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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
クーベリックによるベートーヴェン交響曲全集(その3)

・ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調 作品60
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調 作品67


ラファエル・クーベリック指揮、イスラエル・フィルハーモニック管弦楽団(第4番)、ボストン交響楽団(第5番)
録音:1975年9月(第4番)、1973年11月(第5番)

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、ベートーヴェンの交響曲全集を聴いています。今回は4番と5番。ボックスの4枚目のCDです。
 

第4番はイスラエル・フィル。このオケを聴くのは初めてだと思います。第1楽章の冒頭で、長く引き伸ばされた木管の持続音がなにか異質というか、耳につくのですが、ここは暗いところだからそんなものだろうと思って聴いていると、これが全然明るくなりません。ヴァイオリンは対向配置にもかかわらず非常によくそろっていて、強靭なものを感じさせますが、低弦は重く圧迫感があります。管はやや遠く、きちんと吹いていますが開放感に欠ける。そういうオケなのか?
 

話を戻すと、第1楽章序奏は遅く、主部は非常に速い。このギャップはかなりのもので、主部は軽やかというより追い立てられているかのよう。第1主題提示の後のファゴットなど、ちゃんと吹いているのですが、後ろから迫りくる弦に飲み込まれそうな、そんな恐怖感を覚えます。第2主題の木管の掛け合いも分離はいいのですが愉悦を感じられない。第2楽章でもヴァイオリンが主導権を握っており、木管のメロディーにリズムでつけるところさえもヴァイオリンが優位。この曲は管楽器が目立ってほしいですよねf^^;。第3楽章ではやっと通常の感覚に近づいてきますが、終楽章では第1楽章のホラー風味が戻ってきます。ヴァイオリンの細かい音型の揃い方が尋常でないくらいのレベルで、命がかかっているような凄みがあります。これがまた速いテンポで唖然。ファゴットソロの大変な箇所は、ここもちゃんと吹いていますが、テンポがあまりに速いので、え?という感じで過ぎ去ります。お気の毒。全体に、ロシアオケのショスタコーヴィチを聴いているような印象(爆)。
 

第5番はボストン響。4番の後で聞くと、すごい安心感f^^;。どっちが「運命」かわからないぞ(爆)。いえ、ボストン響がヌルいわけでは決してなくて、その逆で、オーケストラの醍醐味というか、これぞという正統派サウンドを聴かせてくれてありがとう、という意味です。ボストン響とはバルトークの録音を前に聴いており、よい印象を持っていました。クーベリックはシカゴ響で散々な目にあったらしいですが、ボストン響とはよい関係を保てたのかも。
 

全体的にゆったり目のテンポで、格調高く堂々としています。4番のような極端さはありません。どこをとっても立派で、この曲のお手本といっていいような演奏。第1楽章冒頭は端的な主題提示であり、その後の各声部の絡み具合が実に有機的でかつよく見えます。再現部のオーボエソロもいい音色で歌い、コーダの高揚も素晴らしい。第2楽章は、流れ的にはもうちょっと速いテンポが好みですが、練り上げられているため、もたれません。おそらく、静かな箇所で出る低弦による第1楽章の「運命動機」がくっきり聞こえるように、あえてこのテンポを採っているのではないかと。そんな発見が随所にあります。スケルツォは勇壮だし、中間部での低弦も鮮やかに決まっています。フィナーレへの移行は自然で、過剰な盛り付けはありませんが、響きは壮麗。あっぱれ!
 

なんていうか、同じ全集でこれほど対照的な演奏もそうないだろうという点で、必聴といえます。なお、4番、5番ともに第1楽章と第4楽章の提示部を繰り返しています。

posted by みっち | 14:42 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリックによるベートーヴェン交響曲全集(その2)

・ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調 作品36
・ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 作品92


ラファエル・クーベリック指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(第2番)、バイエルン放送交響楽団(第7番)
録音:1974年2月(第2番)、1970年3-4月(第7番)

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、ベートーヴェンの交響曲全集を聴いています。今回は2番と7番。ボックスの3枚目のCDです。
 

2番はロイヤル・コンセルトヘボウ管。このオケの特徴は、「透明感」ではないでしょうか。それはオケだけではなくてコンセルトヘボウのホールの響きとも関係しているように思えます。木管の和音がよく透り、弦がきれいにブレンドされて心地よく、内声の刻みもくっきりとして音楽的。この2番でもその持ち味を遺憾なく発揮していて、第2楽章などはまさに天国的といっていいほど。コンサートマスターはクレバースか? それにしてもいいオケだなあ! クーベリックの指揮は、取り立ててどこがどうということもありませんが、響きの美しさを十分に活かした格調高い造形です。
 

バイエルン放送響(以下、SBRと略します。)との7番は、全集に収録されているウィーン・フィル(以下、WPOと略します)の演奏とは別の「番外編」です。なぜこのような演奏が残っているかというと、以下のような経緯らしい。そもそもクーベリックのベートーヴェン交響曲全集は、手兵SBRとベルリン・フィル(以下、BPOと略します。)の二つのオケを振る企画として始まったらしく、最初に収録されたのがこのSBRとの7番でした。次に3番をBPOと録音したところまでは予定通りだったのですが、ちょうどそのころDGではカラヤン/BPO、ベーム/WPOそれぞれによるベートーヴェン交響曲全集という二つの「看板」プロジェクトが立ち上がり、これらともろかぶりすることに。このため、BPOを使えなくなったクーベリックは、「苦肉の策」として全曲オケを振り分けることになったというわけです。その結果、7番をWPO、9番をSBRで録音することになり、SBRとの7番はあぶれてお蔵入りに。
 

そんないきさつから「幻」化していたこの7番は、なぜか日本では別売されて世に出ていたようです。みっちはWPO盤をまだ聴いていないため、比較はそのときにやろうかと思います。ちなみに収録時間だけ見ると、第2楽章のみSBR盤がやや長い(遅い?)以外はほぼ同じです。
 

第1楽章、テンポとしては遅い部類に入りますが、推進力を欠くことはありません。弦の対向配置が鮮やかに効いていて、内声部も浮かび上がってきます。第2楽章は深沈とした風情が美しい。中間部ではややテンポが上がります。スケルツォ楽章もしっかりした足どりで、各声部が明瞭に聞き取れます。フィナーレは特別なことはしていないのですが、内からの燃焼と躍動で満たされていきます。ここでも両翼ヴァイオリンのステレオ効果が目覚ましい。SBRは機能的なだけでなく音色にも味があり、プロジェクトの行方を占う演奏として、実に素晴らしい出来。この曲の演奏としても代表的なものに挙げられるでしょう。正規収録にならなかったのは不運と言うしかありません。録音は、2番、7番ともに優秀。

posted by みっち | 22:53 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリックによるベートーヴェン交響曲全集(その1)

・ベートーヴェン:交響曲第1番ハ長調 作品21
・ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調「英雄」 作品55


ラファエル・クーベリック指揮、ロンドン交響楽団(第1番)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(第3番)
録音:1974年10月(第1番)、1971年10月(第3番)

 

クーベリックのグラモフォン録音全集の2枚目からは、ベートーヴェンの交響曲全集となっています。9曲を異なるオーケストラで指揮するという趣向によって、発売当時話題になりました。ただしこれ、全集としては評判が良かったのですが、よくある「名盤○○選」とかにはあまり入っていなかったような気がします。バラ売りされてなかったとか?
 

第1番はロンドン響。クーベリックとロンドン響との関係はよく知りませんが、9曲中でイギリスのオケはこれだけ。第1楽章の序奏は、ベーレンライター版の採用や古楽器演奏の洗礼を受けた近年の流行からすると、ゆったりとした「オールドスタイル」です。が、主部に入ると、そうした「昔の演奏」という感じはなくなります。ロンドン響は管と弦のバランスが良く、清新な響きで聴かせます。とくに木管がチャーミングで、演奏に対する意欲の高さがうかがえます。イギリスのオケはとかく「中性的」などといわれて評価されることがあまりない印象ですが、これは素晴らしい。録音もそうした響きの良さに一役買っています。
 

第3番はベルリン・フィル。こちらはやや問題あり。前半楽章のテンポが遅く、もたれます。演奏時間は約53分で、全体としてこれくらいの演奏は普通にありそうですが、第1楽章の提示部繰り返しが省略されていることに注意。1番では繰り返しているため、おそらくレコードの収録時間を考慮したのではないかと。第1楽章は厚いテュッティで始まりますが、終始落ち着き払っていて、音色的にも変化が乏しい。これで提示部を繰り返していたら退屈でたまらないかも。続く第2楽章も「行進」というより「匍匐前進」。クライマックスなどでは重量感に満ちた轟音で凄みを見せるのは第1楽章と同様ですが、いまひとつ心に響きません。この前半だけで34分かかっています。第3楽章からはテンポが通常に近く、聞きやすくなりますが、それはそれでバランス的にどうかとも思います。
 

ベルリン・フィルは弦の厚い響きが支配的で、付属のDVDでも弦セクションの人数が大変多いのが認められます。しかしその分、管が遠く感じられます。とくに木管は音量が不足気味で、その結果主旋律主体となり、掛け合いや多声的な面白さが減じてしまっています。音色的な魅力の乏しさは、ロンドン響の後だとよけいに目立ちます。先のシューマンでもちょっと感じたのですが、「ベタ塗り」などと批判のあるカラヤンの影響か。あるいはもしかして、みっちのオーディオがベルリン・フィルの音を再生しきれていない? CDプレーヤーとパワーアンプはフランス製なので、ベルリン・フィルとは相性が悪いとかあったりしてf^^;。
 

というわけで、自宅のサブシステムでも聴いてみました。こっちはケンウッドのCDレシーバーですから相性うんぬんはないだろうと。結果、メインシステムほどの大きな違いではないけれど、ベルリン・フィルはやっぱりベタッとしている。ベルリン・フィルの「エロイカ」ならすごいだろう、という期待もあっただけに、残念。いい演奏は褒め言葉に限度があるので文章短いけど、不満があると長い長いf^^;。

posted by みっち | 17:33 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ボストン響によるバルトーク「管弦楽のための協奏曲」ほか

・バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz116
・チェレプニン:ピアノ協奏曲第2番 作品26(第2版)
・チェレプニン:ピアノ協奏曲第5番 作品96


ピアノ独奏:アレクサンドル・チェレプニン
ラファエル・クーベリック指揮、ボストン交響楽団(バルトーク)、バイエルン放送交響楽団(チェレプニン)

 

録音:1973年11月(バルトーク)、1968年3月(チェレプニン)
 

クーベリックのグラモフォン録音全集の1枚目に戻って、バルトークとチェレプニンの作品を聴きました。チェレプニンの協奏曲は、作曲者によるピアノ独奏で、ジャケットを飾っている渋いポートレイト写真はこの人らしい。
 

バルトークを進んで聴くことはほとんどないみっちですが、この曲はさすがにほかの演奏で持っていました。ライナー/シカゴ響やスクロヴァチェフスキ/ミネソタ管など。お国ものということで、この曲はハンガリー系の指揮者による演奏が有名です。ハンガリー出身の指揮者というと、セル、ライナー、ショルティ、ドラティーなどが思い浮かびますが、共通点としてアンサンブル精度の高さがあるように思います。厳しく、息詰まるような気合の入った演奏が多い印象。
 

クーベリック盤はボストン響との演奏。これを聴いて、昔のミュンシュや若き小澤征爾が振っていたころのボストン響を思い出しました。軽めの低音に、洗練された弦楽アンサンブル、爽やかな木管、輝かしいブラスセクション。クーベリックの指揮もそういうボストンサウンドを活かそうとしてか、楷書風ではあっても角ばった感じがなく、清々しい。ハンガリー系の演奏と比べると当たりの鋭さは譲るかもしれないけれど、機能性では負けておらず陰影の表出が素晴らしい。素敵なバルトークだと思います。
 

チェレプニンのピアノ協奏曲は、1曲20分程度。目立つモチーフが何度も出てきて、一種の循環形式のような作りになっているようです(とくに2番)。ピアノ協奏曲といいながら、20世紀の作品ですから、ロマン派のものとはまったく趣が異なります。プロコフィエフやショスタコーヴィチをもっとシンプルにしたイメージでしょうか。ピアノ独奏は、技巧的には大変なのかもしれませんが、バリバリ目立つというよりも、むしろオケの一部として機能している印象が強い。
 

こちらは手兵バイエルン放送響との演奏で、バルトークのあとで聴くと、オケの違いがよくわかります。これがまたいい音。ボストン響も対向配置のように聴こえましたが、あっちの洗練に対して、こっちは響きがぐっと立体的というか、実存感が高まります。ライヴな感じとでもいうのか。チェレプニンのピアノによる自作自演は大したものですが、比較できないのでこれ以上いう言葉がありませんf^^;。
 

このCDもくっきりして録音が良い。この時代のDG録音はやはり信頼できますねえ。

posted by みっち | 20:03 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるシューマン交響曲全集

・シューマン:交響曲全集


ラファエル・クーベリック指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 

録音:1963年2月(1番、4番)、1964年2月(3番、マンフレッド序曲)、同9月(2番、ゲノフェーファ序曲)
クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、シューマンの交響曲全集を聴きました。CD49枚目と50枚目が2枚組でパッケージされています。


クーベリックのシューマン交響曲全集は2組あり、ベルリン・フィル盤の後、1979年にバイエルン放送響とも録音しています。このベルリン・フィル盤は、その数年後にカラヤンが同じオケでやはりシューマンの交響曲全集を出したために、顧みられなくなった印象があります。かくいうみっちも、最初に買ったシューマンの交響曲全集はカラヤン盤でした。2回目のバイエルン放送響盤もLPで買っており、今回初めてベルリン・フィルとの録音を耳にしたわけです。
 

同じベルリン・フィルでも、流麗なカラヤンの演奏を行書とすれば、クーベリックのは楷書風といっていいかも。シンフォニックですがこけおどしはなく、交響曲としての骨格・構成感を打ち出したものとして説得力が高い。これだけ立派なのに、同じレーベル・同じオケという因縁からカラヤンの影に隠れてしまったとすると、もったいなかった。
 

後年のバイエルン放送響盤との比較では、バイエルン放送響の弦が対向配置でベルリン・フィルは通常配置です。配置だけでなく、テンポも多少違います。同じドイツでも地方、奏者、楽器が違うわけで、響きの差もけっこうあります。ベルリン・フィル盤の魅力は、このオケならではの合奏力でしょう。響きが厚く、がっしりした手応えがあります。その分、バイエルン放送響のふくらみのある表現に対して、フレージングが直線的に感じるところもあります。総じて、ベルリン・フィルは正統派的、バイエルン放送響は独特の色彩感があります。
 

仮に新旧録音双方から選ぶとすると、1番と4番はバイエルン放送響、2番と3番はベルリン・フィル、という感じ。バイエルン放送響の色彩感・ロマン的な流動性と、ベルリン・フィルの構築性が、曲の性格によって相性が分かれたとでもいいましょうか。3番はちょっと迷うところで、音色的にはバイエルン放送響が素敵ですが、フィナーレが軽すぎる気がするのがやや不満。そういうわけで、ベルリン・フィル盤でイチオシなのは、2番です。
 

交響曲のほか、ゲノフェーファ序曲とマンフレッド序曲が収録されています。バイエルン放送響盤はマンフレッド序曲のみなので、ゲノフェーファ序曲が聴けるのは貴重。『ゲノフェーファ』はシューマンが唯一完成させたオペラですが、全然演奏されず、序曲を聴く機会もめったにありません。曲は、マンフレッド序曲に劣らない魅力がありながら、終わり方が対照的。
 

録音はまったく不満なし。DGは新しいものよりこの頃の方がいいんじゃないかといいたくなるほど。ただし、CDプレーヤーが新しくなった影響はあるかもしれません。

posted by みっち | 21:35 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリックのマーラー交響曲第9番

・マーラー:交響曲第9番


ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団
 

録音:1967年2〜3月
クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより
 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、マーラーの9番です。CD36枚目に収録されています。2019年の聴き初めは、テレビで観たティーレマン指揮ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート以外ではこのCDになりました。9番という曲を覚えたのも、LPでのこの演奏でした。
 

8番のエントリから3ヶ月以上経ってしまいましたが、この間家のサブシステムでも聴いたりしていました。でも、いまさらなにをいうことがある?感が強く、時間だけが過ぎ去りまして。この演奏が、みっちにとっての9番そのものになっていることをあらためて確認したという次第。
 

クーベリック盤では弦の対向配置により、第1楽章の第1主題が右側から聞こえてきます。2ndヴァイオリンの、懐かしくも感傷的にはならない音色には、もうこれしかないというくらい刷り込みされています。かなり後に出る1stヴァイオリンがまたひときわ高く、ここから最初の盛り上がりまで、実に美しい。こんな調子で褒めていたらキリがありませんから、やめます。クーベリックがマーラーのスケルツォ的楽章をとても自然に、楽しく聴かせることはこれまでも強調してきました。第2楽章、第3楽章もその例に漏れません。もっと洗練された演奏はあるのでしょうが、むしろ野趣が魅力。第4楽章も重くなりません。気持ちはたっぷり入っているけど、決して大げさにはならないという、クーベリックの美点が最大限に活かされています。


以下は余談。この曲を聴いていると、6番の終楽章についてのアルマの回想で、マーラーが語ったという「英雄は3度打撃を受ける」という話を思い出します。9番の第1楽章ではハンマーこそ打たれませんが、大きく興奮して激しく落ち込む場面が3度繰り返されます。マーラーを襲ったという3つの悲劇(娘の死、歌劇場辞任、心臓病)を象徴するという6番の「神話」は、むしろ9番にこそふさわしいのではないでしょうか。6番のハンマーは当初は5回、最終的に2回とされており、こじつけるなら9番の方が妥当性が高い。ハンマーをわざわざ3回打たせる指揮者がいますが、これは安っぽい演出。
 

9番の第1楽章に戻ると、3度目の落ち込みから葬送行進曲となりますが、鐘の音を経て第1主題が復帰します。この進行と、再現部後半で各ソロがカデンツァ風に掛け合う場面は感動的です。全曲の白眉といってもいい。後続楽章でも主要主題が3回登場するという構造がほぼ共通しており、この曲で「3」はかなり意味を持っていそうです。
 

さて、以上でクーベリックのマーラー交響曲全集は完了。次は、ベルリン・フィルとのシューマンに行ってみようと思っています。

posted by みっち | 21:13 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリックのマーラー交響曲第8番

・マーラー:交響曲第8番


ソプラノ独唱:マルティナ・アーロヨ、エルナ・スポーレンベルク、エディト・マティス
アルト独唱:ユリア・ハマリ、ノーマ・プロクター
テノール独唱:ドナルド・グローベ
バリトン独唱:ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
バス独唱:フランツ・クラス
バイエルン放送合唱団、北ドイツ放送合唱団、西ドイツ放送合唱団、レーゲンスブルク大聖堂児童聖歌隊、ミュンヘン・モテット女声合唱団
オルガン:エーベルハルト・クラウス

ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団
 

録音:1970年6月
クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、マーラーの8番です。CD35枚目に収録されています。この演奏はLPで持っており、CDになってすぐ買い直しました。CDでは1枚に収まっている点がありがたいですが、それだけでなく、オケの演奏、声楽陣の水準の高さにおいても優れており、クーベリックの全集といわず、いまなおこの曲の代表盤の座は揺るがないと思っています。


日本では、マーラーの9番が圧倒的人気らしく、それと引き換えこの8番は不人気というか、外面的で図体だけでかい駄作みたいに受け止められている気配すらあるように感じます。推測に推測を重ねて申し訳ないですが、その要因として、最初に出会った演奏に左右されるということがあるんじゃないでしょうか。
 

クーベリック盤が出たころ、同じ8番で評判を取っていたのはショルティ/シカゴ響のデッカ盤でした。ショルティ盤の特徴は、どちらかというと、音楽性よりもスペクタキュラーな魅力にあり、これだけの大編成をよくぞ見事に捉えたという音質面が評価されていたように思います。実はみっちも宣伝につられて、これ買ったんですが、録音がクリアだなあ、という以外はとくに記憶に残っていない……。7番と同じだ(爆)。いま聴いたらどうかわからないけど、クーベリック盤のような感銘がなかったことは確かです。


ついでにいえば、クーベリックのマーラーはライヴが熱くてすごいということもけっこういわれています。でも、このスタジオ盤は十分に熱い演奏です。第1部の展開部から再現部にかけての白熱ぶりや、コーダでの果てしないような高揚は、初めて聴いたときから圧倒されました。それでいて、端正な造形を失っていないのが、ドロドロ系(って誰だよ)指揮者の演奏とは違うところでしょう。とはいえ、8番のライヴは聴いていないので、本当にもっとすごかったらゴメンナサイ。
 

第2部では、独唱者の聴かせどころがつづきます。男声ではフィッシャー=ディースカウの知名度が圧倒的に高いですが、他のメンバーも見事です。むしろ、歌い終わりの子音の正確な発音にこだわっているフィッシャー=ディースカウよりも、「乙女よ、母よ、女王よ、女神よ」と真摯かつ情熱的に歌い上げるグローベが素晴らしい。「神秘の合唱」前の感動的な盛り上がりの大半は、彼に負っています。女声もそれぞれ個性的で、3人が独唱から輪唱に移るあたりは、これを聴くとほかが物足りなくなるほど。中でも特筆すべきは、エディト・マティスです。彼女は懺悔する女(グレートヒェン)として登場するのですが、最後の部分では第1部の主要動機も絡めて、曲全体の総括ともいえそうな音楽になっています。ここでのマティスは、絶唱と言うにふさわしい。クーベリックの指揮も確信に満ちた運びで、ラストまで一気に聴かせます。
 

録音は、ウリにできるほどではありませんが、鑑賞には十分で、不足を感じさせません。音楽に引き込まれて、そういうことは飛んでしまうくらいいい録音といっておきますf^^;。

posted by みっち | 17:34 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ハイ・ファイ・セット コンプリート・シングルコレクション

・ハイ・ファイ・セット コンプリート・シングルコレクション GOLDEN★BEST
 

Sony Music MHCL 2096-7(2枚組)
 

青春時代にクラシック以外でもっともよく聴いていたのが、ハイ・ファイ・セットでした。グループ解散後、メインヴォーカルの山本潤子はソロ活動しており、みっちは2013年12月に下関で彼女のライヴを聴きました。この時点ですでに本調子ではなかったようで、終わりごろには声が出なくなり、翌2014年には無期限休養に入っています。同じ2014年には夫の山本俊彦が亡くなり、再結成の望みも消えました。
 

ハイ・ファイ・セットのCDは、コンピレーションものがいくつか出ているんですが、レーベルを2回移籍していることもあり、アルバムを復刻しての全集ボックス化は難しいようです。レーベルごとに出してくれてもいいんですけどね。GOLDEN★BESTとしては、荒井由実/松任谷由実・杉真理作品集(2枚組)をすでに持っており、今回購入したのがコンプリート・シングルコレクション。こちらも2枚組で、帯には「全シングルA面を収録!」と謳ってあります。A面だけでなく、B面曲の「ファッショナブル・ラヴァー」や「クリスタル・ナイト」も収録されているのがうれしい。
 

1枚目は、懐かしい曲がそろっています。中では3曲目の「夢うつつ」が初出? これは知りませんでした。アルバムからシングルカットされたのは、山本潤子のソロ曲がほとんどです。彼女はもちろん素晴らしいのですが、ハイ・ファイ・セットはそれだけでなく、メンバーそれぞれの個性に味があります。先に挙げた「ファッショナブル・ラヴァー」や「クリスタル・ナイト」のように、3人の掛け合いが楽しめる曲が大好きでした。当時、FMでキャンディーズとの対談があり、キャンディーズの3人の歌声が均一でよく揃っているのに対し、ハイ・ファイ・セットはユニゾンでみんな声が違うという話をしていたなあ。ちなみに、「ファッショナブル・ラヴァー」や「風の街」は、アルバムとは別ヴァージョンで、アレンジがところどころ違っています。
 

1枚目の終わりには、ボーナストラックとして4曲が収録されています。「海を見ていた午後」と「中央フリーウェイ」は、代表的な名曲。とはいえこの2曲は、荒井由実/松任谷由実・杉真理作品集とダブっています。個人的に選ぶなら、山本俊彦がソロを取る「五月になったら」や大川茂の「夜空を南へ」あたりを聴きたかった。一方、「遠くからみちびいて」と「海辺の避暑地に」の2曲は、アルバム「The Diary」からの選曲で、アメリカ録音のためか、ほかのアルバムとは空気感が異なっています。ピアノやアコースティックギターというごくシンプルなバックで、これが実に印象深い。とくに後者は美しく、歌の雰囲気が「海を見ていた午後」と通じるものがあります。
 

2枚目トップの「あめりか物語」は、「ルパン三世」の大野雄二らしい小気味良いサンバのリズムに、3人の伸びやかな歌声とハーモニーが乗った快作。記憶ではアルバム収録されておらず、今回の目当てでした。五木寛之作詞、武満徹作曲の「燃える秋」は、こういうクラシカル路線もあったんじゃないかと思わせる異色作。つづく「よりそって二人」は、シンプルでいて奥深い。ある意味グループの理想というか、これまで積み重ねてきた頂点を築いているように聴きました。事実、このころ彼らはグループの新たな方向性を模索していたようで、その結果、ジャズに挑戦します。「NOVEMBER RAIN」から「miss you」までの3曲がその成果ですが、凝った和声や技巧性が打ち出されている反面、親しみやすさは減じた感があります。みっちがリアルタイムで追いかけていたのはこのころまででした。
 

ソニー移籍後は、世の中がバブルに向かう下で、ダンサブルかつゴージャスな路線に転換したようです。個人的になじみが薄いこともありますが、今回あらためて聴いても、アレンジがどれも似たり寄ったり。とくにこの時期、デジタル化や音楽事業のリストラにより、かつての水準から劣化した平面的でBGMぽい音質は、まともなオーディオで再生すると著しく興を削がれます。移籍後の大きなヒットは「素直になりたい」かな? これと例えばアルファ時代の最大のヒット曲「フィーリング」(CDのジャケット写真はこの曲)を聴き比べれば、録音を含めた音楽作りの違い、もっといえば、消耗品と芸術作品の違いが明らかでしょう。最後のシングルとなった「忘れないわ」は、山本潤子をリスペクトしている小田和正の書き下ろしという貴重な記録ですが、残念ながらこれもバックがうるさい。

posted by みっち | 21:48 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリックのマーラー交響曲第7番

・マーラー:交響曲第7番


ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団
録音:1970年11月
 

クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより
 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、マーラーの7番です。CD34枚目に収録されています。ジャケットに「夜の歌」と書かれています。


マーラーの3番、7番、8番、9番はクーベリック盤で覚えた曲で、これを上回る体験はなかなかありません。ただし7番については、演奏よりも録音面で不満があります。低音が薄いのと、トランペットが突出気味でしかも音がきつい。レコードではそこまでなかったような気もしますが、これは1番と同様の傾向です。この全集を通じて、プロデューサーは同じだし、録音技師も初期をのぞくと同じメンバー。録音場所も8番以外はミュンヘンのヘルクレスザールなのに、曲によってバラツキがある理由はよくわかりません。相性? 当時もショルティ盤と聴き比べて、シカゴ響のクリアさにびっくりしたものですが、それでもクーベリック盤に愛着があるのは、刷り込みになっているのと、やはり音楽性かな。
 

演奏は自然体というべきか、極端なことはやっていないのが長所であり短所でもある。第1楽章はやや速い。この楽章は序奏のテンポと主部のアレグロ・コン・フォーコとが入り交じるためにギアチェンジでギクシャクしがちですが、クーベリックでは推移がなめらかです。展開部で第2主題が美しく立ち上るところや、序奏の引きずるようなリズムがコーダでは天馬空を行くように疾走するあたりの変化はさすが。ただし、低音が出ないので響きが軽い。
 

中間楽章でも録音の影響があってコントラストが弱く感じます。とくに第3楽章あたりは線が細く、もっとグロテスクにやってほしい。カウベルが控えめなのも特徴的で、クーベリックはこうした鳴り物があまり好きじゃなかったのかも。ただし、ハープは全集を通じてきれいに捉えられています。


フィナーレはスケルツォ的なロンドで、この種の音楽はクーベリックの得意とするところ。中学生時代、掃除の時間に「花のワルツ」が流れていたんですが、放送部に頼んでこの楽章をかけてもらったことを思い出します。掃除が楽しくなりますよ(爆)。
なお、このようなノーテンキな音楽が最後にどうして置かれているのかは、けっこう謎です。座りの悪さとでもいうのか、マーラーにはこうした構成上の問題というか疑問がほかにもあり、例えば5番でも、真ん中に長大なスケルツォ楽章がでんと置かれ、その前後では音楽がまるで違っているという奇妙な構成になっています。9番でも、第2楽章ののどかな曲調を場違いだと感じる人がいるようです。


7番の場合は、バロック時代のフランス風組曲との関連が指摘されています。第1楽章序奏のリズムが、例えばバッハの管弦楽組曲第2番(同じロ短調)プレリュードのリズムと共通しており、当時マーラーはバッハのこの組曲を編曲して指揮していたことがわかっています。したがって、フィナーレでもバディネリやジーグといった華やかな終曲のパロディあるいはそれに触発された音楽になっているというわけです。あるいは、単純にマーラーはこういう音楽が好きだったとも考えられます。しかし、アルマの回想などにより、マーラーについて死の影に怯える神経症的・分裂症的作曲家像をイメージしている人からは、なかなか受け入れがたい解釈かもしれません。おっと、脱線ばかりになってしまった。

posted by みっち | 11:21 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリックのマーラー交響曲第6番

・マーラー:交響曲第6番


ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団
 

録音:1968年12月
クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、マーラーの6番です。CD33枚目に収録されています。5番に続いて、これも素晴らしい。「テンポ速めで筋肉質」という言葉がピッタリする演奏です。


第1楽章は、みっちが知る限りこの曲の最速の部類。駆り立てるように突き進みます。だからといって、速さのためにニュアンスに欠けることはありません。第2主題で大きく歌う、その対比からすると、この速さはむしろ必然的にも思えてきます。ここでのホルンの合いの手がまた気持ちいいほど決まっています。1点だけ不満があるとすると、展開部後半の静かなところの印象がやや弱いこと。カウベルが微かで控えめに鳴るためか、異界的雰囲気に乏しい。
 

第2楽章はスケルツォになっています。クーベリックのマーラーでスケルツォが面白いことはもう書いてきましたが、この楽章もその例に漏れません。この曲は通常、いちばん退屈するのがこの楽章ではないかと思います。第1楽章に続いて配置されると、前の楽章の気分を引きずったままになり、早く終わらないかなとか思いがちです。しかし、クーベリックは第1楽章と似たテンポを取りつつ、曲想が生き生きと変化して楽しい。楽しい曲でいいのかという疑問もあるでしょうが、いいんですf^^;。
 

第3楽章もまた、自然な呼吸感が好ましい。弦、木管ソロ、ホルンなどがいい音を聞かせます。ホルンがうまいのはクーベリックのマーラーの特徴でもありますね。マーラーはこうでなくては!
 

第4楽章。基本速めですが、主部に入る前のコラールでがくんと速度が落ちるのが異様で凄みがあります。ハープやチェレスタが効果的に鳴るのは録音のおかげか。ここから第1主題を出すまでにオケがノリノリになってきます。主部はうねりよりもストレートな持ち味。第1のハンマーよりも第2の方が小さいのは指定どおり。序奏が戻って第3主題、第1主題と還ってきますが、クーベリックはこの部分からコーダ直前の抹消された第3のハンマー箇所へのクライマックスに最大の力点を置いています。この盛り上げ方は素晴らしい。コーダでは、奈落の底でうめくような金管からの衝撃的な一撃も見事。

 

クーベリックのマーラーの6番にはAuditeから1968年12月6日のライヴ録音が出ており、スタジオ録音とほとんど同時期の演奏です。今回、あらためてこちらも聴きました。録音状態が良く、ライヴとは思えないほどです。アプローチはほぼ同じですが、ライヴはスタジオ録音に輪をかけて速く、第1楽章のスタートからさらに加速してつんのめったようになるのがすごいというかトンデモナイ。ここ、だれかがトイレに行きたいのかとか書いてましたよね(爆)。あと、第3楽章がライヴならではの間があり、ソロ楽器などが実にチャーミングです。フィナーレでは、オケがはやりたっていて各パートの表出力が増した反面、スタジオ録音のような構築性は乏しくなっています。ラストも金管のうめきというよりも歌っちゃってます。総じて、安定感のスタジオ録音、スリリングなライヴ録音といえ、甲乙つけがたい。クーベリックはライヴがすごいといわれますが、指揮としてやってることは同じでも、オケの反応が違うということなのでは?

posted by みっち | 22:22 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |