低音やマックス最大限からなおも振り絞ってくるクレッシェンドなど、すべてが想像以上です。弦は対向配置で録音も優秀。ヴィト盤は、この曲で初めて抵抗なく聴ける!と思った演奏。全般にやや遅めで、精緻なアンサンブルは他の追随を許しません。このほか、過去にはブロムシュテット盤も買ったことがありますが、すぐ処分しました。草食系の爽やかな演奏を期待しましたが、全然つまらなかった。むしろ3番ならいい演奏になったかもしれないのに、なぜ2番……。


前置きが長くなりましたが、クーベリックの2番は、全体的に速めのテンポでCD1枚に収まっているのがまずポイントです。第1楽章は引き締まっていて筋肉質。アゴーギクはありますが率直でもったいぶらない。第2楽章では、主要主題のズンチャッチャというところをきっちり締めることで、この曲の舞曲的な要素を強調しており、新鮮です。第3楽章はよどみなく流れ、決めるべきところはしっかり決めます。各声部の絡み具合が素晴らしく、弦の対向配置も効果的。第4楽章のアルト独唱はノーマ・プロクターで、温かみのある声です。第5楽章、テンポは総じて速いけれど、ここまでくると慣れてきます。編成が大きいからか、1番のときに感じたホルンや低音系の不足はありません。ソプラノ独唱はエディト・マティス。凛として張りのある歌唱は、曲によっては強すぎると感じる場合もありますが、ここでは理想的。合唱も含めて充実した終曲です。
 

録音は、大編成だから難しいと思われそうですが、1番よりも成功していて、不満がありません。

posted by みっち | 20:32 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
六月博多座大歌舞伎

・平家女護島「俊寛」
・二代目松本白鸚、十代目松本幸四郎襲名披露口上
・新皿屋舗月雨暈「魚屋宗五郎」
・春興鏡獅子

 

2018年6月12日、博多座・夜の部公演


きのう、奥方が予約してくれた歌舞伎を観に博多座へ行ってきました。洋物のクラシックはよく聴くというか、チェロまで手を出しているみっちですが、日本の古典芸能には疎く、これが初の歌舞伎観劇。前から3列目の席で、役者たちの表情がよく見えました。


「俊寛」は、片岡仁左衛門が演じました。いい顔だなあ、ここまでいい顔だとずるいよねとか思ってしまいます。お話も、え、こんなんだったの?という展開で、立ち回りまであって驚き。最後は感動的で泣けました。あえていうと、瀬尾太郎が死んだわけだから、船の定員的には俊寛も乗せてよかったんじゃとか思いましたが、左衛門尉さん、そこまで甘くはなかったf^^;。

 

口上では、今回高麗屋は3人の襲名だけど、新しい染五郎はまだ14歳ということで、二人だけの披露となっていました。坂田藤十郎が仕切っていましたが、おいくつなのかな。声があまり出ず、途中も寝てたんじゃないかと思うくらいf^^;。それはそれで貫禄ですね。

 

魚屋宗五郎は白鸚で、酒の飲み方やその後の酔っぱらいぶりなど素晴らしい。さすがはラ・マンチャの男(爆)。途中の女中のセリフがよく聞き取れず、結局なぜ妹のお蔦が殺されたのかという点だけがよくわからないままでしたが、それ以外は会話が日常に近く、問題なく理解できました。

 

最後の鏡獅子は新・幸四郎。舞台は三部構成になっていました。最初の女役はあまり面白くなく、舞台奥に並んだ三味線や謡のメンバーばかり注目していました。拍子が全然わからず、それなのになぜ鼓やヨオっていう掛け声などがぴったり合うのか、摩訶不思議です。中間部は二羽の蝶が舞い、最後に幸四郎が鏡獅子となって登場。長い毛を豪快に振り回してかっこよかった。

 

10月に博多座で「魔界転生」があるらしい。これも観たいなあ。

posted by みっち | 21:08 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリックのマーラー交響曲第1番

・マーラー:交響曲第1番ニ長調「巨人」
・マーラー:「さすらう若人の歌」
 1. 恋人の婚礼の時
 2. 朝の野を歩けば
 3. 僕の胸の中には燃える剣が
 4. 恋人の青い目


ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン独唱)
ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団

 

録音:1967年10月、1968年12月(さすらう若人の歌)
クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、マーラーの交響曲全集を聴くことにします。まずは第1番から。CD27枚目に「さすらう若人の歌」とともに収録されています。「巨人」の標題は、ジャケットにもブックレットにも "Titan" と明記されているので挙げました。1967年の録音ですが、1番よりも前に9番、3番が録音されており、これがシリーズ3つ目ということになります。9番から始めるあたり、この全集プロジェクトに対するクーベリックの自信の現れと見ていいのではないでしょうか。


前もって言っておくと、LP時代にみっちはクーベリックのマーラーを3番(10番)、7番、8番、9番と聴いています。1番はAuditeのライヴCDで聴いたような気がしますが、手元に残っておらず、処分したのかもしれません。
 

第1楽章序奏は神経質にならず、素朴に始まります。バイエルン放送響は温かみのあるサウンドで、安心感を覚えますね。だれかがクーベリックのマーラーを「ボヘミア的」と評していたのを思い出しました。ホルンがすごい弱音を聴かせます。この楽器は小さい音が難しいはずですが、よほどの名手か? チェロの第1主題はくっきり、ファゴットの絡みも聴かせて素晴らしい。フルートの響きもいい。クーベリックといえば「対向配置」で、1stと2ndでこんな掛け合いやってたのか、と弦楽セクションのステレオ効果も目覚ましい。ただ、盛り上がりの頂点での迫力にはやや欠ける面があるかも。これは演奏ではなく録音によるものでしょう。これについては後述します。
 

テンポは基本的にやや速めでサクサク進み、ところどころでアゴーギクが見られるものの、停滞することはありません。このあたりはドロドロ型(爆)とは違うマーラーです。第2楽章ではヴァイオリンの力奏が印象的ですが、逆に管楽器の低音系がちょっと物足りない。そういう場合は、スヴェトラーノフ盤を聴くといいかとf^^:。第3楽章も速めで、流れとしてはスムーズですが、終盤でヤケになったように速くなるところとの対比がもうひとつな気もします。


フィナーレでは、再びヴァイオリンが強力。トランペットも活躍しますが、ホルンとトロンボーンはもっと聞こえていいんじゃないかな。この曲というか、マーラーではとくにホルンが重要で、吹きすぎなくらい吹いていいと思うんですが、概して低音系が控えめな印象。そんなときはスヴェ(以下略)。とまあ、不満点も挙げましたが、いい演奏です。「さすらう若人の歌」が収録されているのもこのCDの特徴で、とくに第2曲と第4曲は交響曲第1番の第1楽章と第3楽章のそれぞれ元ネタあるいは姉妹編といっていいほど関連が深い。フィッシャー=ディースカウの歌唱も全盛期の見事なものです。
 

さて、録音ですが、ダイナミクスの幅がやや狭い印象があります。弱音からフォルテぐらいまでは問題ないのですが、最強音あたりにくると響きの厚みがいまひとつで、リミッターもかかっているのかなと。よくクーベリックはライヴがすごいみたいなことを言われますが、実はやってることはそんなに変わりません。違うのが録音で、ライヴでは編集の手を加えることが少ない分、クライマックスでのもうひと伸びが自然にわかってカタルシスを感じるのではないでしょうか。あと、再生装置によっても印象が変わります。実はみっちのメイン・オーディオでは違和感がそれほどないのですが、サブシステムで聴いたときはトランペットが飛び出して聞こえ、フィナーレなどトランペット協奏曲かと思うくらいでした。そうなると、相対的にそれ以外が弱いまたは不足となるわけで、クーベリックのマーラーについて「聞こえない」と評した人が過去にいましたが、原因はこれではないかと。グラモフォンの録音については、EMIなどよりもいいという印象がありましたが、このあたりは留意点ですね。逆にボールト・ボックスなど聴くと、EMIの面目一新f^^;。問題だったのはリマスタリングなどのソフト化の過程で、元の録音はよかったことがわかります。


ちなみに、第1番の録音でみっちのお気に入りは、ナヌート指揮リュブリャナ交響楽団盤だったりします。なんだそれ、っていわれそうですが、演奏も録音もいいので、機会があったら聴いてみてください。

posted by みっち | 22:16 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ボールト/ロンドン・フィルほかによるブラームス作品集(その2)

・ブラームス:交響曲第3番ヘ長調 作品90
・ブラームス:交響曲第4番ホ短調 作品98
・ブラームス:セレナード第1番ニ長調 作品11
・ブラームス:セレナード第2番イ長調 作品16
・ブラームス:アルト・ラプソディ 作品53


