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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
ヴィト/ポーランド国立放送響ほかによるマーラーの交響曲第3番ほか

・マーラー:交響曲第3番ニ短調
・マーラー:交響曲第10番よりアダージョ


エヴァ・ポドレシ(コントラルト独唱)
クラクフ少年合唱団、クラクフ・フィルハーモニー合唱団
アントニ・ヴィト指揮、ポーランド国立放送交響楽団

 

1994年11月12-16日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第3番と第10番からアダージョを聴きました。ボックスの4枚目に3番の第1楽章〜第3楽章、5枚目に後半の3つの楽章と第10番のアダージョが収録されています。演奏時間は3番が約101分。10番のアダージョが約26分。


3番は、7番と並んで好きな曲です。クーベリック盤とギーレン盤がみっちのお気に入りでした。クーベリックはスヴェトラーノフと同じで弦の対抗配置が特徴、ギーレン盤は録音が新しかったことと、よく「冷血」などと評されるギーレンがこの曲に熱い共感を寄せていることがよくわかる演奏です。
 

第1楽章冒頭、ホルン8本による斉奏は、一般的なテンポよりもわずかに遅めか。続いて金管の重々しいリズムになりますが、ヴィトにかかるとこういうところが大変明瞭です。うめくようなファゴットの合いの手もカッチリ。その後も精緻なアンサンブルできっちりくっきり系の表現をしたくなる箇所ばかり。ファゴットに限らず、木管の埋もれがちな響きを大切にして、随所でそうだったのかと膝を打つような新鮮なバランスを聴かせてくれます。行進曲を経て、総奏に膨れ上がったときにガラッと表情を変えるインパクトも見事なものです。トロンボーン・ソロが目立つ音楽で、もちろんしっかり吹いているのですが、他にも聴きどころが多い分、それほど印象に残らないのが欠点といえば欠点か。ギーレン盤のような開放感とは対照的な演奏かもしれません。
 

第2楽章、第3楽章も克明かつ繊細。ただ、立派ですがリズムが正確に刻まれることと、やや遅めのテンポをとるために、カッチリはいいけどやや停滞感を与えるかもしれません。第1楽章から基本同じようなアプローチであり、このあたりでもう少し伸びやかさや自由さがほしいと思う人もいるでしょう。スケルツォのポストホルンはまさに天国的に美しいのですが、メリハリの点で前後との変化がそれほど大きくないため、いっそのことソロを協奏曲風に引き立てたほうが面白かったかも。
 

第4楽章からは声楽が入るため、停滞感は消えます。コントラルト独唱は響きがやや暗めですが、2番のときのアルトのようにはヴィブラートが機械的ではないので聴きやすい。子音をさほど強調しないのは、ドイツ語の発音という点では「らしくない」かもしれません。
 

第5楽章は楽しい。声楽が充実していて惚れ惚れします。「ヴィム・バム」が本当に鐘のよう。オケも隙きがない。
 

第6楽章の冒頭は、響き渡る静寂とでもいうのか。ピアノとは音が小さいことであって、弱いのではない、とオケのトレーナーが話していたことを思い出します。美しく、最後のクライマックスまで着実な足取りで、来たるべきものが確実に来る。締めくくりの和音の伸ばし方がまた素晴らしい。というわけで、一つ一つの楽章は充実した演奏ですが、そのきめ細かさをちゃんと聞き取れる再生装置でないと、よさがわかりにくいかもしれません。
 

第10番はホイーラーによる補筆全曲版がオルソン指揮で別に収録されていますが、ここではヴィトがアダージョのみ録音しています。これが秀逸。この楽章、9番の最終楽章で死んだはずのマーラーが成仏できずにこの世を彷徨っている、という風情があるのですが、ヴィトで聴くと、その辺実にリアルに迫ってきます。演奏によってはオケの薄さが気になるところもありますが、ここではそんなことはまったくありません。例のA音に始まるカタストロフも充実しているだけでなく、美しい。最後の余韻の深いこと!

posted by みっち | 20:29 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
キング・アーサー

わが家のエントっ子と観てきました。当初は「聖剣無双」という副題が付いていたところ、大人の事情から外されたようです。普通の字幕版でしたが、情報量が少ないためかわかりにくい部分があり、できれば吹替版で見直したい。2004年にも同じ『キング・アーサー』タイトルの映画があり、こちらは歴史的なアーサー像を描こうとしたものらしいのですが未鑑賞。今回のはガイ・リッチー監督により、ぶっ飛んだ描写は随所にありつつ、いわゆる「アーサー王伝説」に基づいたファンタジー作品となっています。

 

エントっ子との共通した感想は、「思っていたより相当よかった」(爆)。いやまあ、当初の副題もあって、B級テイスト満載なのでは?と予想していたのですが、なんのなんの。本格的なエンターテインメントに仕上がっています。静かな導入から徐々に戦闘場面に移っていくダイナミックな見せ方からして素晴らしく、舞台となるキャメロット城やロンディニウム(現在のロンドン)の街なども大画面で鑑賞するにふさわしいスケールで再現?されています。スケールといえば、最初の戦闘シーンでのゾウさん、もう反則といっていいくらいのとんでもないでかさ。ムマキルがちびっ子に見えます(爆)。画面や音楽のコントラストも大きく、シンプルな物語なのに次の展開が読めなくてドキドキさせられます。なお、暗い画面では3Dメガネを使用していたらよく見えないのではないかと思われるものもあります。

 

登場人物では、主人公のアーサーとその叔父に当たるヴォーティガンの二人が大きな軸になっています。アーサー役のチャーリー・ハナムは、一種のトラウマを抱えているわけですが、しぶとく抜け目のない性格で自立心旺盛。最初は王位に関心を示しませんがヴォーティガンが放っておいてくれないのと、血筋のためでなく仲間たちのために立ち上がるという推移は納得。対するジュード・ロウも、ぞっとするような冷酷さを見せて迫力があります。この二人が十分魅力的で楽しい。衣装の面でも二人だけ現代風なテイストで周囲からもよく引き立っていました。彼らに次ぐのがユーサー役のエリック・バナで、この人は『トロイ』のヘクトルでも悲劇的な役どころでした。弓の名手グースファット・ビル役のエイダン・ギレンは、『ゲーム・オブ・スローンズ』で狡猾なベイリッシュだった人ですが、こちらでも見せどころがあります。女性では名前の明かされないメイジ役のアストリッド・ベルジュ=フリスベがほぼ唯一の重要キャラですが、台詞が少ないのは『パイレーツ・オブ・カリビアン』で人魚だったからか(爆)。彼女がグィネヴィアになるのかな? 女性は美女ぞろいなのですが、チョイ役ばかりで恋愛要素やサービスシーンなどはなし。ベディヴィア役のジャイモン・フンスーはなぜか黒人で、もうひとりアーサーの武道指南役ぽいアジア人まで登場します。こんな話でも有色人種への配慮が必要だったの?

 

かいつまむと話はけっこう単純ですが、見せどころは満載です。とくにエクスカリバーをめぐっては、岩に刺さったところをアーサーが抜くシーンはもちろん、逆にどうして岩に刺さったのかを解明するシーンもあって、おおー、そうだったのかと謎解きの楽しさがあります。湖の乙女も物語上意味のある存在としてしっかり出てきます。そして、アーサーがエクスカリバーで無双するシーン、都合2回かな、あります。その凄まじさは、敵だけじゃなくて味方も全滅したなと思わせるほど。とはいえ、使い勝手のいい最終兵器ということでf^^;。「聖剣無双」、残してよかったんじゃないの?

 

伝説絡みでは、いきなりモードレッドが登場するのが意表を突かれます。これ、どうオチをつける気か? トリスタンやパーシヴァルといった名前も出てくるのですが、なにやってたかよくわからず、顔と名前が一致するほどの印象は残りません。ウィキペディアによると、「全6部作となるシリーズの第1作目」なのだそうで、ぜひ続きが見たいのですが、アメリカでは大コケしているらしい。そうなると難しいでしょうね。あと、字幕はなっちではありませんでしたが、一部不適切なのでは?と思えるものがありました。「ナポレオンの馬」はさすがにないよね。

 

 

posted by みっち | 22:00 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
筒井康隆コレクションVI

