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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
ARGYLLE/アーガイル

映画監督で、この人の作品は観ておきたいと思っている二人が、マシュー・ヴォーンとエドガー・ライトです。比較すると、前者はストーリー展開がよりゴージャスで荒唐無稽、後者はより庶民的でローカルという違いがありますが、音楽の採用手法やギャグ的シーン、アクションの不謹慎性が似ているf^^;。


『ARGYLLE/アーガイル』はマシュー・ヴォーンの最新作で、『キングスマン』シリーズ終わっちゃったのかな?と思っていたタイミングで発表されました。めちゃ面白かった。で終わり(爆)なんだけど、せっかくだからあとちょっと書きたい。本編ストーリーではありませんが、ラストのネタバレあり。
 

マシュー・ヴォーンがスパイ映画を作ったらこうなるだろう、という予想を上回る出来でした。とにかくストーリーがくるっくるっ二転三転するので、それだけで十分面白い。さらに、例によってアクションで遊びまくる。とくにクライマックス近くで発煙筒を炊きながらのダンス・シーンは、『キングスマン』第1作の『威風堂々』シーンを思い出させる傑作。こんなの見せられたら、お客は笑うか怒るかどっちかでしょう。今回はクラシックではなくノリの良いポップスですが。音楽でいえば、ジョン・レノンが歌ったテープからビートルズの新作として昨年発表されて話題になった「ナウ・アンド・ゼン」が始めのところで使われているのも聞きもの。
 

出演は、主演がブライス・ダラス・ハワードで、発表したスパイ小説のせいで本当の陰謀に巻き込まれる作家という役柄。ヘンリー・カヴィルが小説の主人公アーガイル、サム・ロックウェルがリアルのスパイ、ブライアン・クライストンとキャサリン・オハラがヒロインの両親という設定です。『スター・ウォーズ』でメイス・ウィンドゥだったサミュエル・L・ジャクソンも出ています。この中では、ヘンリー・カヴィルが現実離れした肉体派で、いかにも架空のスパイっぽい。サム・ロックウェルは『銀河ヒッチハイク・ガイド』でゼイフォードだった人。「思う」って言うたびにひっぱたかれるシーンが最高でした(爆)。本作では飄々とした感じがちょっと草刈正雄に似ている。あとキャサリン・オハラは『ホーム・アローン』でケヴィンのお母さんだった人。すぐに気が付きましたよ。
 

エンドロールになる前に、意表を突くエピソードが追加されています。酒場でカクテルを注文した若者(ルイス・パートリッジ)が、それが合言葉だったらしく、バーテンダーから銃を受け取るのですが、彼は「オーブリー・アーガイル」と名乗るんですよ。てえことは、作中の物語の主人公だったアーガイルの若き日ということで、続編の予告? しかもその酒場の名前が「キングスマン」f^^;。二つのシリーズのように見えるのは実は同じ世界観でつながっているのか? この謎、続報が気になります。

posted by みっち | 22:55 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
劇場版『ゴールデンカムイ』

『ゴールデンカムイ』の原作マンガは初めの方だけ読みました。コミックスでいえば、おそらく2巻くらいまで。物語は面白かったけど、キャラクタの判別にちょっと難があった気がします。登場人物がたくさん、そのほとんどが男性キャラでみんな強面なので、クセつよキャラがいっぱいすぎて、インフレ状態を引き起こしているような……f^^;。なので「再現度」はほとんど気にしていません。このエントリ、ネタバレはほとんどない(伏せ字したし)と思うので、ご安心を。


実写版、よくできてました。面白かった。このお話って、アシリパがう◯こを克服する物語だったのか(爆)。よくがんばった! メインとなるアイヌの金塊探索に、お笑い要素やアシリパの「お料理教室ジビエ編」とがうまく絡まって、飽きさせない構成。アシリパの存在はやはり偉大ですね。杉元一人ではここまで惹きつける魅力ないから。配役もよかったし、北海道の自然やアイヌの描写もしっかり描いていて違和感がありません。動物たちはほぼCGでしたが、これもうまく溶け込んでいて、浮いた感じはなかった。唯一、音楽がちょっとうるさい。そこまでガシャガシャしなくても画面で十分足りてるよ、と思うところが何箇所かありました。
 

登場人物でいうと、今回はほぼキャラクタ紹介で終わった感じ? 函館戦争を生き延びていた土方歳三(舘ひろし)率いる旧幕臣チーム、鶴見中尉(玉木宏)率いる陸軍第七師団、そこに杉元(山崎賢人)とアシリパ(山田杏奈)、白石(矢本悠馬)が割り込む形で三つ巴の勢力図が描かれるんですが、おそらくここから先は敵と味方が入り乱れての大抗争になっていくんでしょう。
 

以下、いくつか配役を個別に。アシリパの山田杏奈は、ふくらみのあるほっぺが評価されたんでしょう。意志の強さも感じさせて。原作のイメージを崩していません。変顔もがんばりました。弓はもっと引き絞るものではないかと思うけど。山崎賢人は、原作マンガ実写版のスペシャリスト? みっちが観ただけでも、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』、『キングダム』の各主演で、どれも高評価。血みどろシーンでもどこか爽やかなので、熱血スポ根ものとかでも相性がいいんでしょうね。今回の不死身の杉元も、立派なザ・タフガイでした。軍帽と髪型もよく似合っていました。そして、特筆すべきは、矢本悠馬が演じるオッサンの白石でしょう。だいたい登場シーンで死んでもおかしくない存在なのに、そこから引っ張ってここまでキャラが立つかと思うくらい目立ってました。きっと『新解釈・三国志』で老け役の黄蓋を演じた経験が役に立ったのでしょう(んなわけない)。この三人組が立ち向かうラスボスが舘ひろしと玉木宏のダブルひろし(爆)。相手に不足なし! ダブルひろしがニアミスするシーン、見ものです。
 

区切りとしてはいいところで終わりましたが、もちろん、これで終わりじゃないでしょう。ここまでコミックス3巻くらいまでらしいから、劇場版だとあと10回ぐらい連続しないと終わらないぞ。そんなシリーズ化ある? それとも『鬼滅の刃』みたいにテレビシリーズも併用するのかな。今後の展開が気になるところです。

 

posted by みっち | 21:49 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
岸辺露伴 ルーヴルへ行く

先週が『TAR/ター』、今週が露伴先生と、2週連続で映画館に出かけました。珍しいf^^;。荒木飛呂彦のジョジョ・シリーズ第4部「ダイヤモンドは砕けない」のスピンオフとして生まれた「岸辺露伴は動かない」が実写映像化されてNHKで放送され、その好評から新たに劇場版が制作されたという経緯は、いまさらかな?


テレビドラマが受けた理由は、原作マンガでは1回ぐらいしか出番がない泉京香のレギュラー化にあると見ています。脚本や演出、高橋一生の岸辺露伴ももちろんいいんだけど、飯豊まりえの泉京香は格別。泉くんが出ないなら見ないf^^;、といいたくなるくらい魅力的でした。だから、この二人がリアルで交際しているという報道を見たときは、「いくらかわいいからって、編集者に手を出すとは何事だ!」という声が絶対あったと思う(爆)。
 

さて、通常の露伴シリーズは、杜王町から舞台が離れることはなかったように思いますが、本作は「ルーヴルへ行く」というくらいで、パリでのロケシーンが多く、劇場版にふさわしい華やかさがあります。この国際的なスケール感は、ちょっと『ダ・ヴィンチ・コード』を連想させました。原作は、実際にルーヴル美術館からの依頼を受けた荒木飛呂彦がバンドデシネとして描いていたということをウィキペディアで知り、へええーと感心。以下、ストーリーのネタばれはありません。
 

今回の露伴先生、オークションシーンでの負けず嫌いや、せっかく「花のパリ」に行っても観光しないという変人ぶりは相変わらずですが、多少は他所行きを意識しているのか、奇矯な振る舞いは最低限です。美術館職員で通訳担当のエマ役は美波で、『グレースの履歴』で演じたフランス旅行の添乗員と役柄がけっこうカブっています。おフランスな雰囲気が重宝されているのかもしれない。そして、今回のヒロインは泉くんではなく、奈々瀬という謎の女を木村文乃が演じています。泉くんの役回りはいつもどおりで、それがまたいいf^^;。奈々瀬は露伴の回想として登場するので、10年前の若き露伴として長尾謙杜も出ており、二人とも好演。とくに木村文乃は、こんな艶めかしい感じもできるのかと見直しました。
 

展開としては、日本、パリ、そして過去に何があったのかの真相の三部構成になっているようでした。ストーリー的には概ね破綻していないように見えましたが、奈々瀬がなぜ露伴のお祖母さんの下宿を借りていたのか(そこに露伴がやってくる必然性はさほどない)は、説明しきれていない気もします。あと、露伴が一度は奈々瀬にヘブンズ・ドアーを使いかけてやめた理由はなに? でもまあ、そこはいいやf^^;。雰囲気でわかれよってことでしょう。
 

全体として楽しめました。泉くんの無敵ぶりにも(爆)。唯一、気になったのは、画質や音響がテレビ・クオリティなのではないかという点。冒頭、奈々瀬の顔を見せない立ち姿から始まるのですが、この時点でみっちは「まだ予告編?」とうんざり気味で、本編が始まったことに気づいたのはもう少し経ってからでした。本編ならもうちょっと画質が上がらない? これは先週『TAR/ター』を観たからそう思ったのかもしれないのですが、絵の質に差があると感じました。

 

posted by みっち | 12:17 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
TAR/ター

映画・テレビのオーケストラものは極力観たい派じゃ(爆)というわけで、期待していた1本。なにしろ、ガラドリエル様がベルリン・フィルを振ってマーラーの5番を演奏するというからには、観ないわけにはいきません。しかしねー、これは評価難しいなあ。結論から言うと、音楽シーンは素晴らしいが、ストーリーはどういうことなのか全然分からなかった。以下、よくわからないなりにネタバレありですf^^;。
 

まずはストーリーから。映像としては、ケイト・ブランシェット演じるリディア・ターの行動を追っていきます。とはいえリディア目線の一人称が徹底されているわけではなく、リディアが去った後など本人が見ていない場面もあります。ナレーションやリディアの独白など、ストーリーを補完する情報はなく、登場人物との関係など、すべては画面や会話から解釈しなければなりません。これが字幕ということもあって、なかなか難しい。リディア本人については、冒頭の公開インタビュー・シーンでいろいろ紹介されるのでいいのですが、ほかの人物となると、ごく身近な関係者でも顔と名前を一致させるのにけっこう苦労します。このエントリでも役名を取り違えていたことが判明したので、以下加筆修正しました。申し訳ありません!
 

で、途中からホラータッチになっていくんですよ。きっかけは、送られてきた1冊の本だったかな? だれが送ってきたのか、リディアがなぜその本を捨ててしまうのかの説明はなし。これと前後してリディアのランニング中に女性の悲鳴が聞こえたり、夜中にメトロノームが鳴り続けたりと、不審な「事件」がつづき、お気に入りの新人チェリスト、オルガを追いかけてとある建物に入っていくシーンはもう完全にホラー映画です。本を捨てるシーンと、メトロノームを止めるシーンに共通する模様のようなものがあったんですが、それがなにを意味するのかわからず、ことの真相は明かされないまま、気がついたらリディアはすべてを失っていたという。んー???
 

後でネットで調べたところ、クリスタなる元恋人が自殺したせいで、リディアの精神が変調を来したということらしいのですが、どこまでが現実でどこからが妄想だったの? というか、解説読まないとわからないんじゃ、映画としてどうなのか? クリスタについては、メールを削除するように助手にいいつけていて、結局削除されていなかったことが判明するのですが、メールの中に、クリスタが職に付けないよう妨害工作していたらしいものが残っていました。字幕なのでそこのところが不確かなのですが、事実なら褒められた行為ではない。しかし、これがセクハラ? 採用するかしないか判断するのはリディアではないし、そこに性的な要素はないのでは? 新しいお気に入りのオルガに対しても、リディアがなにかを強要するシーンはありませんでした。
 

リディアがだれに裏切られたのか、これもはっきりわからないんですよ。状況的には、助手のフランチェスカとコンミスのシャロンが結託したように思えます。フランチェスカは副指揮者の話がなくなった直後に行方をくらましており、メールデータの外部への提供やレッスン映像の改変は彼女にしかできないでしょう。また、5番のスコアを抜き取ったのは同居人のシャロンだろうし、リディアと決裂して娘のペトラ(本当は誰の娘?)も取り上げるシーンがありました。が、副指揮者の2人も十分に動機があるし、最終的に5番の指揮者からリディアを外したプロデューサー?相談役?立場がよくわからないアンドリス(アンドリス・デイヴィスっていうんだけど、アンドルー・デイヴィスとアンドリス・ネルソンスのハーフかみたいな名前)という人物も彼女を見捨てたんでしょう。つまり関係者全員がリディアを裏切った? まあ、リディアがいろいろ急ぎすぎたことは確かです。時間をかけてひとつひとつクリアしていけばよかったし、どうせ副指揮者を交代させるなら、無害なセバスチャンではなくパクリ野郎(カプランはこっちでした。ちなみに、ギルバート・キャプランというマーラー『復活』専門のアマ指揮者がいて、その劣化コピー的設定らしい。だとするとすごい皮肉。演じているのは『キングスマン』のマーリンの人。髪があるのでわからなかったよf^^;)の方を切るべきで、その後釜にはフランチェスカを据えて、シャロンとの協力関係を維持していれば乗り越えられたでしょう。後付けで言ってもしょうがないですがf^^;。

 

ラストの東南アジアのシーンは、蛇足に思えました。ちなみに、最後に演奏されるのは「モンスター・ハンター」のテーマらしいのですが、知らんし。コスプレした客たちがずいぶんグロテスクに見えました。あんなイベントあるの? 以上、ストーリー面では一度だけで納得できるものではないと思います。かといって繰り返して観るかといわれたら、2時間40分もかけて追体験したくなるような楽しい話でもないという問題がf^^;。

 

一方の音楽面は、素晴らしい。リディアはベルリン・フィルとマーラー・チクルスを展開中で、残すのは5番のみ。なぜ5番が最後なのかについては、謎が残っているからだと言ってたように思います。マーラーがアルマと結婚したころの作品であり、解釈の鍵は「愛」だとも。うーん、どちらかというと謎なのは7番じゃないかと思うんですが、5番も奇妙な構成していますから、まあいいか。実は、マーラーの5番をやるといいながら、なかなかその音楽はかからない。どうなってんの?と思わせておいて、いきなりリハーサルシーンに飛んだときのスケール大きな音響は圧倒的でした。しかもありきたりでなく、いいところ使うんですよ。これは音楽をわかっている人でないと判断できないはず。
 

ガラ様の指揮ぶりも見事。演奏を止めてオケにダメ出しする姿とかも鮮やかなもんです。第1楽章冒頭のトランペットは遠くから響くようにということで、舞台袖から吹かせるというアイデアを実行するんですが、これは2番の手法から取ったんでしょう。ほかにも第2楽章始まりの部分のタメとか、第4楽章の歌わせ方とか、まさにプロの仕事と思わせるような指示で、5番全曲についてどういう構想を持っていたのか、知りたくなりました。せめてスケルツォ楽章のさわりだけでもシーンがあればと。もう1曲、エルガーのチェロ協奏曲も取り上げられます。つい先日の定期演奏会で乗った曲なので、記憶に新しい。これだけのものが聴けるなら、よくわからんストーリーよりも、音楽映画として全曲通し演奏してくれた方がよかったんじゃないかと思いましたね。

 

また、冒頭のインタビューから、音楽や音楽家についてかなり専門的な会話シーンが多いのも特徴。リディアはバーンスタインに師事したという設定のようですが、直接教えてもらったのかどうかはよくわかりません。とりあえず、バーンスタインが楽譜にないことまでやっていたと語るだけの客観性は持っているようです。カプランからマーラーの3番の終楽章はいったいどうやってあんな音を出した?と聞かれて、リディアが「フリー・ボウイング」だと答えていたのは、えーマジ?と思いました。これ、カプラン絶対パクったよね(爆)。ほかにもティルソン・トーマスのタコ5の放送にケチを付けていたり、このあたり、スタッフの誰かの考えあるいは本音が反映されているらしく、個人的にはいろいろ面白かった。それからアンドリスが、ベートーヴェン交響曲第5番のスケルツォ主題はモーツァルトの交響曲第40番のフィナーレ主題のパクリだと指摘していて、いわれてみれば、なるほどソックリ。などなどあるんですが、クラシックファン以外の一般人には、なにそれポカーン、となる時間だったのでは?

posted by みっち | 22:35 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
シン・仮面ライダー

『シン・仮面ライダー』、3月には公開していたらしいのですが、やっと観に行けました。面白かったですよ。オマケにもらえたカードは、49・本郷猛と57・ハチオーグ(変身後)でした。以下、ネタバレあり。


ゴジラとウルトラマンを観てますから、予想はしていましたが、やっぱり早口だった(爆)。とくにプラーナがどうとかいってる部分は、なじみがないせいもあって、「わかんねーよ、図解にしてくれ」とか思いながら追っていました。
 

キャストもよかったです。池松壮亮は、しゃべりはほとんど『オリバー』と変わらないテンションの低さf^^;で、笑顔になるシーンもなかったんですが、男の哀愁? いまどきそんなものあるのかというようなものがにじみ出ていました。ライダーのヘルメットから長髪が出ているのも妙に生々しい。アクションもがんばっていて、練習中にケガもしたみたいですが、元祖の藤岡弘もケガしたことを思うと、宿命的なつながりがあるのかも。
 

2号の柄本佑もよかった。こちらは予告で悪い顔していたので気になっていました。やはりというか、最初は敵として登場します。だけど、敵でありながら筋を通そうとする、いいヤツなんですよ。つまりそれは洗脳に抵抗する人格の強さの現れだったようで、やがて頼もしい味方になる、という王道の展開。
 

予想外によかったのが浜辺美波。それほど彼女のファンじゃないけど、あのキャラが好きf^^;。ツンデレ好きだったのか、みっち(爆)。ヘアースタイルとかも2Bみたいだし、目が青く光るといかにもアンドロイドぽいし。本当はアンドロイドじゃないけど似たようなもんということで、そういうのに弱んだよー。
 

あと、以前のシン・シリーズにも出ていた竹野内豊と斎藤工がコンビ組んで出てきました。やっぱりかよー! これって初めから決まってたの? 役職や立場があいまいなのも共通していて、面白いからいいんだけど。

 

敵のショッカー側にも配役が奢られているのですが、男性は特殊メイクのせいでほぼ誰だかわかりません。本郷奏多だけは声でコイツだろ!って思ったf^^;。その点、女性は顔が見えているので、わかります。長澤まさみが人を殺しまくるときの喜々とした表情がさすが(爆)。いや、でも、仮面ライダーと戦わずにやられるし、しかもそのシーンなくて音声だけって、どういうこと? なんかわけあり? そういえば西野七瀬もライダーとは一応闘うけど、最後は……。

 

ラスボスは、けっこう同情できる気もする森山未來のチョウオーグで、ライダー2人を相手にする泥試合バトルに。ということはショッカー壊滅には全然至らないわけですが、続きがあるかもという希望が残るのは悪いことじゃありません。本編を観る前に、BSプレミアムで放送されたドキュメントを観たので、ある程度覚悟はしていたのですが、最後のアクションは、安いカメラで撮ったような絵になってますね。わざとかもしれませんが。

 

ゴジラ、ウルトラマン、そして仮面ライダー。子供時代の三大特撮ものといっていいかも。ほかにシン・シリーズでやってもらえそうなものってあるのかな? シン・バンパイヤとかどうでしょう?

posted by みっち | 15:49 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
ラストナイト・イン・ソーホー

サイモン・ペッグ主演の『スリー・フレーバー・コルネット』三部作や『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライト監督による最新作。ブルーレイで観ました。2021年の映画なんですが、日本公開されてた? この監督の映画は面白いのにあまり宣伝されず、『ベイビー・ドライバー』のときは地元で2週間しか上映してくれなかったんですよね。


今回は、サイコホラーだそうで、ホラーといえば『ワールズ・エンド』を思い出しますが、ジャンルは違うものの、後半の展開はけっこう近いテイストがありました。幽霊たちが最後になにをするかっていう。いかんいかん、いきなりオチいいそうになった(爆)。
 

『ベイビー・ドライバー』でも感じたことですが、撮影手法と音楽へのこだわりが今回も十二分に発揮されていて、おお、これどうやってるの?的な驚きが随所にあります。現代と1960年代のロンドン・ソーホー地区が舞台ですが、60年代の場面ではヒロインのエロイーズが鏡の中から覗いているような設定になっており、鏡を使ったトリックは全編にわたっています。また、エロイーズが住むことになる部屋に、隣のフレンチレストランから三色旗のネオンの光が青、白、赤と絶えず入り込んでいて、この赤が60年代へタイムリープする合図のようになっています。赤が連続しだすと要注意!
 

前半、60年代のシーンでエロイーズが最初に見るのが、007『サンダーボール作戦』の巨大な看板。このときの音楽が一気にサラウンド的に広がっていく効果は、まさに劇的です。これは大画面で観る価値があったでしょう。ソーホー地区でのロケはかなり困難なものだったようですが、デジタル効果を極力使わず、基本ロケとセットで臨場感あふれる画面が楽しめます。そして、この魅力的に見えた60年代が次第に暗転してエロイーズを苦しめるようになるという展開。
 

ストーリーには直接触れませんが、面白かった。60年代の歌はいまとなっては「懐メロ」で、それが次々にかかって懐かしい気分にさせられるのですが、どの時代にも光だけでなく影の部分もあるわけで、明るい曲が流れる背景で、華やかなショービジネスの裏で女性たちが食い物にされる光景が痛切に描かれます。こうした社会性を備えた映画はいままでのエドガー・ライト作品にはなかったと思うので、新たな境地を開いたといえそう。かといって、エンターテイメント性はしっかり確保されていて、その方面の期待を裏切りません。それに、やっぱりパブだよねーf^^;。
 

配役は、まずエロイーズ役のトマーシン・マッケンジーが魅力的。冒頭の新聞紙ドレスで踊るシーンから惹きつけられます。この人は『ホビット』にもアストリッド役で出ていたらしい。覚えてないけど、年齢的には子役だったのかな? 田舎から大都会に出てきて、いろいろショックを受ける様子を素朴さと感受性をもって演じています。この映画では、彼女の霊的なものへのシンパシーという「力」が物語の推進力になっていくわけですが、ライト監督もその豊かな共感力を褒めています。60年代では、サンディ役のアニャ・テイラー=ジョイが主役といっていいでしょう。こちらは、大きな眼が印象的で、こないだ見たアニメ『竜とそばかすの姫』のベルが実写で現れたみたいなカリスマというかスター性を感じさせます。ダンスも歌も自信満々で、彼女が「リアルト」で歌う「ダウンタウン」は本当に見事。特典映像にも彼女が歌う「ダウンタウン」の違うバージョンがあるので、お楽しみに!
 

マット・スミスは、まさに60年代の顔。ポマードたっぷりにくわえタバコ、怪しい腰つきがもうそのもの。テレンス・スタンプの貫禄の演技も素晴らしい。ニヤッと笑ったりすると、悪いやつに見えるんですよねー。大家役のダイアナ・リグとパブオーナー役のマーガレット・ノーランはボンドガールだったことも見逃せません。二人とも撮影後に亡くなっていてこれが遺作になってしまいました。というわけで、この映画の冒頭、「ダイアナに」という献辞が掲げられています。なお、エドガー・ライトは『ホット・ファズ』でティモシー・ダルトン、『ワールズ・エンド』でピアース・ブロスナンという元ボンド役を起用しており、今後もこういうキャスティングはありそう。

 

posted by みっち | 23:32 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
太陽とボレロ

水谷豊監督・脚本、檀れい主演、描かれるのは地方のアマオケ解散をめぐる人間模様、とくれば観ないわけにはいかない。しかし、これは……。悪いけど、今回は厳しいぞ。


アマオケが財政難で解散するという、他人事とは思えない話で注目したのですが、まず疑問なのがそのお金の話。ブティックと中古車センター2つの会社で財政を担ってきたということなら確かに大変でしょう。公的な補助もなかったらしいが、18年も継続した活動に補助を出さない自治体があるのか。檀れいが市の補助金担当者に掛け合うシーンがありますが、のらりくらりした応対に業を煮やして「もういい!」と席を立ちます。いやよくないだろ! 担当がダメならその上司、上司がダメなら幹部。市民オケの代表として、市長との直談判だってできるはず。中小とはいえ経営者であれば、政治家や弁護士など影響力を持つ人物の一人や二人、お付き合いもあるでしょうに。なぜ諦める? それに、団員だって少なくとも団費を払っているはず。演奏会開くだけなら、実費を参加者が負担する方法もあり、現に臨時オケなどはそうやっているわけですよ。映画では、嫌われキャラの独身副指揮者?(河相我聞)がマンションのペントハウスのような部屋で優雅に暮らしており、こいつに指揮させることを条件に資金提供させるという手だってあるじゃん。
 

次に運営の話。ブティック経営の檀れい、中古車センター経営の石丸幹二、この二人しか話し合いしていないようなんですが、運営会議とかないの? 二人が解散やコンサート開催などを全部決めて、団員はそれを伝えられるだけ、というようなオケが実際にあるんだろうか。さすがに解散については、全員招集がかけられましたが、その場で意見を述べたのはオーボエの田口浩正ひとり。しかも田口が「ウソついたんですか」と不満をぶつけただけで騒ぎに。これまでどんな検討・努力がなされたかとか、継続のためにはどんな条件をクリアする必要があるとかの議論は一切なし。解散を決めるときくらい、全員発言させないの?
 

財政難の背景として、集客が減っていることが語られますが、減少理由の分析はなく、解散についてのお客さんや市民の反応についてもまったく触れられません。オケと地域のつながりが見えない。そもそも地方でオーケストラが活動する、その目的や意義はなに? オケが地域の文化だという認識や自覚が、二人の会話からも行動からも感じられず、単純に音楽が好きというだけ、その延長でここまでやってきたということか。理想と現実の狭間で苦しんでいる姿がないから、全然響いてこない。そういう役割の担い手としては、指揮者役の水谷豊もふさわしいですが、彼はかしこまった話よりも笑いを取ることに熱心でした。これではなぜアマオケを取り上げたのかがわからない。
 

百歩譲って、社会的要素は避けて音楽面と人間性に焦点を絞るという方向はあるのかもしれません。しかし、弥生オケが実際演奏している場面はごく限られています。演奏会の模様はありますが、オケ練習や個人練習など、音楽に取り組んでいる様子はほとんどうかがえません。そもそも彼らは音楽の話をしない。音楽が流れてきても、それに会話の内容が絡むこともありません。唯一、森マリアが仕事を終えてヴァイオリンの練習に向かうシーンがありますが、彼女が演奏するのは「タイスの瞑想曲」。オケとは関係のないBGMであり、本当にオケやりたいのか疑問を覚えるほどです。もしかして、社会性と同様、忍耐・努力・根性みたいな泥臭い場面を描くのもイヤなの?
 

団員については、さきほどの変態副指揮者・河相くんはチェロトップの原田龍二と対立していて、団内不和の大きな原因になっています。実はこれが音楽的な問題が原因ではなく、異母(父だったかも)兄弟の近親憎悪だったことが判明して興ざめします。そんな二人が、お別れコンサートのために一時的にせよ和解して協力するのかといえば、そういう流れにもなりません。オケより相手の排除が大事らしい。解散通告時の不規則発言で物議を醸した田口くんは、あろうことか石丸幹二の中古車センターのクルマを襲撃します。18年にわたってお世話になったことへの感謝よりも、解散で自分の「場」を奪われた恨みの方が強いらしい。どうせ襲うなら市役所だろ(爆)。そんな自分勝手きわまりない犯罪に対して、石丸幹二は被害届を取り下げてしまうのですが、この際刑事事件にして世間に晒した方が解散問題についての反響を得られたかもしれません。この中古車センターに勤務するトランペットの町田啓太は、上司から社長がオケ活動中心であることへの愚痴を聞かされ、本人もコンサートを口実に仕事に身が入っていないと責められます。実際サボってるしねえ。そういうの、ラグビーもののTVドラマであったよねf^^;。でも会社のクラブと市民団体を一緒にする? 監督の中では同じなのかも。
 

この映画には、もうひとつ重要な要素があります。指揮者の西本智実が全面協力していて、オープニングとラストのクライマックスシーンは彼女の演奏で飾られます。とくに開始部分ではビゼー『アルルの女』から「ファランドール」がカットなしで通され、音楽映画としての期待を抱かされます。チェロには木越洋さんがいます。西本は音楽シーンだけでなく、台詞こそありませんがストーリー上でも本人役として登場し、解散コンサートの棚上げで宙ぶらりんになった弥生オケの救世主となる重要な役割を果たします。しかし、この展開もなんか変。彼女が弥生オケを振る理由は、演奏を聴いたからでも活動に共感したからでもなく、病気で倒れた指揮者(つまり水谷豊)の縁者だったからです。要するにコネ。その上、お別れコンサートといっても、その実態は西本率いるプロオケの演奏会に弥生オケの奏者を加えるというもので、弥生オケは主体を失いメンバーはエキストラ同様になってしまっているわけです。これに驚喜する団員たちって……。もちろん、憧れのスターと共演できる喜びは否定しません。それはあるだろう。だけど、弥生オケ18年の活動への思い、意地や悔しさ、そういう葛藤はないわけ? そこを描くのが人間ドラマなんじゃないの? オマケで出してもらえて万々歳では、あまりに皮相すぎる。
 

ほかにも細かいところで、観客向けとしか思えない不自然で状況説明的な会話、「太陽とボレロ」の由来が結局よくわからない、なぜいままでそうならなかったのかが不思議なくらいのカップルが二組もご都合主義的に成立などなど、随所に疑問や「ないわー」とボヤきたくなるシーンがちりばめられていて、観るほどにモヤモヤが蓄積されていく映画です。音楽ドラマを見たいなら、これより『のだめカンタービレ』や『オケ老人!』が数倍いい。ただし、映像的には雰囲気があり、檀れいのプロモーション・ビデオとしてなら十分楽しめます。というか、それがこの映画の目的だった? 檀れい・檀ふみの「親娘」共演や、もしかして濡れ場?と期待させるサービス・シーンもあります。あと、西本智実のファンにもおすすめできます。

 

posted by みっち | 13:16 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
シン・ウルトラマン

観てきました。『シン・ゴジラ』同様の速いテンポ、早口の会話で次々に話が進み、ぼんやりしていると置いていかれそうな勢い。以下ネタバレあります。


まず、『ウルトラQ』ゆかりの怪獣を出して、『ウルトラマン』との世界観をつなげたところはいいアイデアでした。序盤は怪獣との戦い、中盤からは宇宙人との頭脳戦の様相を呈してきます。ここでザラブ星人とメフィラス星人の起用はうなづけるものでした。バルタン星人が出なかったのは、あまり気にならなかった。しかし、ゾフィーが出てきたのには驚かされました。ええー、その上ゼットンまで? これはヤバい、ヤバすぎる(爆)。つまり、ウルトラQからウルトラマンの最終話までを2時間にギュッと縮めるとこうなりましたみたいな展開。これはもう一度観たくなるわ。
 

斎藤工がウルトラマンに変身するシーンでは、ベータカプセルのデザインが変わっていますが、ウルトラマンが飛び出すポーズはオリジナルのまま。また、ウルトラマンの戦闘時のへっぴり腰も再現されています。ただし、シュワッチとかヘアッとかはいわず、無言で戦います。ウルトラマンのスペシウム光線や八つ裂き光輪などの演出がオリジナル同様でかつ劇場版ならではの大スケールなことや、かつてのフジ隊員巨大化エピソードやニセウルトラマンとの戦いなどが再現されており、このあたりホントよくやってくれました。あのー、欲を言えば、ミニチュアセットも使ってほしかったなあ。例えば人間が巨大化した場合、CG背景との組み合わせ具合の処理があんまりうまくいっていない感じがしました。ここはミニチュアが良かったのでは? まあミニチュアとCGとの相性はもっと良くないのかもしれませんが。最後のゼットン戦は完全フルCGで、正直「絵空事」になった感があります。
 

懐かしいといえば、各シーンで鳴るBGMが昔懐かしいものばかりで、リアルタイムで観ていた世代には涙チョチョギレものf^^;。ただねー、これも欲を言えば、科特隊の歌も使ってほしかった。だって、せっかく部隊名称(字は違うが)と流星マークを継承しているんだから、流星、流星、りゅうせーい!!って歌いたいじゃないですか(爆)。
 

宇宙人の企みに日本政府が振り回される姿が描かれていますが、個人的にはメフィラス星人との調印式会場が、屋外の紅白の幕で囲まれた公共工事の起工式みたいなところだったのがウケました。すげーショボい。けど、役人はこの種のイベント好きが多いってこと、知ってた? メフィラスも喜んでたみたいで、「私の好きなセットだ」とか言いそう(爆)。
 

上映開始前に、『シン・仮面ライダー』の予告もありました。もう撮影けっこう進んでいそうですね。ライダー1号と2号が登場するようですが、2号が悪そうなのが気になるf^^;。

posted by みっち | 21:56 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
キングスマン:ファースト・エージェント

今年2月に公開予告されていたのが延期され、ようやく今月観ることができました。マシュー・ヴォーン監督による『キングスマン』シリーズ最新作にして、20世紀はじめといういちばん古い時代を扱っています。サヴィル・ロウにあるテーラー「キングスマン」がいかにしてスパイ組織の拠点になったかというエピソード。ネタバレがちょっとあります。


主役のレイフ・ファインズは、昔「例のあの人」だった人で、最近は007のMらしい。今回はイギリスの大貴族です。それだけに、映画全体がゴージャスな作りでした。ラスプーチンとの対決もサンクトペテルブルクのロシア宮廷内だし、セットだけですごいお金がかかってそう。当然のように音楽もフルオケの重厚なものです。中盤では、息子のコンラッドが第一次世界大戦の前線に向かうのですが、それまでの華麗さとは一転して地獄のような状況を端的に描いて秀逸。反戦映画としても成立しそうなメッセージ性を感じました。
 

アクションは相変わらずキレッキレで、ものすごい緊迫感です。主人公だから大丈夫だろうと頭ではわかっていても、見たところ絶体絶命で、よくそこから挽回して、またひっくり返って、みたいな。最後まで油断できません。この舞台とアクションだけで、お金を払って観に行く価値があります。しかも『キングスマン』の場合、それだけではなくて、コメディーの要素がふんだんにあるんですよね。かっこいいだけではなくて、おバカもやる。これが『007』と違うところf^^;。
 

中盤のラスプーチン戦では、第1作の「威風堂々」同様にチャイコの大序曲「1812年」を使って笑わせます。まあ、「威風堂々」は不謹慎の極みみたいな局面で、「そこでそれはさすがにないだろ」とみっちですら腹を抱えながらも尻込みしたくらいだから、今回のはまだ上品。もともと「1812年」の終わりのあの♪スチャラカスチャラカ、ラッチャッチャーって、ふつうに聴いたってコーヒー吹くところでしょうよ。あと、イギリス王とドイツ皇帝とロシア皇帝を一人三役でやっているんですが、これが『パイレーツ・オブ・カリビアン』のベケット君だったりします。でもねー、これつまんないよね。ベケット君ならもっとできることあったのでは? 加えて、「礼節が人を作る」。第一作のこの決め台詞が、まさかの敵の言葉だった(爆)。
 

ほかにもレーニンやマタ・ハリなど、当時の史実の有名人がみんな悪の手先として描かれていて、一種の陰謀論なんですけど、ここまでスケールが大きいと笑えます。ちなみにヒトラーの人は、むしろスターリンに似ていました。これはあえてなのか? 最後にそろったキングスマン・エージェントたちの面々、役者たちが気になるのですが、ウィキペディアにも書いてないみたいだし。どうしたらわかるんでしょうか。

 

posted by みっち | 16:24 | たまに観る映画 | comments(0) | - |
映画『キネマの神様』

山田洋次の89作目という映画『キネマの神様』を観ました。事前にNHKの特番もやっていたのを観たので、感想はそっちに寄ってしまったかもしれません。原作は原田マハの同名小説ですが、それは読んでいません。若き日の主人公ゴウが映画の助監督ということもあって、山田洋次の自伝的といおうか、懐古的な要素が色濃く出ていたように感じます。あと、年取ったゴウの姿が、やっぱり寅さんを思わせるんですよね。


「キネマの神様」とは、若き日のゴウが書き、一度はクランクインまでいきながら、事情があって没になってしまった映画脚本です。しかし、あるきっかけからこの脚本が再び世に出ることになる。個人的に、ゴウが昔の自分を取り戻すため、古い手法にこだわりつつ、この「本」を映像化していく話かと予想していたんですが、そういう展開にはなりませんでした。そんなマニアックな物語にする監督じゃなかったf^^;。でも、ちょっとそれに近い要素も部分的にはあって、実際に昔の名作映画と呼ばれた作品の一部を映画の中で再現しているんですよね。とても味わい深いものでした。
 

配役はゴウとテラシン、淑子が青春時代の回想と現在のダブルキャストみたいになっており、前者が菅田将暉、野田洋次郎、永野芽郁、後者が沢田研二、小林稔侍、宮本信子という組み合わせ。みんなとてもよかったです。
 

とくに沢田研二は、志村けん急逝による代役だったからなのか、元々のスタンスなのかわかりませんが、メディアへの露出が全くといっていいほどなかったのが逆に気になり、久しぶりの映像に注目しました。78歳の役(実年齢は73歳らしい)にしては若いというか、ちょっと滑舌がよすぎたかもf^^;。もっとモゴモゴいってもいいはずですが、歌手だからなあ。そんな彼が「東村山4丁目」を唄うシーンが印象的。はじめから志村けんが唄うためだったのか、それとも、彼への追悼の意味で追加されたのか、どっちなんでしょう?
 

それから、回想編での人気女優役で北川景子が出ているんですが、永野芽郁と二人で光輝いていました。とくに北川景子の場合は、いかにも「古き良き」時代のスター的なふるまいと存在感で、見事なほどの現実離れっぷり。そんな彼女からカメラ目線で「あら」とかいわれて誘われたら、もうね、ゴウならずとも断れる男などいませんよ。みっちも最期はこんなのがいいなあ、と。でも、絶対そうはならないだろうと観念して泣けてしまうのでした(爆)。

posted by みっち | 22:18 | たまに観る映画 | comments(0) | - |