ジャネット・ベーカー(メゾ・ソプラノ)
エイドリアン・ボールト指揮、ロンドン交響楽団(第3番)、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

 

録音:1970年8月13〜14日(3番)、1972年3月4日、13〜14日(4番)、1977年5月15日、7月19日、10月17日、1978年1月20日、4月2日、同26日(セレナード)、1970年7月15日(アルト・ラプソディ)
ボールトボックス「バッハからワーグナーまで」より(Warner Classics 6 35657 2)

 

ボールトによるブラームス作品の後半。ボックスの10枚目と11枚目で、これで最後となります。
 

3番のみロンドン交響楽団との演奏ですが、オケの差はそれほどありません。音色的にややニュートラルよりか。録音時期は4曲中でもっとも早く、このことからすると、この3番の出来のよさに感心したプロデューサーがブラームス管弦楽曲全集を企画したのかも。それで、契約の関係で以降はロンドン・フィルになったとか? 推測はともかく、きわめて説得力の高い演奏です。

 

第1楽章冒頭のF-A-Fの強靭な響きから、一気に持っていかれます。ネット上では「滋味あふれる」みたいな評価もありますが、ちょっと違うのでは? 確信に満ちた進行とぎっしりと充実した響き、男性的な魅力とはこのことでしょう。第1楽章の小結尾では聴感上の拍と楽譜の拍とがずれるのですが、ボールトの指揮だと微妙なギクシャク感でそれだとわかります。第2楽章はもったいぶらずにすいすい進みます。第3楽章は淡々とした流れから哀愁がにじみ出てくる、背中で語っている感じの音楽。終楽章での落ち着いたテンポは2番と共通しています。1番、2番と聴いてくるとボールト流にも慣れてきて、インテンポが当たり前のように感じてくるのですが、小結尾では速くなります。再現部でも同様なので、ボールトの設計どおりなんでしょうけど、ここだけちょっと普通になった感もあります。


比較対象として、スクロヴァチェフスキ盤を取り出しました。ミスターSがハレ管を振ったブラームスの交響曲全集は、みっちの中では代表的な演奏のひとつです。すると、いやあ、やってるやってる(爆)。ボールトの後で聴くと、デフォルメ具合が実によくわかります。タイム表示は以下のとおり。


・ボールト 13:08  8:32  6:03  9:08
・スクロヴァチェフスキ 13:54  10:15  6:39  9:34

 

どの楽章もボールトが速いと思うでしょうが、実はボールトがはっきり速いのは第2楽章ぐらいで、あとは基本テンポはそんなに変わりません。上でも述べたように、終楽章はむしろボールトが遅い。どういうことかというと、ミスターSは歌い込もうとして各所でタメ、楽章後半を引き伸ばし、と手練手管の限りを尽くします。それもまたよしf^^;。ちなみに、両者とも第1楽章の提示部は繰り返しています。
 

4番でもボールトは持ち味である構築性を全面に打ち出しています。この曲はブラームスの4曲の中でも各楽章がほぼ同じくらいの重みというか、高い水準でバランスしている点で、ある意味究極の造形ともいえるのですが、おかげでこれ以上のものを書けなくて最後になったかも、などと妄想したりします。それはともかく、ボールトは前半楽章を比較的速めのテンポで進め、決して詠嘆調になりません。それでいて十分に味わい深い。例えば、第1楽章の長調になるところで柔らかく膨らんだりといったアゴーギクがところどころで見られるのは、音楽への共感の現れでしょう。第3楽章ではリズムの輪郭を際立たせた力強いアクセントが素晴らしい。終楽章でも速めのテンポですが、終わり近く、ストレッタでたたみかけるように盛り上がっていくところで、踏みしめるように遅くなるのがボールト流。交響曲全集の締めくくりとしても印象的な幕切れといえます。
 

これも別の演奏と比べてみました。比較対象はフォンク/セントルイス響盤。フォンクは晩年にこのオケとブラームス、ブルックナー、チャイコフスキー、マーラーの各4番を録音しており、「フォンクの4番」シリーズを形成しています。今回ブラームスを聴いたところ、ライヴ録音とは思えない完成度の高さと曲に対する真摯で誠実な姿勢に感動。終楽章中盤のコラールでは、チェロなどが装飾的に上昇する音形のあまりの美しさ、優しさに思わず涙してしまいました。フォンクのこの4枚はみっちの宝物です。両者のタイム表示は以下のとおり。
 