・『美藝公』

・『歌と饒舌の戦記』

・単行本&文庫未収録短篇

・単行本&文庫未収録エッセイ

 

筒井康隆・著、日下三蔵・編 出版芸術社

 

忘れたころにやってくる筒井康隆コレクション、全7巻中の第6巻。

 

『美藝公』(1981年)は、『旅のラゴス』(1986年)や『フェミニズム殺人事件』(1989年)などと並んで筒井の「ノスタルジック路線」ともいうべき系列に属する長編。刊行時に付いていた横尾忠則描く作中映画のオリジナル・ポスターも復刻されていて色鮮やかです。

 

人々がもう少し「二枚目」意識を持っていれば、世の中はもっとよくなる、というようなことを作者はエッセイに書いていたはずで、この物語はその延長線上にあります。「ユートピアSF」とも呼ばれており、SFっぽくなるのは物語の終盤、主人公たちがもし世の中がもっと違っていたらと語り合う、そのおぞましい世界こそが、まさに私たちの現実社会だという逆転的if世界になっています。ここに至る経過としてのユートピア世界の描かれ方がとても丁寧で説得力があり、さもあろう、いやそうでなければいけない。だのに、どうして現実は違ってしまったのか!と思わせる筆力に感心します。文中でとくに印象に残った言葉が二つあり、「観光資源ならある。―(中略)―しかし観光は輸出できない」、「社会的階級は役割、職業は役柄と考えてそれを楽しむ」というところでした。

 

『歌と饒舌の戦記』(1987年)は、読んだことがあるはずですが、断片的な記憶しかありませんでした。アメリカと密約を結んだソ連が北海道に侵攻してくるという、ふざけた、しかしもしかしたらと思わせる長編。いまならソ連ではなくアソコでしょうね。タイトルどおり、歌とおしゃべりをふんだんに盛り込みつつ、世界各地でドタバタ劇を繰り広げます。『美藝公』同様、アイデアだけでは書けない、相当綿密な取材や資料調べがあってこそ成立する物語です。作者自身も「おれ」として登場し、『イリヤ・ムウロメツ』(1995年)に関してキエフに行った体験にも触れられていて、へえーっ、そんなことがあったのかと。いま読んでもとても面白い。昔、「筒井康隆を電車で読んではいけない」というキャッチコピーがあり、車内で読むと思わず爆笑しそうになる、その典型的作品です。「タワリシチ」の連呼や「隣の美代ちゃん」には、思わずコーヒーを吹きそうになりました。しかし、これらのネタも含めて、わかる世代が限られてきていることは確か。

 

パート3の短篇では、「佐藤栄作とノーベル賞」がいろいろとヤバい。いわゆる「夢オチ」ですが、いまどき実名入りでこんなことを書ける人がいるのだろうか。ノーベル文学賞は毎年候補に上がる日本人がいるようですが、筒井康隆でいい気がしてきた(爆)。

 

パート4のエッセイでは、大阪万博ルポが懐かしい。みっちはほんの子供だったのでろくに覚えていません。新婚の叔父さん夫妻に連れられて万博に行ったのですが、それまで親から離れて遠くへ出かけるということがなかったので、親がついてこないと聞いて泣いた覚えだけはしっかりあるf^^;。人気パビリオンはどこも長蛇の列で、それでも三菱未来館は最初に行って見たのじゃなかったかと思うのですが、よく思い出せない。かろうじて、動く歩道はあったような気がします。あとは、アメリカ館の「月の石」とか、ソ連館のユニークな造形とか、そんな程度です。

posted by みっち | 00:30 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
シシシ、うまい汁だよ!

