映画・テレビのオーケストラものは極力観たい派じゃ(爆)というわけで、期待していた1本。なにしろ、ガラドリエル様がベルリン・フィルを振ってマーラーの5番を演奏するというからには、観ないわけにはいきません。しかしねー、これは評価難しいなあ。結論から言うと、音楽シーンは素晴らしいが、ストーリーはどういうことなのか全然分からなかった。以下、よくわからないなりにネタバレありですf^^;。
まずはストーリーから。映像としては、ケイト・ブランシェット演じるリディア・ターの行動を追っていきます。とはいえリディア目線の一人称が徹底されているわけではなく、リディアが去った後など本人が見ていない場面もあります。ナレーションやリディアの独白など、ストーリーを補完する情報はなく、登場人物との関係など、すべては画面や会話から解釈しなければなりません。これが字幕ということもあって、なかなか難しい。リディア本人については、冒頭の公開インタビュー・シーンでいろいろ紹介されるのでいいのですが、ほかの人物となると、ごく身近な関係者でも顔と名前を一致させるのにけっこう苦労します。このエントリでも役名を取り違えていたことが判明したので、以下加筆修正しました。申し訳ありません!
で、途中からホラータッチになっていくんですよ。きっかけは、送られてきた1冊の本だったかな? だれが送ってきたのか、リディアがなぜその本を捨ててしまうのかの説明はなし。これと前後してリディアのランニング中に女性の悲鳴が聞こえたり、夜中にメトロノームが鳴り続けたりと、不審な「事件」がつづき、お気に入りの新人チェリスト、オルガを追いかけてとある建物に入っていくシーンはもう完全にホラー映画です。本を捨てるシーンと、メトロノームを止めるシーンに共通する模様のようなものがあったんですが、それがなにを意味するのかわからず、ことの真相は明かされないまま、気がついたらリディアはすべてを失っていたという。んー???
後でネットで調べたところ、クリスタなる元恋人が自殺したせいで、リディアの精神が変調を来したということらしいのですが、どこまでが現実でどこからが妄想だったの? というか、解説読まないとわからないんじゃ、映画としてどうなのか? クリスタについては、メールを削除するように助手にいいつけていて、結局削除されていなかったことが判明するのですが、メールの中に、クリスタが職に付けないよう妨害工作していたらしいものが残っていました。字幕なのでそこのところが不確かなのですが、事実なら褒められた行為ではない。しかし、これがセクハラ? 採用するかしないか判断するのはリディアではないし、そこに性的な要素はないのでは? 新しいお気に入りのオルガに対しても、リディアがなにかを強要するシーンはありませんでした。
リディアがだれに裏切られたのか、これもはっきりわからないんですよ。状況的には、助手のフランチェスカとコンミスのシャロンが結託したように思えます。フランチェスカは副指揮者の話がなくなった直後に行方をくらましており、メールデータの外部への提供やレッスン映像の改変は彼女にしかできないでしょう。また、5番のスコアを抜き取ったのは同居人のシャロンだろうし、リディアと決裂して娘のペトラ(本当は誰の娘?)も取り上げるシーンがありました。が、副指揮者の2人も十分に動機があるし、最終的に5番の指揮者からリディアを外したプロデューサー?相談役?立場がよくわからないアンドリス(アンドリス・デイヴィスっていうんだけど、アンドルー・デイヴィスとアンドリス・ネルソンスのハーフかみたいな名前)という人物も彼女を見捨てたんでしょう。つまり関係者全員がリディアを裏切った? まあ、リディアがいろいろ急ぎすぎたことは確かです。時間をかけてひとつひとつクリアしていけばよかったし、どうせ副指揮者を交代させるなら、無害なセバスチャンではなくパクリ野郎(カプランはこっちでした。ちなみに、ギルバート・キャプランというマーラー『復活』専門のアマ指揮者がいて、その劣化コピー的設定らしい。だとするとすごい皮肉。演じているのは『キングスマン』のマーリンの人。髪があるのでわからなかったよf^^;)の方を切るべきで、その後釜にはフランチェスカを据えて、シャロンとの協力関係を維持していれば乗り越えられたでしょう。後付けで言ってもしょうがないですがf^^;。
ラストの東南アジアのシーンは、蛇足に思えました。ちなみに、最後に演奏されるのは「モンスター・ハンター」のテーマらしいのですが、知らんし。コスプレした客たちがずいぶんグロテスクに見えました。あんなイベントあるの? 以上、ストーリー面では一度だけで納得できるものではないと思います。かといって繰り返して観るかといわれたら、2時間40分もかけて追体験したくなるような楽しい話でもないという問題がf^^;。
一方の音楽面は、素晴らしい。リディアはベルリン・フィルとマーラー・チクルスを展開中で、残すのは5番のみ。なぜ5番が最後なのかについては、謎が残っているからだと言ってたように思います。マーラーがアルマと結婚したころの作品であり、解釈の鍵は「愛」だとも。うーん、どちらかというと謎なのは7番じゃないかと思うんですが、5番も奇妙な構成していますから、まあいいか。実は、マーラーの5番をやるといいながら、なかなかその音楽はかからない。どうなってんの?と思わせておいて、いきなりリハーサルシーンに飛んだときのスケール大きな音響は圧倒的でした。しかもありきたりでなく、いいところ使うんですよ。これは音楽をわかっている人でないと判断できないはず。
ガラ様の指揮ぶりも見事。演奏を止めてオケにダメ出しする姿とかも鮮やかなもんです。第1楽章冒頭のトランペットは遠くから響くようにということで、舞台袖から吹かせるというアイデアを実行するんですが、これは2番の手法から取ったんでしょう。ほかにも第2楽章始まりの部分のタメとか、第4楽章の歌わせ方とか、まさにプロの仕事と思わせるような指示で、5番全曲についてどういう構想を持っていたのか、知りたくなりました。せめてスケルツォ楽章のさわりだけでもシーンがあればと。もう1曲、エルガーのチェロ協奏曲も取り上げられます。つい先日の定期演奏会で乗った曲なので、記憶に新しい。これだけのものが聴けるなら、よくわからんストーリーよりも、音楽映画として全曲通し演奏してくれた方がよかったんじゃないかと思いましたね。
また、冒頭のインタビューから、音楽や音楽家についてかなり専門的な会話シーンが多いのも特徴。リディアはバーンスタインに師事したという設定のようですが、直接教えてもらったのかどうかはよくわかりません。とりあえず、バーンスタインが楽譜にないことまでやっていたと語るだけの客観性は持っているようです。カプランからマーラーの3番の終楽章はいったいどうやってあんな音を出した?と聞かれて、リディアが「フリー・ボウイング」だと答えていたのは、えーマジ?と思いました。これ、カプラン絶対パクったよね(爆)。ほかにもティルソン・トーマスのタコ5の放送にケチを付けていたり、このあたり、スタッフの誰かの考えあるいは本音が反映されているらしく、個人的にはいろいろ面白かった。それからアンドリスが、ベートーヴェン交響曲第5番のスケルツォ主題はモーツァルトの交響曲第40番のフィナーレ主題のパクリだと指摘していて、いわれてみれば、なるほどソックリ。などなどあるんですが、クラシックファン以外の一般人には、なにそれポカーン、となる時間だったのでは?