・ボールト 12:29  9:55  6:24  10:15
・フォンク 13:37  11:17  6:39  10:07

 

ご覧のように、前半はボールトが飛ばしますが、スケルツォでフォンクが差を縮め、フィナーレではまくるという展開(なんのこっちゃ)。むろん、どちらもありです。
 

もう1枚のCDには、2曲のセレナードと『アルト・ラプソディ』が収録されています。録音時期からすると、セレナードはこのボックスの最も遅い録音で、ボールトは90歳近い。にもかかわらずセレナード第1番の速いこと。他の演奏をあまり知りませんが、この曲のイメージからして相当な駆け足になっています。それだけに、若き日のブラームスの湧き立つような感興が快活かつシンフォニックに表出されて、胸がすくようです。2番は編成を含めてもっと穏やかで渋いですが、こういう曲で強みを発揮するのがイギリスのオケf^^;。『アルト・ラプソディ』では、ブラームスの鬱屈した想いが音楽とオーケストレーションに反映しているようです。独唱・男声合唱も含めて美しい。
 

これで、ボールト・ボックス「バッハからワーグナーまで」全11枚を聴き終えました。エントリするにあたって、部屋のメイン・オーディオだけでなく、居間のサブシステムも使って繰り返し聴いたのはもちろん、比較のために他の演奏も取り出したりして楽しかった。ワーグナーでもブラームスでも、どちらかに関心があるなら必聴のボックスと断言します。とくにDiskyのブラームスをお持ちの方は、ぜひこれで買い直すことをおすすめします。耳が洗われます。

posted by みっち | 22:10 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
シノアリス もうすぐ1周年

6月でシノアリスが1周年だそうです。みっちは今年からの新参ですが。はい。1月からいままでずっとやっています。画像は最近手に入れたグレーテル/クラッシャー。「兄様」を連発する妹と思わせて、実は兄様本人だったという倒錯したキャラですが、お気に入りです。現在ランク156、総合値は15万を超えたところ。メイン装備はすべてL武器になり、防具はSSを2種類×4箇所分、ナイトメアはメイン装備を含めてSSが13体という状況です。


で、これで強いのかというと、そこそこではあるものの、配信イベントなどをハードモードで最後までクリアできるかというと厳しい。いま入っているギルドでは総合値第3位で、前衛職としてはトップにいますが、コロシアムでは負けの方が多く、せめて総合値17万くらいあればもう少し頼りがいがあるかも、と申し訳ない感じ。

 

前衛武器でSS→L進化できるものは全部やったので、今後の強化手段としては、装備武器の限界突破、アルカナでジョブスキル上げ、ナイトメアのL進化といったところでしょう。しかし、どれもそう簡単ではないですねえ。限界突破するには、ガチャで引き当てるかメダルをためて交換するかしないといけません。アルカナもしかり。無課金ではこれぐらいが限界かも。ナイトメアの進化素材は通常のプレイではほとんど手に入りません。ただ、最近のアップデートでナイトメアを派遣してアイテムを持って帰らせることができるようになったので、少しは足しになるかもしれません。

 

絵はきれいだし、コンテンツも増えてきているし、コミュニケーションもそこそことれて楽しいので、当面はこのまま続けるつもり。シノアリスやってる限りは他にゲームを買わなくてもすむので節約にもなっていますf^^;。6月には「ニーア・オートマタ」とのコラボイベントが1年ぶりに復刻されて来るようです。楽しみ。

posted by みっち | 21:01 | お気楽妄想系 | comments(0) | trackbacks(0) |
ボールト/ロンドン・フィルほかによるブラームス作品集(その1)

・ブラームス:交響曲第1番ハ短調 作品68
・ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 作品56a
・ブラームス:交響曲第2番ニ長調 作品73
・ブラームス:大学祝典序曲
・ブラームス:悲劇的序曲


エイドリアン・ボールト指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団(悲劇的序曲)
録音:1972年3月2〜3日(1番)、1977年5月15日〜1978年4月26日(ハイドン変奏曲)、1971年1月16日、28日、4月15日日(2番)、1972年3月4日、13〜14日(大学祝典序曲)、1970年8月13〜14日(悲劇的序曲)

 

ボールトボックス「バッハからワーグナーまで」より(Warner Classics 6 35657 2)
 