最近、「一部」マスコミが騒ぎ立てているらしい、加計学園の獣医学部新設問題、時事に疎いみっちも関心を持って眺めています。あ、一部っていうのは、朝日じゃなくて読売の方。なにしろ安倍首相が熟読しろとか国会で宣伝している大新聞様が菅官房長官とタッグを組んで「印象操作」をやっているのですから、もはやジャーナリズムとは無縁の御用新聞というほかないかと。もう目が離せない、といいつつ読まないけど(爆)。

 

一連の話を簡単にすると、こういうことかな? 「文教族」といわれた自民党の族議員やそれにつらなる獣医師会の既得権益に、かつての民主党政権が「風穴」を開け、そこへすっぽり収まったのが安倍首相の「お友達」だったと。それに異議を唱えた高級官僚が「天下り」を摘発・処分され、下半身ネタまでリークされていると。

 

文書や圧力の有無の問題もありますが、より疑問なのは建設費の大幅な補助だとか破格の土地大安売りだとか、「制度に則って適正にやっている」その制度のあり方そのものがおかしいんじゃないかということと、その制度によって得をしたのは結局だれなのか、それにだれがつながっているか、です。「勝ち組」になっている組織・団体が首相のお友達だったことは明らかにされていますが、こうした「情実」が働いていそうな事例がほかにはないのでしょうか。この点、加計学園は第二の森友だとかいわれていますが、実態は逆で、森友学園が第二の加計学園になろうとして首相夫妻に接近していたのではないかと思えます。第二なのか第三なのか、もっと多いのか、それこそが知りたい。

 

しかし現状はどうも、最後のおいしいところをだれが持っていったかという内輪の恨みつらみでやりあっている印象があります。どっちの肩を持つ気にもなれないですねえ。まあ、もともとお先棒を担いでいた民進党に実態解明を期待するのは無理は話で、今後もピントのずれたグダグダな展開か。とりあえず、今年の流行語大賞に「忖度」と「印象操作」はエントリしたいところです(爆)。

posted by みっち | 17:33 | お気楽妄想系 | comments(0) | trackbacks(0) |
作曲は鳥のごとく

吉松隆『作曲は鳥のごとく』

 

春秋社 2013年

 

日本人作曲家、吉松隆の自伝。この人のトロンボーン協奏曲『オリオン・マシーン』の初演(1993年)を、みっちは聴いています。日本フィルの定期会員だったときで、もうよくは覚えていないけど、現代ものにしては案外楽しめました。演奏後に客席から立ち上がり拍手に応えていた作曲者、たしかベレー帽を被っていたと思います。プログラム・ノートに吉松自身が「キワモノシリーズ」などと自嘲気味に曲紹介していたのも、ユーモアのある人だと好感を持ちました。その後、田部京子が弾いた『プレイアデス舞曲集』が人気になったりしたことは知っていましたが、CD買わなくなっていたこともあり、縁がありませんでした。NHK大河『平清盛』も、途中で観るのやめてしまったし。曲もあまり印象に残っていません。

 

14歳でベートーヴェンの「運命」を聴いて、クラシック音楽に目覚めたという体験はみっちと同じでしたが、違うのは、吉松隆はこのときスコアも見ながら聴き、「交響曲を書く」という決意を抱いたということです。その後はまったくの独学だそうで、がんばったなあ。世代が近いこともあって、社会背景や生活感がよくわかるため、自分のことのように読みました。クラシック音楽ではとくにシベリウスに大きな影響を受けたらしく、日本人では武満徹、松村禎三のほか、冨田勲と宇野誠一郎という、どちらかというと芸術ではなく娯楽音楽とみなされていた分野の作曲家に対しても同じように敬意を払っているのが特徴的です。

 

松村禎三とは「師事」といってもいい関係にあったようですが、実態は家に出入り・交流していただけで、いざ松村がなにか具体的に教えようとすると受け付けなかったという。とにかく「人から教えられる」ということを徹底的に嫌い、それを貫いたのがすごい。楽器演奏ならあり得ない、作曲だから可能なことでしょうね。反面、自分で気に入ったものはプログレから和楽まで時代やジャンルに関係なく幅広く取り入れ、吸収しているようです。作曲手法をけっこう細かいところまで明かしていて、手の内をここまで見せて大丈夫なのかと心配になるくらいですが、積み上げてきたものが違うのでマネされることもないのでしょう。

 

クラシック音楽の発展は、既存のルールを開放することで成し遂げられてきたにもかかわらず、現代音楽に至って「調性やメロディーがあってはならない」といったシバリをかけ、曲に少しでもそのような要素があると堕落とか大衆迎合などと排斥するようになった状況がリアルに語られています。人間って、成長過程では比較的寛容だったのが、ある程度の高みに達すると自らを窮屈にしたり排他的になったりするものなんでしょうか。守りたい意識なのかエリート意識なのかわかりませんが。このあたり、ちょっとウィキペディアを連想しましたよ(爆)。また、佐村河内の騒動前に出版されていることもあり、交響曲第1番<HIROSHIMA>を「多くの聴衆を感動の渦に巻き込んだ大作」として紹介しています。

 

すでに書きましたが、シベリウスには特別な思い入れがあるようで、宮沢賢治にも深く共感し、シベリウスの交響曲第6番と『銀河鉄道の夜』がシンクロして泣いたという体験、よくわかります。賢治同様、吉松のもっとも身近で理解者だった妹を亡くした話は涙なくしては読めません。で、もう交響曲第5番まで書いてるんだ、この人。同じ時代に生き、交響曲作家として初志貫徹中のホンモノの「現代のベートーヴェン」(いや、シベリウスかf^^;)、もう少し応援しなければいけないという気がしてきました。これを機会に、吉松作品を聴いてみたくなりました。

posted by みっち | 14:15 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
ヴィト/ポーランド国立放送響ほかによるマーラーの「復活」

・マーラー:交響曲第2番ハ短調「復活」


ハンナ・リソフスカ(ソプラノ独唱)、ヤドヴィガ・ラッペ(アルト独唱)
クラクフ放送合唱団
アントニ・ヴィト指揮、ポーランド国立放送交響楽団

 

1993年1月9-17日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第2番「復活」を聴きました。ボックスの2枚目に第1楽章と第2楽章、3枚目に第3楽章以降が収録されており、演奏時間約85分。


2番からは指揮者がヴィトになります。これがス・バ・ラ・シ・イ。みっちはマーラー好きですが、「復活」だけは苦手でした。これまで聴いたのは、ワルター、ホルヴァート、ブロムシュテット、スヴェトラーノフあたり。ワルターはもちろんいい演奏だし、ホルヴァートやスヴェトラーノフも面白いんですが、何しろ第1楽章が大げさで、長くてコワモテなわりには内容空疎という印象がありました。ハンス・フォン・ビューローがこの曲のピアノ試演を聴いて拒否反応を示したというのもうなずける、って前にも書いたかも。ブロムシュテット盤は、サンフランシスコ響とのシベリウス5番が爽やかで小気味いい演奏だったのに期待して買ったものですが、いかにも草食系低カロリーなつまらない演奏でがっかり(爆)。濃いのも薄いのもダメだなこりゃ、とさじを投げていました。
 

ヴィトで聴くと、この曲の音響構造や各声部がどう動いているかよく見えます。例えば、第1楽章の開始で低弦がダダダダダン!とやるわけですが、これがどういうまとまりで動いているか、そして途中からファゴットはじめ各楽器が参加してくる過程が明確にわかる。第2主題は清楚そのものですが、ここでも低弦がものをいっています。展開部の後半ではぐっと腰を落とし、そこから金管コラールに向けてじわじわ速めていくところも納得。こんな調子で書いていくとキリがありませんが、聴いていて実に面白い。第2楽章は研ぎ澄まされたアンサンブルに惹きつけられます。スタッカートのキレが鮮やか。第3楽章は軽快かつ立体的で、第2楽章とほぼ同じ演奏時間になっています。第4楽章の金管合奏も深々と聴かせます。アルト独唱は、声はいいのですが機械的なヴィブラートが気持ち悪い。この演奏で唯一文句をつけたいところです。フィナーレは圧倒的な集中力。合唱の扱いが得意なヴィトですから、ラストの一体感もきわめて見事。終わって、思わず拍手!


マーラーの大編成を精妙なアンサンブルで聴きたい、というみっちの願いはヴィトで果たされそうな気がします。一方、ネットではヴィトは丸いとか包み込んでくれるとか、穏健派の代表みたいに書かれているようなのですが、いったいなにをもって穏健だといってるんでしょうね。ミスターSのようにギスギスしないという意味ならまあわかるかもですが。丸いどころか、これを聴けば他の演奏がいかにダンゴで濁っているかわかるクリアで清潔感のある響きです。これはクレツキとの共通点でしょう。変なデフォルメを巨匠的というならそれはありませんが、ツボは外さず切れ味十分、エキサンティングですらある。ナクソスだからって、ナメてません? それとも再生装置が悪いのか?


心配していた録音は、1番のように残響過多で不自然な感じはありませんでした。ブラームスの『ドイツ・レクイエム』のときとほぼ同様で、大編成をスケール豊かに捉えています。プロデューサーもエンジニアも1番と同じ名前がクレジットされているのに、この違いはなに? ひとえにモニターを聴いて判断する指揮者の耳か。

posted by みっち | 13:39 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
楽譜入れ替えの間

定期演奏会が終わって楽譜の入れ替えがあったので、ここのところバッハの無伴奏チェロ組曲第1番からプレリュードとアルマンドを弾いていました。

 

秋の区民音楽祭でバッハの無伴奏とピアノとのデュオを1年おきに弾いており、今年はバッハの年に当たっています。しかし、区民音楽祭はもう出ないつもり。というのは、3月に合唱とのアンサンブルで出演したときに、ホールの人から「今年は床の補修工事を予定しているので、今回まではいいけど工事が終わったらエンドピンにゴムキャップをして下さい」といわれました。博多のアクロスや八幡の響ホール、黒崎のひびしんホール、ソレイユホールや北九州芸術劇場などでステージに出ましたが、木の床でゴムキャップをしろといわれるホールなどこれまで経験がありません。そういうことならもう出なくていいや、となりました。なので、人前で弾くあてはないのですが、去年1年弾いていないとやっぱり弾きたくなります。もうちょっとさらいたいので、秋の定演はR・シュトラウス『最後の4つの歌』を降り番にしてもらいました。これで少し負担が軽くなった。

 

プレリュードは、前からわかっていたんですが、最後の和音が決まらないんですよね。このほかいろいろと改善したいところがあります。アルマンドは、過去に自分で考えていたボウイングを書き込んでいたんですが、あらためて弾くとなんか違う、というわけで再見直しです。

 

木曜日には最初のオケ練習があり、みっちが降り番のシュトラウスも聴きました。最初に思ったのは、歌の伴奏なのにこんなに編成がいるんだろうかとf^^;。まさに後期ロマン派の残照というべき音楽でした。フルートがきれいだけど、大変そう。シュトラウスは『ドン・ファン』で懲りましたが、聴いてるうちにちょっとやってみたくなった(爆)。

posted by みっち | 20:27 | cello | comments(0) | trackbacks(0) |
ハラース/ポーランド国立放送響によるマーラーの交響曲第1番

・マーラー:交響曲第1番ニ長調「巨人」(「花の章」付き)


ミヒャエル・ハラース指揮、ポーランド国立放送交響楽団
 

1993年12月11-14日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ヴィト指揮ワルシャワ・フィルのブラームス『ドイツ・レクイエム』がとてもよかったことは先日エントリしました。それでヴィトのマーラーも聴きたくなりました。アマゾンで物色していると、ナクソスに全集ボックスがあるのに気がついて、15枚セットで6千円ぐらいならバラ買いするよりずっとお得、というわけでポチリました。これで、みっち手持ちのマーラー全集はスヴェトラーノフ盤に次いで2つ目f^^;。
 

見ると、オケはポーランド国立放送響で共通ですが、指揮者は3人。1、7、9番をハラース、10番の補筆完成版をオルソン、残りをヴィトが指揮しています。『大地の歌』は入っていません。この割り振りはどういう意図なのか不明ですが、とりあえず順番に聴いていくことにします。というわけで、まずは1番から。
 

マーラーの1番でみっちがいちばんよく聴いた演奏は、ナヌート指揮リュブリャナ響だったりします。はい、ホルヴァートの「復活」ライヴとセットで売られていたアレですf^^;。「復活」は曲が好きじゃなくて、「巨人」が気に入ってました。録音が良く、演奏も手作りの味がします。ま、この曲に関しては、だれが振ってもそんなに変なのはないだろうと思っています。

 

ハラースはハンガリーの指揮者らしい。ウィキペディアにはファゴット奏者出身だと書いてあります。ハンガリーの指揮者やオケというと、弦がキッチキチのイメージがありますが、ここでもある程度その傾向はあり、ヴァイオリンがよくそろっていてパワーもあります。テンポはあまり動かすタイプではないようで、全体に恰幅の良い演奏。第1楽章のチェロ主題などゆったりしていて、クライマックス付近でもスピードはそれほど上がりません。第2楽章の低弦のリズムなど量感よりもスマートさが勝っており、品が良い。ただ、いいことばかりではなく、第3楽章ではオーボエの旋律が丁寧というよりマジメすぎるし、終わり近くのテンポアップも控えめで、多少はっちゃけちゃった方がいいところでも行かないのがややマイナスというか、平板に感じます。ファゴット奏者出身にしては、木管にそれほど目立つところがないのも惜しい。アマゾンには「荒削りながらも迫力満点のハラース」と書いてあるんですが、このCDに関する限り、見当ハズレでは? しかし、フィナーレでは第2主題など安定感のある弦が美しく、コーダではホルンが「圧倒的響きで」と書かれているところでベルアップか立ち上がったかしていることが明らかにわかるほど吹き鳴らしており、お見事。オケはうまく、2番以降にも期待が持てます。
 

「花の章」は、フィナーレの後に収録されています。第2楽章にしている演奏もあるみたいですが、他の楽章と版の問題が生じるため、別にした方が賢明でしょう。交響曲と同傾向ですが、曲調が穏やかな分、不満のない美しい演奏です。
 

残響が多めの録音で、静かなところではそれが効果的ですが、テュッティで盛り上がるとモワッとなります。第1楽章ラストのティンパニも、ダンとかバンではなくボスッみたいに空気が抜けたような響きに聴こえます。これは昔のナクソスにもあった傾向で、ちょっと人工的すぎる。うーん、全曲こんな録音だとすると困るなあ。

posted by みっち | 16:14 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
北九響第117回定期演奏会

・シャブリエ:狂詩曲『スペイン』

・ファリャ:バレエ音楽『三角帽子』第1・第2組曲

・ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」

 

中井章徳指揮、北九州交響楽団

2017年5月21日(日)、北九州芸術劇場大ホール

 

定演終わりました。みっち@全身疲労。このころになって花粉症の症状がぶり返しており、なにに反応しているんだろ? とりあえずクラリチンを飲みましたが、リハーサルで弾いている最中にくしゃみが出てやばかった。いつもは開演前にジュースより安いドリンクでドーピングするところ、クラリチン効果で本番眠くなるといけないと思い、今回は休憩時間にもさらにもう1本闘魂注入。ヘヴィーなプログラムで、これぐらいが正解でした。

 

シャブリエは、手前味噌ながら輝かしい音色と洒落た感じが出ていたんじゃないでしょうか。みっちはステージのほぼ中央で弾いていたこともあり、包まれ感最高で幸せでした。

 

ファリャは、終わってみればあっという間。途中いろんなことがあったみたいですが、細かいことはよく覚えていません。実は、本番一週間前にプルトの裏から表に変更となり、ディヴィジが多かったこともあってまったく余裕がなかった。第1組曲の3曲目などのかっこいいリズムセクションでは低い音だったのが高くなり、なんか決まってない感がありました。しかし、終曲のホタではラスト近くでオケが白熱し、これまで見たことのない世界が開けました。騎虎の勢いで突っ走り、終わった後のホールが静かだった(爆)。聴衆のみなさん、あまりのことに身動きできなかったか、それとも初めて聴いた曲でこれで終わりと思わなかっただけ? その両方かも。

 

エロイカは、直前で第1楽章の提示部を繰り返さないという変更がありました。プログラム全体でちょっと長すぎるという判断だったようです。チェロパートとしては、主題を担当していることもあって、繰り返したい気持ちもありました。ベーレンライター版ということで、新鮮に聴かれた方もいらっしゃったようです。とくに第2楽章は出来が良かったと思います。前日の練習で、葬送のテーマはバッハの『音楽の捧げもの』のヴァリエーションだという中井先生の指摘があり、うわあ、プログラム解説印刷しちゃったよもう、という感じf^^;。中井先生とはこれで三度目? 今回、食事会などで直接お話させていただく機会にも恵まれ、ほかでもさまざま示唆的なお話があって非常に有意義でした。個人的にも今回弾いて、第2楽章がやっと理解できたような気がします。スケルツォのホルン隊、お見事。素敵でした。フィナーレは、これまでの練習の総決算というわけで、変ホ長調の音階を弾きまくりました。同じ形が全然なく、「使い回し」できなくて大変だった。アンコールはファリャ「火祭の踊り」。アンケートでは、この曲の評判が良かった。

 

次回、第118回定期演奏会は、10月22日、北九州芸術劇場にて。曲目はヴェルディの歌劇『運命の力』序曲、R・シュトラウス『4つの最後の歌』、リムスキー=コルサコフの交響組曲『シェエラザード』。ソプラノ独唱は大西ゆかさん、指揮は新田ユリ先生です。乞うご期待。

posted by みっち | 19:50 | cello | comments(0) | trackbacks(0) |
ヴィト/ワルシャワ・フィルほかによるブラームスのドイツ・レクイエム

・ブラームス:ドイツ・レクイエム 作品45

 

クリスティアーネ・リボー(ソプラノ独唱)、トーマス・バウアー(バリトン独唱)

ワルシャワ・フィルハーモニック合唱団

アントニ・ヴィト指揮、ワルシャワ・フィルハーモニック管弦楽団

 

(NAXOS 8.573061 2012年8月27-29日、ワルシャワ・フィルハーモニックホールでの録音)

 

先日、ウルバンスキ指揮NDRエルプ・フィルの演奏会に行って感心したことをエントリしました。このとき、ウルバンスキ←ヴィト←スクロヴァチェフスキというポーランド人指揮者の系譜があることを知り、ヴィトの指揮にも興味を持ちました。ヴィトは、ナクソス・レーベルに合唱曲やマーラーの交響曲などの録音があるようです。ナクソスは、正直これまでほかのレーベルでは入手できないような場合でないと手を出さなかったレーベルで、ナクソスかよー、って感じでどうしようかしばし迷ったくらいですが、今回大いに認識を改めました。食わず嫌いはよくないねf^^;。

 

ドイツ・レクイエムを選んだ理由は、ヴィトが比較的大規模な合唱曲を得意としているようであることと、この曲のCDは激安レクイエム・ボックスに入っている1枚しか手持ちがなく、もう1枚くらい正規盤で持っていてもいいだろう、ということで。これが素晴らしかった。木管を精妙に聴かせるオケのバランス取りの点で、スクロヴァチェフスキを思わせるところもあるのですが、音色的には穏健でギスギスしません。全体に端正な造形ながら、第2曲や第6曲など緊迫した場面での威力も十分。テンポは曲が曲だけにこれだけでは判断がつきにくいですが、みっちがひいきにしているハンス・フォンクと似たタイプではないかと感じます。つまり、これみよがしな派手なことはやらないが、音楽の深いところからの共感が表出されて、とても説得力がある。

 

合唱は、ノン・ヴィブラート。このためソプラノが若干フラット気味に聞こえる箇所がありますが、ヘタというわけではありません。温かい声質でオケとのブレンドがとてもいい。一方、独唱はヴィブラートも含めて情熱的な表情を見せており、かといって浮いた感じはなく、むしろ単調にならない役割を果たしています。とくにバリトンは美声で魅力的。

 

全体に内省的で、シューマンの合唱曲の影響を受けながらも、若きブラームスの熱い思いがそこかしこに立ち上る、そういったこの曲の魅力を十全に引き出した演奏です。昔のナクソスの録音は人工的という印象がありましたが、この録音は違和感がなく、演奏の魅力をよく伝えています。心なしか、ジャケットデザインも高級感が漂ってきたような……。みっちの奥方がこのCDを気に入っており、このごろ時間があるとリビングのサブ・システムでかけています。癒やされるそうで。

 

こうなると、マーラーの交響曲も聴いてみたくなりますね。ちなみに、ウルバンスキのCDも同時に買ったのですが、こっちは20世紀ポーランドの作曲家ルトスワフスキの知らない作品で、エントリしてまでものがいえない状況。演奏と録音はいいと思うけど、曲がわからない(爆)。

posted by みっち | 17:37 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |