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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
オーケストラ 知りたかったことのすべて

クリスチェン・メルラン著、藤本優子・山田浩之 訳
みすず書房

 

500ページを超える厚い本です。著者のメルランは、子供のころからオーケストラに惹かれ、オケのプログラムや団員名簿などを集めて、世界の楽団員たちの記録を手書きで作ろうとしたそうです。ティンパニ奏者のフランソワ・デュパンと出会って実際のオーケストラの内部情報も得られるようになり、やがて音楽ジャーナリストになったという、いわば、この本を書くために生まれたような人物。


全体は三部構成となっており、第一部ではオーケストラの概観や諸問題に触れ、第二部ではオケの構成員たちを各パートごとに紹介していきます。博覧強記というのでしょうか。ここでは奏者の名前がずらずらぞろぞろわらわら出て来て、その中で聞いたことのある名前がちらほらという状況。まさに上に書いた取材の成果でしょう。
 

目を引いたのはウィーン・フィルの弦楽セクションで、ローテーションなしの典型的な年功序列型。「奥の席から最前列に進み出るには、他の奏者全員が引退するのを待たなければならない」そうです。コンマスも同様で、ゲルハルト・ヘッツェルの生前、2番手だったライナー・キュッヒルはヘッツェルが欠席のときにしか第一コンサートマスターになれないことを苦にしていたとまで書いてある。ヘッツェルが急死して、キュッヒルが晴れてトップに座れるようになったわけです。フランスのオケでのファゴットとバソンの抗争の話ももちろん紹介されています。パリ管がファゴットに鞍替えして以来、バソン勢はじわじわ侵食されているらしい。しかし中にはファゴットからバソンになった人や、「両刀遣い」までいるらしく、情勢は予断を許さないようです。
 

第三部は、指揮者との関係。ここでは、よく知られているエピソードも含めて指揮者とオケのさまざまな「事件」がてんこ盛りです。独裁ぶりで有名な指揮者(あの人とかこの人とかf^^;)の話はもちろん、クリヴィヌがリヨン国立管の楽団員を大量処分して嫌われた話は第一部の方で紹介されています。ただしクリヴィヌはその後、考え方を改めたみたいですが。逆に指揮者に反抗する団員の話もあって、とくにフランスのオケは指揮者にとって厄介なところが多いみたい。
 

しかし、ジュリーニやハイティンクあたりになると別格で、そんなギスギスした関係とは無縁らしい。ともに音楽できることが素晴らしい体験になるのでしょう。とくに印象的なのは、ミュンシュのエピソードでした。ボストン響の取締役会で高齢のヴァイオリン奏者の解雇が提案されたとき、ミュンシュは「それなら、まず私を解雇すべき」と返したそうです。また、ある楽団員が病気で数ヶ月の入院を余儀なくされたとき、保険が効かず、同僚たちが共同で医療費の負担を呼びかけたところ、ミュンシュはオケの代表たちが困惑するほど高額の援助金を提供したそうです。受け取りを渋る彼らに、ミュンシュは「私は老人だ。仲間を救うのに役立つなら、これほど素晴らしい金の使い道はあるまい」と語っています。メルランは、ミュンシュが団員を「仲間」と呼んでいることに感銘を受けています。
 

とまあ、抜書きしているとここも何百ページになってしまいそう(爆)なので、これくらいで。オケに関することは網羅されているといってもいい本ですが、ひとつ惜しいと思ったこと。それは、オーケストラの語源が古代ギリシアから来ていることがムーティが寄せた序文で紹介されているのですが、フィル・ハーモニックという言葉がどのようにして生まれ、どのように定着して今に至っているのか、そうした用語の歴史的な経緯についてはメルランの関心の外にあるらしいことです。

posted by みっち | 23:27 | 読書 | comments(0) | - |
池田綾子 風を紡ぐ

1. 時空の旅人
2. ドアの向こう
3. おかえりなさい
4. 明日への手紙
5. 光の羅針盤
6. 巡りゆく日々
7. 言葉の方舟
8. えがおのつぼみ
9. 夢の途中で
10. 手を繋ぐとき
11. やさしいたね 〜Happy birthday〜
12. 心のふるさと

 

SONY MUSIC  MHCL 2793

 

火野正平が自転車に乗って日本各地をめぐる「にっぽん縦断 こころ旅」という番組がBSプレミアムにあります。バラエティーを見ないみっちは、音楽をかけないとき、これや岩合光昭さんの「世界ネコ歩き」とかを、見ているというよりもBGM的に点けていることがあります。実は数年前、門司港で「こころ旅」の撮影クルーと遭遇しました。門司港駅付近で、のんびりしている火野正平たちを自転車で後ろから追い越したんですが、そのときの様子が放送されていたと後で聞きましたf^^;。


で、いいたいことはそれじゃなくて、この「こころ旅」で流れてくる音楽に、女性の印象的な歌声があるんですよ。ぽっと浮かんで、すーっと伸びていくような、ヴィブラートの少ない素直な調べ。まるで自分が子供に戻ったような気持ちになれる。だれだろうと思って調べたら、池田綾子という人だった。いままで全然知りませんでした。彼女の最新と思われるアルバムがこの『風を紡ぐ』です。
 

1曲目。これは名曲でしょう。吸引力のあるイントロから和風な響きが展開し、ソロが入ってきます。力みなく、真っ直ぐに放射されてくる歌唱に「純真」という言葉が思い浮かびます。曲調的にこれに似た世界というと、久石譲の『ラピュタ』のテーマ曲「君をのせて」が近いかな? なぜいままで気が付かなかったのか不思議なくらい。聖歌風な2曲目もいいですが、3曲目がまた印象的。郷愁を誘ってやまないこの歌はどこかで耳にしたかもしれない。という調子で、前半の6曲目ぐらいまではそれぞれの曲にインパクトがあってどれも素晴らしい。7曲目はテンションが上っており、ここから新たな展開を予想させますが、その後はほんわかした曲調が続いてちょっと印象が薄い。とくに8曲目と9曲目は、歌い終わりの音形が同一だし、9曲目だけ残響過多で録音の統一感がないため、これは姉妹曲かなにかで付録的に付いているのかもしれない。後半にも1曲目のような短調の曲がもうひとつくらいあってもよかったのでは? などとアルバム構成に文句をつけたくなるのがみっちの悪い癖かもf^^;。あるいは、この素敵な歌声でも12曲連続というのは多すぎるのかもしれない。みっちがプロデューサーなら(まただよ!)、9と11はカットして10曲、その分値段を安くする。安い輸入盤に慣れているため、この人のCDは高いんですよねf^^;。
 

録音・編曲にもこだわりを感じます。6曲目など、抑制的なピアノがかえって歌唱のイマジネーションの幅を広げて効果的。アコースティックな編成が多いのは賛成ですが、曲によっては例えば木管だけとか、音色をもっと絞った方が声の魅力をさらに引き出せはしないかな、などと思いました。総じて美しい歌声に浸れます。ほかのアルバムもぜひ聴いてみたい。

posted by みっち | 15:30 | CD・DVD | comments(0) | - |
パリピ孔明

ちょっとマテー! といいたくなるタイトルですが、『愛と欲望の三国志』の著書もある箱崎みどりさんが褒めていたのをどこかで見かけて、気になっていました。


原作は四葉夕卜(ゆうと)、画は小川亮。現代日本の渋谷に転生した諸葛亮を描く。って、ちょっと前にヒトラーとかもいたような(爆)。転生もの多! ネットでは第2話まで無料で読めるのですが、転生の仕掛けについてはなにも説明がなく、開始早々いきなりです。で、気がつくと若い頃の物語に描かれたままの姿に戻っており(当然周囲からはコスプレと思われる)、しかも日本語ペラペラ。このリアリティー0の非常に甘い設定を作品自体がネタにしている……。オジサン、怒っていいかな?
 

しかし、第2話ではクラブハウスの店長がなぜか三国志オタでf^^;、コワモテの店長が街亭の戦いになぜ馬謖を起用したとツッコミます。いきなり核心を突くとは、店長だてにオタクやってないな! ここから始まる問答は見逃せません。こういうのがあるなら、もっと読みたい。で、店長いわく「コイツ、チョー孔明じゃーん!!」(爆)。いや店長、感心してないでもっといろいろツッコんでくれ。さらに第3話では、夷陵の戦いでの「石兵八陣」ネタに触れる店長。うむ、確かにアレは意味不明、とうなずくみっち。すると、つづく第4話ではそれがまさかのリアル発動! 面白いではないか!! というわけで、三国志とコーエーの「三國志」が好きな人には、十分におすすめできます。
 

諸葛亮といえば、なにしろ知力100で助言が必中(いやそっちー?)の超能力者ですから、これからも数々の計略を成功させて歌手志望のヒロインをもり立てていくことでしょう。ちなみに、孔明が自ら望んで軍師を務める相手の名は月見英子。元ネタは黄月英でしょう。巻末のオマケ外伝には大泉喬花も出てきまして、これからもあちこちにネタをばらまいて楽しませてくれそう。とはいえ、もじりキャラはまあいいとしても、今後気になるのは、転生キャラは孔明一人なのかということですね。もし郭嘉や司馬懿も来たらどうなる? 渋谷は天才軍師だらけに?

 

posted by みっち | 21:08 | お気楽妄想系 | comments(0) | - |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その6)

・ドヴォルザーク:交響曲第6番ニ長調 作品60
・ドヴォルザーク:スケルツォ・カプリチオーソ 作品66


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 

録音:1972年9月(6番)、1973年12月(スケルツォ・カプリチオーソ)
(クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより)

 

ボックス13枚目の収録。なにか忘れているようなと思ったら、クーベリック/ベルリン・フィルでドヴォルザークの交響曲全集を聴いている途中だった。5番を書いたのが10月で、それから8ヶ月放置してた。申し訳ありません。ここからが本番みたいなものなんですけどねーf^^;。
 

6番は発表時には「第1番」とされていた作品。作曲は1880年で、ブラームスとの交流が始まってから書かれています。前作5番でもその傾向は見られましたが、ここでは明らかにワーグナーからの影響を脱しており、もっと親しみのある、土地に根ざした独自の音楽を書いていこうと志したものか。ただしその分、スメタナと比べると「新しさ」は後退していくことになったかな。
 

第1楽章の伸びやかな開始は、ずばりブラームスの2番からの影響でしょう。同じニ長調、3/4拍子ですしね。第2楽章でもブラームス風なところはありますが、より旋律主導な傾向で親しみやすい。スケルツォ楽章はここにきて典型的なドヴォルザーク節が聞かれるようになりました。独自の作風が確立されていてもっとも魅力的。フィナーレ、弦の弱音で出発するのはやはりブラームスの2番と同じで、速度表示もまさしく同じアレグロ・コン・スピリート。これはマネというより、マーラーの3番冒頭同様にブラームスに敬意を表したものと見るべきかもしれません。全体としてはとてもいい曲で、これをもって「第1番」としたことがわかる気がする。あまり演奏されないのが惜しい。
 

スケルツォ・カプリチオーソは交響曲からさらにこなれてきて、楽しい音楽になっています。
 

カラヤン時代のベルリン・フィルは弦がぶ厚く強力。クーベリックの意向によるものか、ヴァイオリンは対向配置になっているようです。一方、管楽器・打楽器は控えめで突出しない。これはベルリン・フィルの特徴として、いまでもそうなのかな? 合奏として誠に立派ではありますが、「ベタ塗り」といわれる原因でもあります。「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」みたいなf^^;。できれば弦はもっとすっきり爽やかに、管楽器には味というか、楽しませる要素があれば、と。だったらバイエルン放送響を聴けよ、ということですが、クーベリックはこの時期なぜかシューマンやドヴォルザークをベルリン・フィルと録音しているんですよね。

posted by みっち | 13:59 | CD・DVD | comments(0) | - |
心の旅路

たまたまBSで放送が始まったのをそのままにしていたら、引き込まれて最後まで観てしまいました。しかも、ものすごく泣けた。終わって顔を鏡で見たら、目も鼻の頭も真っ赤で、それはひどいものでした(爆)。


1942年のモノクロ映画で、主演はロナルド・コールマンとグリア・ガースン。第一次世界大戦直後のイギリスが舞台で、戦争で記憶喪失になった男を踊り子の女が支えるというお話でした。もう有名なものでしょうから、ストーリーはここでは繰り返しませんが、もし、自分が記憶を失った3年間に幸せな生活を送っており、その相手がいまも大切なパートナーだったとしたらどうですか? 「スミッシー!」、「ポーラ!」という最後のやりとりに、勝手に万感がこもってきて泣けるー。これほどのハッピーエンドは見たことがないと思いました。
 

とはいえ、その前から彼女が目の前でスミッシーと呼びかけてみたらどうなのかという疑問は持っていました。それでも、女は自分からは過去を明かさないという医者との約束を苦しみながらも守るんですよね。男の方は相手がそばにいても気付かず、一度は別の女性と結婚寸前までいくという。こういう、女の方がずっと耐える話はいまどき作れないのじゃないかな。だけど、それが展開をきわめて劇的にしているのは確かでしょう。まだかまだかと思わせて、やっぱりダメなのか、いや、あ、最後の最後で、キターf^^;。
 

ちなみに、ロナルド・コールマンは「コールマンひげ」の元祖だそうで。初めて知りました。一方のグリア・ガースンは、撮影時38歳。とっくに中年体型になっていてもおかしくないですが、気のいい踊り子から有能な秘書、そして要人の妻役までこなし、輝くような美しさ。ラストシーンのデボン州の小さな家は、背景が絵だとすぐわかるようなセットなのに、この二人の見事な演技によって懐かしさもひとしおでした。

posted by みっち | 21:42 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
北九州グランフィル:宇宙戦艦ヤマト

4月にベートーヴェンの「第九」演奏会を予定していた北九州グランフィル、新型コロナウイルスの影響でコンサートが流れてしまい、合唱で参加予定だったみっちもがっくり。そんなグランフィルが「第九」の前プロで予定していた「宇宙戦艦ヤマト」をリモート演奏。YouTubeで配信しています。


https://www.youtube.com/watch?v=q1q7qYD9Gh4

 

久しぶりだな、グランフィルの諸君(爆)。画面中央で歌っているのは、「第九」でバリトンソロを歌う予定だった加耒徹さん。ささきいさおを彷彿とさせますね。できれば、フルコーラスで聴きたかったな。というわけで、ここはひとつ、2番を不肖ミッチラー総統で(ハロウィン! ハロウィン!)。

posted by みっち | 16:09 | お気楽妄想系 | comments(0) | - |
ハイティンク・ポートレート(その4:マーラー)

・マーラー:交響曲第3番ニ短調
・マーラー:交響曲第4番ト長調
・マーラー:交響曲第9番ニ長調

 

メゾソプラノ独唱:ゲルヒルト・ロンベルガー(3番)
ソプラノ独唱:ユリアーネ・バンゼ(4番)
合唱:アウグスブルク大聖堂児童合唱団、バイエルン放送合唱団(3番)
ベルナルト・ハイティンク指揮、バイエルン放送交響楽団

 

録音:2016年6月16,17日(3番)、2005年11月3,4日(4番)、2011年12月15,16日(9番)
BR KLASSIK 900174-08/09,10,11

 

ハイティンクがBRSOを振ったライヴ集の最後は、マーラーが3曲。


3番はこのボックスでも新しい2016年の録音。これはたいへん見事な演奏です。第1楽章のテンポはやや遅いですが、しかしその分細かなところまで神経が行き届いていて、スケールの大きさと緻密さが両立されています。オケの反応や音色の魅力も同様で、クーベリックの元でも素晴らしい演奏を聴かせてくれたBRSOですが、時代が移り、指揮者が変わってもやっぱりいいオケですねえ。録音のクリアなことも特筆もので、すべてがくっきり克明に見える感じ。ただしこれは再生装置によるかもしれません。
 

例によって、いい演奏にはコメントすることがあまりない(爆)。ちなみに、第5楽章の「ビムバム」はクーベリック時代はテルツ児童合唱団だったかな? あのときのやんちゃな歌声が懐かしい。今回はアウグスブルク大聖堂の名を冠しているだけあって、お行儀がよろしいようでf^^;。

 

4番は2005年の録音。この曲には、クレツキ/フィルハーモニア管、フォンク/セントルイス響という、みっちにとって双璧ともいうべき愛聴盤があるため、タイム比較してみます。
 

・クレツキ:16:19  9:36  21:01  8:29 計55:25
・フォンク:17:11 10:12  20:01  9:07 計56:31
・ハイティンク:17:24  9:05  20:40  9:30 計56:38

 

タイムには音のないところまで入っていることもあるため、あくまで傾向としてですが、快速系といえそうなクレツキが第3楽章でじっくり腰を落としており、フォンクとハイティンクのオランダ組の時間配分がかなり近いことが見て取れます。
 

第1楽章、ハイティンクのテンポは3番同様「やや遅」になるでしょう。個人的には、この楽章が遅いのはダメなんですよ。もっと遅い派のルイージやスヴェトラーノフあたり、かなり勘違いな演奏だと思っています。ハイティンクはこの点ギリギリセーフ。とはいえ、BRSOの個人技の高さもあって各声部の洗練具合は立派ですが、やっぱり弾むような軽快感がほしい。第2楽章は逆に速い。ただし速いと感じるのは主部のみで、それもそんなにセカセカしてはおらず、十分に許容範囲。第3楽章からは、第1楽章同様に丁寧な表現が主体になります。
 

第4楽章の独唱はバンゼですが、声質的にはメゾっぽいというか、落ち着きのあるやや太い声。で、ライヴのせいなのか、歌いはじめの第1節がどうもオケと合っていない感じがあります。尻上がりに調子はよくなり、最後の第4節はうまく歌えているのですが、この曲でのソプラノの役割は大きく、違和感があるのはまずいでしょう。

 

最後は9番。2011年の録音で、4番と3番の間ということになります。BRSOのマーラーの9番は、「ヤンソンス・ポートレート」に収録されていた2016年のライヴが記憶に新しい。
 

ヤンソンス盤はこの曲の対位法的な扱いを徹底的に洗い出そうとした重層的な演奏でしたが、ハイティンクは旋律主導ですべてが集結したような一体感が特徴的。どちらがいいかは難しいところですが、個人的には練りに練られた感じのハイティンクに一日の長ありと見ます。というのは、まず第1楽章冒頭の第2ヴァイオリンが向かって右側から聴こえてくると、クーベリック盤でこの曲を覚えたみっちとしては、やっぱりこうだよねと思うわけですf^^;。ただし、ハイティンクの場合は対向配置がそれほど明瞭でなく、これまでの演奏を聴いてもどちらかよくわからず、この9番でようやく確認できたくらい。
 

ハイティンクはどの楽章でも引き締まったテンポで統率しており、年齢を感じさせません。第2楽章など、ヤンソンスが各テーマごとにテンポを設定しているのはいいけど、結果ちょっと散漫になっているのに比べて、ハイティンクではギアチェンジも含めて一本の線として引っ張っているのが素晴らしい。どの楽章でも木管楽器の温かい音色が魅力で、第4楽章2回目の中間エピソードなど、オーボエとコールアングレがきわめて印象的。ただし、ホルンやクラリネットはヤンソンスの方が目立つかもしれない。
 

総合的には、3番>9番>4番か。ハイティンクは演奏が後になるほどいいというインタビューの指摘が、このマーラーでは当てはまっているようです。ということで、「ハイティンク・ポートレート」を聴き終えたわけですが、大変充実した聴き応えのあるセットでした。これまで敬遠していたハイティンクをすっかり見直したことはいうまでもありません

posted by みっち | 20:00 | CD・DVD | comments(0) | - |
テレワークに逆戻り

北九州市でなぜか新型コロナウイルスの感染者が増加中で、おかげで先日解放された在宅勤務が復活してしまいました。


みっちの仕事は、職場にある複数のなんちゃらシステムに入力することがメインで、システム自体はお持ち帰りができないため、結局出勤しないとどうにもなりません。それでも形ばかりのテレワークをやらないといけないため、サーバーから作業用ファイルをノートPCに取り出して、できるだけのことはやるという実態。職場のPCはなぜかノートなんですよ。こんな狭くて小さい画面で仕事しろって、調達担当者バカなの? 家のPCのお古からディスプレイを持ち込み、キーボードを自前で買い、ノートに繋いでデュアルモニターにしています。これでかなり快適になる。
 

しかし、USBなど外部記憶媒体の使用が禁止されているため、テレワークでは職場のノートを持って帰ってやらざるを得ません。持ち運びするとなると、でかくて重いんですよ、このノート。とはいえ、ふだんは盗難防止対策とかでワイヤーで机にロックされており、ノートの意味がまったくなかったのですが、テレワークによってほとんど唯一の長所ともいえる持ち運び能力が発揮されたわけで。そこまで見越して調達していたとするなら、すごい先見の明(爆)。
 

画像がみっちのテレワーク環境です。2階の自分の部屋ではなく、ダイニングテーブルにでか重ノートを置いてやっています。2階は遊ぶところなので(爆)。在宅のいいところは、あまり邪魔が入らないので集中してこなせることですね。あと、音楽かけたり適当にお菓子をつまんだりもできるしf^^;。
 

さて、後ろの壁の真ん中で輝いているのは、先日プチリフォームで取り付けたステンドグラスです。実はこれをエントリしようと思っていて、テレワークはついででした。厳密にはステンドグラスではなく、「ニューステンド」というデザインガラスです。前に玄関でも違う絵で施工していい感じでした。元はふつうのアルミサッシで、外は裏の物干し場、その向こうはマンションという状況。窓を開けることがなく、風が強い日は物干しのトタン板がバタバタいうため、この際ペアガラスにして断熱と遮音も狙いました。結果は上々です。黄色く見えるところ、施工前の下絵ではもっと緑色っぽかったのですが、光の加減で見た目が変わるようです。

 

posted by みっち | 17:12 | 近況 | comments(0) | - |
ハイティンク・ポートレート(その3:ハイドン)

・ハイドン:オラトリオ「四季」 Hob.XXI:3
・ハイドン:オラトリオ「天地創造」 Hob.XXI:2

 

独唱:(四季)ジュリー・カウフマン(ソプラノ)、ヘルベルト・リッペルト(テノール)、アラン・タイタス(バス)。(天地創造)カミラ・ティリング(ソプラノ)、マーク・パドモア(テノール)、ハンノ・ミューラー=ブラフマン(バスバリトン)

合唱:バイエルン放送合唱団

ベルナルト・ハイティンク指揮、バイエルン放送交響楽団
 

録音:1997年11月27,28日(四季)、2013年12月19,29日(天地創造)
BR KLASSIK 900174-04/05,06/07

 

ハイティンクがBRSOを振ったライヴ集から、今回はハイドン晩年の傑作オラトリオ2曲。実はどちらもこれが初の鑑賞でした。知らない曲について書くので、最低2回は聴いておきたいと思って、それが2枚組×2で、なかなか時間が取れませんでした。というわけで、演奏というよりも曲の感想になりました。


作曲順は「天地創造」の方が先。とはいえどちらも18世紀末の作品で、姉妹作のようなものかも。「天地創造」は旧約聖書に題材を採っていますが、「四季」はイギリスの詩人トムソンの叙事詩がもとということで、世俗オラトリオなどといわれているようです。しかしどちらも神に感謝を捧げている点では同じで、教会か世俗かという分け方にはあまり意味を感じません。
 

CDは「四季」が先に納められていて、このボックスでは唯一の初出音源とのこと。他は再リリースです。録音時期もいちばん古い1997年ですが、鮮度の差は感じません。声楽の質の高さも同様で、独唱者だけでいえば、「天地創造」よりも好み。父親の農夫、その娘、その恋人という設定によく合った声質で、牧歌的で美しいアンサンブルです。音楽も練達の技。「春」では自作の「驚愕」交響曲を引用しているのが目立ちます。これについては台本担当とひと悶着あったようですが。「夏」のホルンの信号音や嵐の情景などを聴くと、もしかしたらベートーヴェンの「田園」の参考になった可能性があるかも、と。ハイドンにも学んだベートーヴェンは、交響曲はまだとはいえ、すでに演奏家・作曲家としてウィーンで独り立ちしていました。「秋」には祭りや村人の交流? ハイドンならではの機知に富むユーモラスな表現が聴かれます。冬は厳しい気候を表すような短調で始まり、やがて明るくなって神への感謝が綴られていきます。
 

「天地創造」は3部構成で、4部の「四季」と比べるとややコンパクトかな。第1部が神による創造4日目までで天地、太陽、月、星、夜、昼が誕生。ここでは冒頭からスペクタキュラーな音響が聴かれ、インパクト十分。ティンパニの打ち込みが強烈です。第2部が5日目と6日目で生物と人間が誕生。3人の独唱者は、ここまではガブリエル、ウリエル、ラファエルの3天使です。第3部はアダムとイヴが神に感謝を捧げるシーンで、天使のうち2人が人間役に変更。こちらも充実した音楽です。ちなみに、最後もめでたしめでたしで、「失楽園」の結末は触れられません。
 

演奏は、ほかを知らないので比較できませんが、声楽もオケも素晴らしい。なお、レチタティーヴォではフォルテピアノが使われており、テュッティで盛り上がった後の舌休めとでもいうのか、いい感じの音色変化が楽しめます。録音がいいのもこのボックスに共通で、思えばCDの歴史も40年? 技術の進歩・洗練と量産・予算削減による陳腐化・劣化が常にせめぎあうデジタル録音技術もようやく熟成されたのかな、と思わせます。

posted by みっち | 17:55 | CD・DVD | comments(0) | - |
最近のチェロ練習(2020.5)

気候がよくなり、チェロの音にも張りのある日が多いこのごろです。福岡県では緊急事態宣言が解除されましたが、北九響の練習予定については、まだアナウンスされていません。再開は6月ですかねえ。家では、4月からベートーヴェンの交響曲第5番をさらっています。


チェロが難しく、かつ目立つのは第2楽章と第3楽章で、これを中心に。第2楽章の冒頭は、音程にかなり苦労しましたが、そこそこ歌えるようになってきました。問題は、そこからの変奏で16分音符になり、さらに32分音符になるところ。32分音符では、p かつ dolce で開始して最後はpp。8小節のピチカートを挟んで今度はf となってオケ全体が高揚します。とくに厳しいのがpp 直前の104小節目でアップボウで移弦を反復するところですね。ダウンならともかくアップはぎこちなく、左手も指がもつれるもつれる(ーー;)。一月半経って、うまくいったときは、なんとかそれなりに弾けてるかもしれんくらいの雰囲気にはなってきましたf^^;。練習が再開されたときに、いきなりビシッと決められるようになりたいものですが。


第3楽章は、主部がpp ベースで、そこにsfp やfs、f などが付いている、このコントラストを表出したいのですが、半音階進行がなかなか厄介で、進行に追われてうまくいきません。中間部は、案外耳で聴いて予想していたよりも弾けます。これも順次進行と跳躍のコントラストがつくようになるといいな。
 

ベートーヴェンだけやっていると疲れるので、バッハの無伴奏チェロ組曲第3番のプレリュードとアルマンドを練習始めの指鳴らし代わりとして弾いています。こっちも疲れるんだけど(爆)。プレリュードは3月末に披露する機会があり、ホッとして4月に弾かないでいたら、もうダメになっていたf^^;。ヘタになるのがホント早いな。この2曲は、秋の区民音楽祭での演奏曲目最有力候補なので、これからも弾いて、暗譜で弾けるくらいに身につけておきたい。
 

ボウイングや運指などは一応固めたのですが、今後は音にもこだわりたい。で、右手の精度が問題になってくるのですが、全体的に力んでガチガチになっている気がするため、脱力の仕方、弓の速さ、弓毛の張り方などを変えたらどうなるか、いろいろ試そうと。だけど、それなりに気をつけていられるのは初めの方やその部分だけで、通して弾くと、途中からは音楽にただもう必死に向かっているというf^^;。

posted by みっち | 12:17 | cello | comments(0) | - |