本ボックスも残すところブラームス作品のみとなりました。ボックスの8枚目から11枚目までの4枚を2回に分けてエントリしようと思います。まずは前半の2枚。
 

交響曲第1番は、ボックス最初のエントリで紹介したので、繰り返さないことにします。ブラームスの4曲中、ボールトの音楽作りの特徴がおそらくもっとも端的に現れている演奏ではないかと思います。逆に言えば、この曲が通常どんな「お化粧」というか、演出や誇張がなされているか、ボールトを聴くとわかるというもの。
 

第2番も基本的には1番と同じですが、テンポ設定がなかなかユニークです。この曲でみっちがひいきしている演奏にミュンシュのものがあり、録音時間を比較してみました。
 

・ボールト 19:13  8:23  5:12  9:53
・ミュンシュ 15:35  9:01  5:26  9:16

 

第1楽章はボールトが長くかかっていますが、これは提示部を繰り返しているため。ミュンシュはテンポが揺れるので部分的に速いところもありますが、基本的にはボールトが速い。つまりボールトは第1楽章から第3楽章までが速く、第4楽章が遅いという結果になります。
 

なお、ミュンシュ盤はボストン響とのスタジオ録音ではなく、フランス国立管との1965年ライヴ録音(Living Stage)です。両端楽章で一部リミッターがかかったようになるのが欠点ながら、ボストン響盤よりも音質がよく、ミュンシュの掛け声や足を踏み鳴らす音なども聞こえます。ライヴならではの高揚に、フィナーレでは最後の和音が鳴っている途中からやんやの大喝采という、ほとんどトンデモ盤といえそうな録音ですが、これその場にいたらそうなるよね、と納得の演奏。あ、それよりもボールト盤の話だった(爆)。
 

ボールト盤はオケの音色が渋く、上記のテンポとも相まって剛毅さを感じさせます。第1楽章では提示部を繰り返すとかなり長くなるため、省略する演奏も多いのですが、ボールトの場合は第2主題や提示部を繰り返すところでの推移がとても美しいため、繰り返しはメリットになっているといえるでしょう。ティンパニが弱音でもものをいっていて、素晴らしい存在感。中間楽章も速いのですが、テンポが整然としてかつ豊かなので、不満なし。第3楽章のオーボエの音色もいい。フィナーレは落ち着き払った感じが心憎い。小結尾の音がぎっしり詰まった感じも最高です。コーダでは速くなる演奏が多いですが、ボールトはここでも悠然と構えてどっしりと、しかし確実に高い頂点を築き上げます。この曲のひとつの典型となる演奏だと思います。
 

ほかにオーケストラ曲が3曲。これらがまた充実した演奏です。「ハイドン変奏曲」は、細切れで録音されているようですが、全然そんなことを感じさせません。最初の主題からして実にニュアンス豊かで、その後の変奏も素晴らしい。とくに第7変奏?速めのテンポでシシリアーノのリズムを強調しているあたりは、ブラームスにそんな要素があったかとびっくりさせられます。この曲は、ザンデルリングの引退演奏会の神々しい演奏が忘れられませんが、これに匹敵する出来。
 

「大学祝典序曲」もきびきびした足取りが小気味よい。最初のファンファーレ風な箇所で、トランペットだけでなく木管の和音を聴かせるのがボールトらしい巧みさで、味わい深い。第2主題でもテンポを落とさず、粘らず、歌わせ方と響きで対比を形作ります。祝典にふさわしい充実した音色と終わりまで間然とするところのない演奏で、この曲のマイベスト。
 

「悲劇的序曲」は3番と同じくロンドン交響楽団の演奏のようです。オケの違いはあまりなく、これも立派ですが、この曲に関してはスクロヴァチェフスキ盤の金管楽器の豪放な迫力が頭に残っており、インパクトの点で一歩譲るか。

posted by みっち | 15:49 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
源平合戦の虚像を剥ぐ

『源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究』


川合 康 著、講談社学術文庫
 

井上寿一『戦争調査会』、呉座勇一『陰謀の中世日本史』に続いて読んだ日本史もの。著者は中世日本氏を専門とする歴史学者です。
 

下関生まれのみっちは、関門海峡に面した壇ノ浦や赤間神宮を身近に見て育ちましたから、源平ものには親しみがあります。中学生のころ吉川英治『新・平家物語』全11巻を読みました。このときは、はじめに10巻の壇ノ浦の戦いを読み、そこから遡って1巻まで読み、最後に11巻を読むということをやっています。知っているところをとっかかりにしたわけです。そんなわけで、タイトルにいう「虚像」とはなんなのか、期待しました。
 

前半は、平安末期から鎌倉時代初期あたりまでの合戦の実態についての考察です。武士は階級というよりも専門的な芸能職であり、騎乗して弓矢で攻撃する「馳射」と呼ばれる伝統的な戦闘法を得意としたのは平氏であって、騎馬戦に長けた坂東武者というイメージは実は根拠がないのだそうです。しかし、この時期に兵力動員数が飛躍的に増えたことにより、戦闘形態も変わっていったそうです。著者は、源氏と平氏の運命的な対立という見方は、「平家物語」に寄りかかった史観であり、実際には中央の平氏政権に対する同時多発的な地方の反乱の結果が頼朝による鎌倉幕府の成立だったとしています。
 

確かにほほう、と思わせる内容ですが、書きぶりはかなり地味で、読み物としての面白さにはつながっていません。例えば、当時の馬のサイズがポニー並に小さかったということの説明にかなりの分量を割き、現代のサラブレッドなどと同一視するのは間違いだというのですが、馬に乗る人間の体格についてまったく言及しないのはどうなんでしょうか。馬も人も小さかったら、バランス的には現代とそう変わらないことになるわけで、馬のサイズの大小がなににつながるのかが不明。また、わずかな兵力しか持たなかった頼朝に、千葉や下総の有力武士団が協力した理由を実情をふまえて説明していますが、そもそも同時多発的反乱がなぜ起こったかについてはさらっとしか触れてなく、本書の前に読んだ『陰謀の中世日本史』の方がこの点ではむしろよく書かれています。「平家物語史観」を批判するには、やや物足りない。
 

後半は、頼朝の奥州合戦に焦点が当てられています。この戦いは、義経と奥州藤原氏打倒に名を借りつつ、実のところは鎌倉政権下での御家人・所領の全国的な再配置をめざした一大デモンストレーションだった、という位置づけが明らかにされます。ここは読み応えあり。前半でも源平合戦の経過や平氏滅亡について、この調子で触れてくれればもっと面白かったんですが。唯一、富士川の戦いについて、鳥の羽音に驚いて平氏軍が逃げ出したというのは実際そのとおりだったと書かれるのみで、それ以外はほとんど触れられません。もしかすると、こういう話を期待してしまうこと自体が「平家物語史観」的な影響下にあると著者はいいたいのかもしれません。

posted by みっち | 21:05 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック ドイツ・グラモフォン録音全集

クーベリックのマーラー交響曲全集をいつか買おうと思っていたら、こんなのが出てポチってしまいました。マーラーどころか、グラモフォン録音が全部! CD64枚とDVD2枚入りで約1万6千円。いい時代になったというべきか。


ボックスは横幅が18センチぐらい、重さもあるので片手ではちょっと厳しい。紙ケースがLPジャケットと同じ体裁になっており、2枚組や3枚組で出ていたものは、紙ケースも同じようにまとめられています。例えばマーラーはクリムトの絵画から取られたジャケットデザインが懐かしい。みっちは3番、7番、8番、9番を持っていました。ブックレットは120ページもありますが、クーベリックについてのオリジナルの解説は4ページほどで、あとはCDのクレジット表示という簡素なものです。
 

最初にDVDの1枚目を観ました。モーツァルトの交響曲第38番「プラハ」、ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番、交響曲第2番、同第3番が収録されています。ウィーン・フィルとの「プラハ」はライヴ映像で、1970年ごろでしょうか、コンサートマスターは若き日のゲルハルト・ヘッツェル。クーベリックはいい顔して指揮するなあ。青灰色の目がとても印象的です。音楽も陰影豊かで素晴らしい。
 

ベートーヴェンは、CDになっている全集と同じオケですが、タイム表示が違うので映像用に撮り直したものかもしれません。ロイヤル・コンセルトヘボウ管との「レオノーレ」と交響曲第2番は、いずれも躍動的な演奏。このオケの響きはウィーン・フィルとはまた違う味があって好きです。一方、映像の方はヘンタイ的なカメラワークによるツッコミどころ満載なもの。引きの画は最初と最後だけで、あとはずっと局部のどアップ。「局部」ってなに? といいますと、ヴァイオリン奏者の右手指の関節だったり、楽器のf字孔だったり。チェロの場合は女性奏者の顔かと思えば左後ろからネック部分だけとか。はては魚眼レンズと思われる周囲が丸く歪んだ映像や、ステージにフルート奏者が一人だけいる絵とか、いったいなにがしたいのかと不審になります。おかげでクーベリックも鼻毛がばっちり捉えられています。ある意味貴重か(爆)。
 

ベルリン・フィルとの「エロイカ」は、重量感に満ちた演奏が聴けます。第1楽章クライマックスでの弦楽器の弓の速度が凄まじい。第2楽章の深沈たるテンポはとくに印象的です。カラヤン時代のベルリン・フィル、さすがにすごいな、と思って見ていると、あれ、なんか人が多いぞ。チェロが12、コンバスが10。1stヴァイオリンは、なんと18! ホルンも5人いるではありませんか。トランペットも4人で、つまりオリジナルのほぼ倍の4管編成。トロンボーンがいませんが、これは楽譜通りか。これだけいれば重量感は当たり前ともいえますが。うーん、CDでも同じ人数かけているんでしょうか。
 

まったく知らない曲もあり、64枚全部聞き通せるのか自信ありませんが、とりあえず、マーラーは全曲エントリしたいと思っています。その前に、ボールトボックスを聴いてしまわねば!

posted by みっち | 14:39 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ボールト/ロンドン・フィルほかによるワーグナー作品集

・ワーグナー:ファウスト序曲
・ワーグナー:歌劇『リエンツィ』序曲
・ワーグナー:歌劇『さまよえるオランダ人』序曲
・ワーグナー:歌劇『タンホイザー』序曲
・ワーグナー:歌劇『ローエングリン』から第1幕への前奏曲、第3幕への前奏曲
・ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』から第1幕への前奏曲、第3幕への前奏曲
・ワーグナー:楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』から第1幕への前奏曲、第3幕への前奏曲
・ワーグナー:楽劇『ラインの黄金』から「ヴァルハラへの神々の入城」
・ワーグナー:楽劇『ワルキューレ』から「ワルキューレの騎行」
・ワーグナー:楽劇『ジークフリート』から「森のささやき」
・ワーグナー:楽劇『神々の黄昏』から「夜明けとジークフリートのラインへの旅」、「ジークフリートの葬送行進曲」
・ワーグナー:舞台神聖祝典劇『パルジファル』から第1幕への前奏曲、「場面転換の音楽(第1幕)」、「聖金曜日の音楽」、「場面転換の音楽(第3幕)」
・ワーグナー:ジークフリート牧歌
・ヴォルフ:イタリア風セレナーデ


エイドリアン・ボールト指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ロンドン交響楽団、フィルハーモニア管弦楽団(ヴォルフ)
 

録音:1971年〜1974年(ワーグナー)、1957年1月5日(ヴォルフ)
ボールトボックス「バッハからワーグナーまで」より(Warner Classics 6 35657 2)

 

本ボックスのメインともいうべき聴きものは、ブラームスの交響曲全集とこのワーグナーでしょう。CD5〜7枚目まで収録されています。以前持っていた2枚組よりも曲数が多く、初期から晩年まで、ワーグナーの音楽活動ほぼ全体を見渡せる選曲になっています。基本的には序曲や前奏曲など、ひとつのオペラ作品から1〜2曲ですが、『パルジファル』のみ4曲選ばれているのが特徴。
 

音楽的には明快・明晰で、いわゆるドイツ風な重厚さや神秘性、おどろおどろしさといったものとは一線を画します。しかしオケの音色には味があり、曲想の動きと響きの変化がぴったりはまって素晴らしい。3つのオケを振り分けていますが、違いはあまり感じられません。また、初期だから晩年だからといった、曲による演奏のバラツキも見られません。とはいえ、『タンホイザー』序曲や『マイスタージンガー』第1幕への前奏曲、「ジークフリートの葬送行進曲」といったスケールの大きい曲は、ボールトのテンペラメントにより合っているのか豊かな風格があり、クライマックス付近のぎっしり詰まった響きに圧倒されます。一方で、「ジークフリート牧歌」が入っているのもありがたい。インテンポの爽やかな流れに、イギリスオケらしい充実した弦楽合奏に管が彩りを添えて、これはいい!

 

全体を通じて音質もよく、この主の録音としては代表的なものに数えられるでしょう。なお、ヴォルフの「イタリア風セレナーデ」のみ録音年代が古く、ほかとは肌合いが異なります。
 

演奏ヴァージョンについてもいくつかコメントしたほうがいいかな。『トリスタンとイゾルデ』第1幕への前奏曲には「愛の死」はありません。『ローエングリン』第3幕への前奏曲のラストは、金管に「禁問の動機」が出ますが、いわゆる「トスカニーニ・エンディング」ではなくあっさり終わります。「ジークフリートのラインへの旅」は、華々しく盛り上げて終わるのでなく、オペラの進行どおり暗転して不穏な響きに移って閉じられます。このあたり、質実剛健であえてスペクタキュラーな効果を狙わないのがボールト流。彼の指揮でワーグナーのオペラ全曲を聴けたら、と思わずにいられません。

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陰謀の日本中世史

『陰謀の日本中世史』


呉座勇一著、角川新書
 

「ははあ、『応仁の乱』が売れたので、慌てて次の本を出したのだな」と思う人がいるかもしれないが、それは違うと「あとがき」に書かれています(爆)。ほぼ同時期に構想されたものの、先に出した『応仁の乱』の反響が大きくてこちらに時間がかかったらしい。みっちは『応仁の乱』は未読ですが、平安時代末期から関ヶ原の戦いまで広い時代を扱った本書に興味を惹かれて購入しました。
 

本書は、「保元・平治の乱」、「源平の戦い」、「鎌倉幕府と北条得宗家」、「建武の新政〜観応の擾乱」、「応仁の乱」、「本能寺の変」、「秀次事件〜関ヶ原の戦い」という大きく7つの時代について、巷にあふれる俗説や陰謀説を俎上に上げながら検証していくという流れです。これらについて、人並みの知識は持っていると思っていたみっちですが、えー、そうだったの?ということがけっこう多く、まさに目からウロコ。
 

例えば保元の乱ですが、崇徳上皇と藤原頼長に謀反の意思はなく、この乱は合戦というよりも信西による陰謀だったとされます。マジで? でも確かにそう考えてみると、いろいろしっくりくる。崇徳と頼長は親密でなく、謀反の噂を立てられ身の危険を感じて集まっただけで、保有兵力が少ないため、大和からの援軍を待とうとしたと説明されます。軍議で源為朝が夜討ちを進言したのに頼長が却下したという話は、こういう事情があって決戦を避けたかった(そもそもそんな意思がなかった)からだったとすると、なるほどーとなります。平治の乱のところでも後白河上皇は大ダヌキではなかったとか、鹿ヶ谷の陰謀はなかったとか、教科書で教えた方がいいんじゃない?と思える指摘がたくさんあります。平氏滅亡後の源頼朝・義経兄弟の確執についても、ほぼ真相と思われる解明がなされています。鎌倉幕府の章でも、源氏の将軍家断絶の後、ライバル武家を倒しまくった北条得宗家の安定政権かと思ったら、実はピンチの連続だったということがわかってびっくり。ほかにも足利尊氏は後醍醐天皇に恩義を感じていて裏切る気などなかったとか、日野富子は悪女ではなかったとか。詳しくは本書でお確かめくださいf^^;。
 

で、陰謀論はどうした?と思われるでしょうが、ちゃんとやり玉に挙がっていますからご心配なく。本能寺の変に関わるさまざまな黒幕説や関が原の真相などでは、それぞれの説を紹介しつつ、バッサリ。織田信長については、彼のような天才が簡単に騙されるはずがない、という思い込みから陰謀論が生まれるという指摘が印象的です。実のところ、信長は信頼を寄せた相手から裏切られることが多く、浅井長政、武田信玄、松永久秀、荒木村重、最後に明智光秀と、もう騙されまくりの人生でした。関ヶ原の戦いについては、家康の挑発どころか、実は西軍の蜂起によって家康が窮地に追い込まれていたこと、その流れが変わったのは、岐阜城攻防戦だったとされます。岐阜城の重要性を戦略的に捉えた説ってなかなか見当たらないのは、これも家康ほどの海千山千がヘタを打つはずがない、と目が曇っているからでしょう。「勝負というものは、双方が多くの過ちを犯し、より過ちが少ない方が勝利するのである」。そのとおり。
 

特徴的だったのは、陰謀論のパターンが太字で強調されているところ。このあたり、『トンデモ本の世界』とか『トンデモ本の逆襲』あたりの手法の反映でしょうか? 例えば「最終的な勝者が全てを予測して状況をコントロールしていたと考えるのは陰謀論の特徴」とか「事件によって最大の利益を得た者が真犯人である」とか。これらはむしろ推理小説の論法です。というよりも、陰謀論は推理小説のノリでこいつが犯人!というところから逆算して語られることが多いものなんですね。

posted by みっち | 17:53 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |