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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その5)

・ドヴォルザーク:交響曲第5番ヘ長調 作品76


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1972年10月
(クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより)


クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いています。今回は第5番。ボックスの11枚目で、第3番とのカップリング。


作曲は1875年。第4番の翌年です。この曲は1879年初演、1888年出版と、ドヴォルザークの初期交響曲としては比較的順調に世に出た方ですが、6番と7番が先に出版されていたため、当初は「第3番」とされていたそうです。
 

第1楽章、序奏なしで始まるクラリネットの牧歌的な主題は、これまでのワーグナー風な曲調からの脱皮を宣言しているかのよう。この旋律はフルートに引き継がれ、ドヴォルザークが得意とする木管楽器の扱いを味わうことができます。その後の、アクセントの効いた沸き立つような全合奏もいい。ヴァイオリンの第2主題は半音階的でワーグナー調ともいえますが、リズムと進行はシューマンの第1番「春」、フィナーレのコーダで繰り返される動機とよく似ています。もしかしたら、このころドヴォルザークはシューマンを研究したのではないでしょうか。クーベリックはこの楽章の提示部を繰り返していますが、これまでなかったと思うので、ということは、楽譜に繰り返し記号があるのはこの5番が初めてということ?
 

第2楽章は変奏曲風で、主部は人懐こさを感じさせるチェロの旋律。ボヘミア風といっていいのかな。中間部も主部と同じ素材の変奏によっているようです。この楽章からアタッカのようにしてほとんど休みなく第3楽章につながっているのが独特ですが、これもシューマンの「春」を参考にしたのかも。第3楽章は快活なスケルツォ。この二つの中間楽章は、メロディーがくっきりしたと同時にずいぶん簡潔になりました。
 

第4楽章は短調で開始され、その後長調となります。この短調→長調というシークエンスをひとまとまりとして、変奏しながら繰り返していくという形式。管弦楽の扱いは見事で、聴いていて楽しい。メロディーメーカーとしての創意もあるし、この曲に至って、ドヴォルザークはついにオリジナルの交響曲様式をつかんだのではないでしょうか。おめでとう、アントニンくん! 正直、第4番まではなかったことにしてもいいんじゃないかと(爆)。魅力的な出来からして、もっとポピュラーになってもいい曲だと思います。
 

演奏は、いつものベルリン・フィル品質。立派の一言です。ただ、もしかするとガッチリ鳴らし過ぎかも。この曲は、もっと素朴にいくスタイルも似つかわしそうなんですよね。ほかを聴いたことがないので、推測でしかありませんが。

posted by みっち | 22:20 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その4)

・ドヴォルザーク:交響曲第4番ニ短調 作品13


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 

録音:1972年10月
(クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより)

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いています。今回は第4番。ボックスの12枚目で、第7番とのカップリング。


実はこのドヴォルザーク交響曲全集、北九響定期演奏会で8番を演奏するので、本番前には8番まで聴くつもりでいたのですが、本番終わってもいまだ4番というていたらくです(ーー;)。というのも、ボックスの8枚目にあるベルクとマルティノンのヴァイオリン協奏曲を先にエントリしておこうと考えたのが失敗でした。とくにベルクは名曲とされているんですが、みっちは12音技法になじみがなく、さっぱりわからん。それでもなにか書こうとして繰り返し聴き、結局あきらめたという顛末がありまして、ドヴォルザークにかかる以前で手間取った次第。
 

閑話休題。第4番は1874年、第3番の翌年に書かれています。第4番の完成後に第3番が初演され、ドヴォルザークはようやく交響曲を世に出すことができたものの、第4番は第3楽章のみ初演されたにとどまり、全曲初演は1892年。出版はさらに遅れて1912年。というわけで、この曲も番号が与えられたのはずっと後で、それまではいまの第8番が「第4番」となっていました。ちなみに、ブルックナーの交響曲第4番がドヴォルザークと同じ年に発表されており、第3番もその前年ということで、ここにきて、ともにワーグナーの影響が大きい二人のペースが一致してきていることは興味深い。とはいえ、ドヴォルザークがブルックナーを聴いたかどうかはわかりません。


第1楽章はニ短調ですが、長調への傾斜が強く、悲壮感はそれほどありません。第2主題の和声はワーグナーっぽい。両者の対比は明瞭で、ドヴォルザークが書法をだんだんものにしてきている感じがします。展開部ではこの二つの主題を使っており、前半はなかなかですが、後半の再現部への移行は平凡でぬるい。再現部では第1主題のあとの推移が長くなっていますが、不自然でよけいな感じ。ちょっとまだ冗長さが残っています。


第2楽章は半音階で下がっていく旋律がいかにもワーグナー的。これは『タンホイザー』の世界ですね。しかし、この主題が金管合奏からヴァイオリン、そしてチェロへと受け継がれていく推移は美しい。中盤のオーボエも印象深い。緩徐楽章もいい雰囲気になってきていますが、最後に引っ張りすぎるあたりがまだ洗練が足りない。
 

第3楽章はアレグロ・フェローチェのスケルツォで、スケルツォらしいスケルツォ楽章は、これが初めてではないでしょうか。楽章の終わり近くにトリオ主題が短く再現するあたりは、「新世界」交響曲を先取りしています。ただ、そこそこ規模が大きいわりに主部も中間部も同じようなテンションで盛り上げるので、主部が再現してからは退屈します。
 

フィナーレは、ABABAB+コーダでいいのかな? リズミカルで活発な第1主題と涼し気な第2主題の対比がはっきりしており、わかりやすい。全体に3番よりも目立つ旋律が増え、さらにまとまりがよくなってきましたが、あともう半歩という感じか。

posted by みっち | 15:35 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その3)

・ドヴォルザーク:交響曲第3番変ホ長調 作品10


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1972年10月
(クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより)


クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いています。今回は第3番。ボックスの11枚目として、第5番とのカップリング。


作曲は1873年ということですから、第2番から8年経ちました。第3番はドヴォルザークの交響曲として初めて初演された作品ですが、出版は遅れて1912年とのこと。はじめは番号なしだったらしい。ワーグナーの影響からは抜けていませんが、構成的には大作主義から脱したようです。1番も2番も日の目を見なかったドヴォルザークとしては、このままではいかんと思ったことは確かでしょう。しかもこの曲は3楽章構成で、これはドヴォルザークの交響曲としても珍しい、というかこの第3番だけ。その分?第2楽章が長く、結局演奏時間は40分近い。それでも前2作よりはかなりコンパクトになりました。
 

音楽的にも変化が見られます。第1楽章は冒頭、弦と木管の第1主題が舞曲調かつ特徴的で、この曲でようやく口ずさめるような旋律が現れました。ただし、このメロディーは、ワーグナーの「リエンツィ序曲」を思わせますが。第2主題との対比もくっきりしており、わかりやすい。展開部やコーダでの扱いはまだまだ感がありますが、全体的にはまとまってきました。
 

第2楽章の主部は以前に逆戻り? 主旋律がはっきりしない情景的な進行が続きます。しかし中間部に入ると長調で緩やかな行進曲となり、ワーグナーの『タンホイザー』や『ローエングリン』を彷彿とさせます。主部が短く戻り、最後にもう一度行進曲になるのですが、主部のできがあまり良くないので、行進曲の中で長調のまま回帰させ、コーダに結びつければすっきりしたのでは? などと、アントニンくんに教えてやりたくなったり(爆)。
 

第3楽章は、ほぼひとつの素材で全体を作っている感じがあります。8分と短いし、求心的な結びになっているのですが、コーダがちょっと変じゃないですか? 転調がおかしなところへ行ってしまい、元の調に戻ってきた感じがしないまま終わってしまう。
 

というわけで、個人的にはようやく鑑賞に耐える作品になりかかってきた印象。もう一息でしょう。ベルリン・フィルの演奏は、変わらず立派なものです。

posted by みっち | 14:29 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その2)

・ドヴォルザーク:交響曲第2番変ロ長調 作品4


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1972年12月

(クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより)

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いています。今回は第2番。オケはベルリン・フィル。ボックスの10枚目として、第1番と2枚組の体裁になっています。
 

第2番は1865年、第1番のすぐ後に書かれています。初演はそれから20年以上経った1888年。出版はさらに遅れて、作曲者の死後の1959年。それまでは、現在の第7番が「第2番」とされていました。
 

ハ短調の第1番に対し、第2番は変ロ長調で、明るい曲調になっています。とはいえ、規模拡大傾向は変わっておらず、演奏時間は第1番を上回る約54分。これはドヴォルザークの交響曲中では最大スケールで、いちばん短い第4楽章でも11分半かかっています。第1番でアイデアをいろいろ盛り込んだはずですが、まだまだ足りなかった? それともむしろ勢いがついた? しかし、長さに見合う内容があるかというと、首を傾げざるを得ません。
 

第1楽章は牧歌的な雰囲気で始まりますが、その後の推移はとりとめがなく、形式感も希薄です。第2楽章も同様。中ほどでフガートになる変化はありますが、締まりがなく、聴いていて集中力が続かない。後年の特徴である口ずさめるようなメロディーは、このころの作品には全然見られず、ずいぶんギャップがあります。第3楽章はスケルツォと銘打たれているわりには穏やかな進行で、舞曲調ではありません。ここはちょっと異色さが出ています。フィナーレは、比較的引き締まっていて、とくにコーダでの終結に向けた力技はなかなか聴かせます。というわけで、後半は少し面白みがありますが、前半はダレる。構えの大きさや旋律の個性の薄さはブルックナーの初期作品を連想させます。
 

なお、この間ブルックナー的などといっていますが、調べたところ、ブルックナーの交響曲第1番は1866年で、ドヴォルザークの第1番、第2番の方がそれより早い。ブルックナーの「00番」とも呼ばれるヘ短調の習作は1863年ですが、これをドヴォルザークが聴いたとも思えず、どっちの影響というよりも、二人ともワーグナーの影響下にあって、交響曲を書こうとしたら似た感じになったというのが正解? 当時はこの二人といわず、ワーグナーにかぶれて同傾向の音楽が流行っていたのかもしれません。ドヴォルザークは後にブラームスに接近するわけですが、もしこの両者の出会いがなかったらどうなっていたか。あるいは、ブルックナーの向こうを張るような大規模な交響曲を残したかもしれません。このあたり、歴史のifとして想像すると興味深い。


演奏は、いつもの立派なベルリン・フィルです。オケがすごいのかドヴォルザークのオーケストレーションがいいのか、前者はまず間違いないでしょう。よく鳴っています。

posted by みっち | 21:03 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その1)

・ドヴォルザーク:交響曲第1番ハ短調 作品3「ズロニツェの鐘」


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 

録音:1972年12月〜1973年2月
クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いていくことにします。オケはベルリン・フィル。ボックスの9枚目に収録されています。
 

ドヴォルザークの交響曲は7番以降しか聴いたことがありません。かつては「新世界」交響曲が第5番と呼ばれていた時代があり、9曲中初期の4曲は近年蘇演されたものらしい。ウィキペディアによると、この第1番の発見は1923年だったそうですが、出版は1961年にずれ込んでいます。まだそれほど録音されていないのかもしれません。
 

全曲の演奏時間は約48分で、なかなかの長さ。第1楽章冒頭に出る金管のモチーフが「ズロニツェの鐘」? その後すぐに主部に入るようで、第1主題の推移が長大です。でもまあ、ここはけっこうかっこいい。ハ短調ならではの緊張感があります。第2主題との対比も聴かせます。しかし、その後の展開部から再現部にかけてがよくわかりません。全体を通じて同じテンポ感でずんずん進み、区分が曖昧。和声的には、ワーグナーの『オランダ人』あたりが近い印象。
 

第2楽章はますます形式感がつかみづらい。山や谷があまり感じられず、メロディー不在で和声進行がメインという手法はブルックナーを思わせます。
 

第3楽章はスケルツォではなく、2拍子のアレグレット。全曲でいちばん短い楽章ですが、9分半。いろいろやりたいのかもしれないけど、ちょっととりとめがない。
 

フィナーレも曲想はそれなりに変わっていきますが、対比が明確でなく、形式感がつかみづらい。ずっと同じ調子な感じがします。構えは大きいのですが、構成やつなぎ方が不十分で、デュナーミクや音色の対比といった表現もまだまだという感じ。この曲を聴く限り、ブラームス的な要素は全然といっていいくらい感じず、後年のメロディーメーカーぶりも発揮されてはいません。やっぱりブルックナーを思わせるなあ。
 

ベルリン・フィルの演奏は立派の一言。これ以上立派にはできないのではないかというくらい。でも、あるいは鳴らし過ぎかもね。メリハリのメリの方をもっと強調したら果たしてどうだったか。それだと、やっぱりいまの方がよかったと思うのかもしれないけどf^^;。

posted by みっち | 22:32 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ブラームスのチェロソナタ聴き比べ

奥方のツテにより、クラシック愛好家だった方の遺品整理ということで、コレクションCDをおすそ分けしていただきました。見たら、ブラームスのチェロソナタ集が3枚もありました。すべて国内盤。こんな買い方してる人もいたのね。いい機会なので、聴き比べてみました。


3枚の内訳は聴いた順に、マ/アックス、マイスキー/ギリロフ、ケラス/タローという顔ぶれ。ソナタ2曲を収録しているのは共通ですが、カップリングの選曲が面白い。マはブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番のチェロ編曲版。マイスキーはブラームスの歌曲の編曲版。ケラスはハンガリー舞曲のチェロ編曲版と三者三様で、それぞれの個性がここにも現れているようでした。
 

ブラームスのチェロソナタ、実はあまり聴いていません。手持ちでは、ブリリアントの「ブラームス室内楽全集」激安ボックスくらい。1番は年寄りの繰り言?みたいな音楽だし、2番は構えが大きい割にはまとまりがなく尻すぼみで、どちらも魅力はいまひとつという印象でした。で、聴いた結果どうだったかというと、とくに2番の認識を改めました。これは名曲だった。
 

認識を改めさせてくれたのは、もっぱらケラスです。驚かされるのは、とにかく音楽的ということ。世代的にいちばん若いので、現代的なスマートな演奏かもと予想していたのですが、全然違う。ヴィブラートを使うところと使わないところを弾き分けたり、表現は抑制的ですが多彩。「引き算の美学」というやつですか。タローのピアノも繊細なニュアンスを湛えており、二人の緊密なアンサンブルという意味でも素晴らしい。ハンガリー舞曲がまた秀逸。この人はうまいだけではなく、だれのどの曲をどう弾くかということをよく考えている。ほかの演奏も聴きたくなりました。
 

 

 

 

マイスキー盤もなかなか。ケラスを聴かなかったら、もっと持ち上げたかもf^^;。オーソドックスでしっとりした雰囲気があって好ましい。ピアノもデリカシーがあります。とくに1番は、マイスキーの楽器の低音がよく合っている感じがします。外見は濃いですが、案外さっぱりしており、2番はマよりも演奏時間が短い。ブラームスの歌曲集はよく歌っていますが、ちょっとどれも似た感じになってしまい、こんなに数はいらないかな。

 

 

 

 

 

 

マ盤は、うーん、上手いことは確かですが……。アックスのピアノともども弾けて弾けてしょうがないのか、ピアノがこれでもかとガンガン鳴り、チェロも負けずに張り合うみたいな演奏。要するにやかましい。テクニック誇示ならブラームスでなくともいいのでは? ヴァイオリンソナタ3番も、高音域をこれだけそつなく駆使して鑑賞に耐えられるように仕上げていること自体驚異的なのですが、響きとしてチェロに聴こえない! ヴィオラみたい。なんでもできると、こういうことになるのかなあ。というわけで、聴いた順とは逆の結果になりました。

posted by みっち | 20:36 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
アンナー・ビルスマ没

ビルスマが亡くなったそうです。85歳でした。


この人の最初のバッハ無伴奏チェロ組曲の録音は、衝撃的でした。当時は滑らかなレガートでヴィブラートを効かせて歌うというのが弦楽器奏法の「一般常識」だったところへ、ポツポツした素朴な味わいのバッハを聴かせたわけです。1980年ごろからクラシック界を席巻した古楽器ブームの立役者の一人でした。
 

実演は、ラルキブデッリとして来日したときに聴きました。曲はベートーヴェンとモーツァルトの弦楽三重奏曲(ディヴェルティメント)だったと思います。ビルスマのチェロは「セルヴェ」という名前のついたストラドで、大きな楽器で音量も大きかった記憶があります。ヴィオラのクスマウルが右手で楽器を構えていたのも印象に残っています。左利き用の弦楽器は珍しいので。弓を持つ左手に指の欠損があり、もともとは右手で持っていたのを左手の事故で持ち替えたのかと想像しました。だとしたら、すごい努力です。
 

ビルスマのバッハも持っていたはずですが、どこかへやったみたいで見当たりません。どっちかというと、この後に出た弟子のウィスペルウェイの録音の方が面白かったものでf^^;。というわけで、ラルキブデッリのCDで追悼しました。ブラームスの弦楽六重奏曲集。音盤は数種持っていますが、この曲を聴くときに取り出すのはほとんどこれです。響きは厚く豊かですが、粘らない。屈託のない流れは「春風駘蕩」という言葉を連想させます。外は夏真っ盛りでセミの声がやかましいけど(爆)。窓から見えるブルーベリーの幹に、5匹とまってました。

posted by みっち | 19:50 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
フォンク/オランダ放送響によるブラームスの交響曲第2番ほか

・ブラームス:交響曲第2番ニ長調 作品73
・ブラームス:悲劇的序曲 作品81

 

ハンス・フォンク指揮、オランダ放送交響楽団
 

録音:2003年6月
(PentaTone classics PTC 5186 042)


タワーレコードのポイントが溜まっていたことに気づかず、失効する前になんか買っとこうということで選んだのがこの1枚。


ハンス・フォンクは大好きな指揮者で、ケルン放送響時代のシューマン交響曲全集やフェルツマンとのブラームスのピアノ協奏曲、セントルイス響を振ったブラームス、ブルックナー、チャイコフスキー、マーラーの各4番シリーズなどは、それぞれの曲のもっともお気に入りの1枚になっています。ブラ2の存在は前々から知ってはいたのですが、SACDのため、手を出せないでいました。録音時期からすると、病気のため2002年にセントルイス響を退任、2004年に62歳で亡くなるその中間であり、ほぼ最後の録音といっていいでしょう。
 

交響曲第2番は、ひとことでいえば、滋味あふれる演奏というべきか。でもこの表現は語弊があるかも。テンポはどの楽章も中庸で、遅いとか速いとか、アゴーギクがどうしたとか、そういう次元で語るべきものはありません。表現的にも穏やかで、ギラついたりケレン味的な要素は皆無。聞き手によっては、なにもしていない演奏と受け取られかねません。しかし、実はその逆。すべてが充実して、声部・進行に込められた思いに圧倒されます。そして、全体に漂う寂寥感。セントルイス響とのマーラーの4番でも、とくに後半で惜別の念が胸に迫って感動的ですが、ここでは最初から夕暮れの雰囲気があります。
 

響きのバランス的には、弦のアンサンブルが重視されており、金管は、ホルンのみはソロがあるので比較的目立つものの、ほかは補強的な役割に抑えられています。おかげで、第1楽章や第4楽章の展開部など、通常の演奏では金管にマスクされて聞こえにくい声部の絡み具合がよくわかります。弦の音色も渋く、第1楽章のヴァイオリンの入りなど、びっくりするくらい控えめ。第2主題のチェロとヴィオラも抑制が効いており、室内楽的といっていいほど。とくに再現部の儚げな表情などは、ほかでは聴けないでしょう。弱音だから主張が弱いというわけではなく、緻密なバランスのもとに実に味わい深い響きになっており、幽玄といってもいいくらい。木管の和音の美しさもフォンクならではのもので、例えば第2楽章でのホルンと木管の絡みなど絶美。伴奏のピッツィカートやブラームスの4曲中2番だけに使われているテューバの深い響きなども、目立たせずにしっかり物を言っています。クライマックスはアタックの強さではなく、フレーズそのものの質量で押し寄せてきます。これぞブラームス! 内気に見えるブラームスにどれだけの秘めた情熱があったか、如実に感じさせる演奏です。この曲が好きなら、一度は聴いてもらいたい。


悲劇的序曲も同傾向の演奏ですが、曲の違いもあって軽々しいところが全然なく、音の波動とでもいうのか、気迫の凄さに、何度聴いても涙が止まりません。この曲に関しては、スクロヴァチェフスキ指揮ハレ管の演奏がこちらも気合十分で好きだったのですが、真実性の差というべきか、ちょっとこれは別格。
 

録音は、ハイブリッドSACDをCDプレーヤーで再生しています。演奏によるものかもしれませんが、重心低めの渋いバランスです。ペンタトンレーベルはSACDしか出さないみたいで、単にCDで出してくれてたら違う結果になるのかどうか、知りたいところです。

posted by みっち | 15:39 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
フェルツ/シュトゥットガルト・フィルによるマーラーの交響曲第6番

・マーラー:交響曲第6番イ短調


ガブリエル・フェルツ指揮、シュトゥットガルト・フォルハーモニー管弦楽団
 

録音:2008年2月15日(ライヴ録音)
(DREYER-GAIDO CD21045)

 

シュタインバッハーとルイージのブラコンを買ったとき、CD1枚では寂しいなということで、以前フェルツ/シュトゥットガルト・フィルのマーラーの7番に感心したことを思い出して購入したのがこの6番です。フェルツのマーラー・シリーズは、現在まで7番、6番、5番、3番、4番、1番とリリースされているようです。順調ともいえますが、あまり話題になっていない気もする。「鬼才」という触れ込みでしたが、「60年代初頭からの一般的な『マーラー・ルネッサンス』は、バーンスタインの功績ではない」などといきなりかましたのが、日本中のバーンスタイン・ファンたちから嫌われたかf^^;。みっちの中では、フェルツのマーラーは「テンポ極端メリハリ型」としてルイージと並ぶ存在です(爆)。
 

この曲でしばしば問題になる中間楽章の配置は、従来型のスケルツォ→アンダンテの順を採用。これについてはフェルツの考察が日本語訳で読めます。意味が分かりづらいところもあるのですが、ごく簡単にまとめると次のような趣旨。まず、エッセンでの初演時のプログラムではアンダンテ→スケルツォとなっているが、当時の批評ではスケルツォ→アンダンテの順で演奏されたと報告されており、マーラーの自筆譜その他の資料を調べても、相反する記載が見られ、二つの解釈が存在すること。そこで、マーラーが他の交響曲でいくつかの楽章をブロックとしてまとめていることにならい、この6番でも二つの楽章をひとつのブロックとして考えた場合、第1楽章との結び付きが強いのはスケルツォであり、アンダンテからフィナーレへとつなげることで、終楽章の重厚さと独立性が際立つ、ということのようです。個人的には首肯できる説であり、フェルツは指摘していませんが第1楽章のイ長調での終結と、スケルツォのイ短調の開始をアタッカでつなげることによって、長→短のモットー和音を意識させる点も含めて説得力があると思います。おそらく、マーラーはこうした演奏上の効果と、アンダンテ→スケルツォとすることによる古典回帰の印象(第1楽章提示部を繰り返している点を含め)との間で迷ったのではないでしょうか。
 

第1楽章は速いテンポで始まります。でもクーベリックみたいになにかに追われているような感じはありません。低弦の刻みが雄弁で、音響は重心低め。こう書くとヴァイオリンが弱いのではないかと思われがちですがそうではなく、ヴァイオリンも声部のひとつとして捉えられており、対位法的な絡みなどで高い効果を発揮します。モットー後のコラールでは、後半にホルンのオブリガードを聴かせ、そこから思い切りリタルダンドして第2主題で戻すあたりがフェルツ流。全曲を通じてティンパニの打ち込みは十分な存在感がありますが、コーデッタなどではそれほど激しく叩いておらず、展開部の打楽器群も管弦楽中心でその補強として考えられているようで、それほど目立たせないので、派手さとかあくの強さよりも正統派的な響きを印象付けられます。
 

第2楽章は上に書いたようにスケルツォ。主部は速いですが、重厚な響きと皮肉な調子を使い分けて第1楽章のパロディー的側面をよく打ち出しています。モットーの再現から長調のエピソード部分では、テンポをかなり極端に揺らして変拍子のいびつさを強調。音色変化も楽しく、単調にならない点が素晴らしい。
 

第3楽章はわりと常識的なテンポですが、やはり各所で揺らします。でも不自然さは感じなかったな。ここでも中低音の充実が特徴で、木管の響きは落ち着いており、むしろ地味に聞こえるかもしれませんが味わい深い。
 

第4楽章、始まりのピッツィカートが気迫十分。序奏後半のコラールでまた極端にテンポを落とし、主部のアレグロに到達させるまでの振幅の大きさはまずトップクラスでしょう。主部は声部の分離もよく痛快。ハンマーの手前で2回とも急ブレーキが掛かるので、ちょっとあざといかも。いや、でもやりすぎなくらいがこの曲にはちょうどいい。ハンマーが削除されたコーダ前の3度目の高揚でもやってくれますf^^;。コーダに入ると、ラストのテュッティ直前に弦楽器?奏者が構え直す音が入っていて、通常ならノイズとして消すところなんでしょうが、リアリティーがあってむしろ怖い。演奏終了後、しばらくして拍手が入っています。
 

アゴーギクにユニークさはあるけどそれが面白いし、とても聴き応えのある6番です。オケも見事。フェルツのマーラー全集ができたらぜひほしい。出力レベルが小さいのは7番同様で、もしかしたら不評の理由に音が小さいということがあるのかもしれません。ボリューム位置は通常の5割増しをおすすめします。録音自体は優秀なので、もっと大きくしても問題ありません。というか、その方がライヴのような(ライヴなんだけど)音場感に包まれる心地よさが味わえるでしょう。

posted by みっち | 19:19 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
シュタインバッハー、ルイージ/ウィーン響によるブラームスのヴァイオリン協奏曲ほか

・ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品77
・シューマン:交響曲第4番ニ短調 作品120


アラベラ・シュタインバッハー(ヴァイオリン独奏)
ファビオ・ルイージ指揮、ウィーン交響楽団


録音:2007年12月11日(ブラームス)、2007年4月30日・5月2日(シューマン)
(Orfeo C 752 111 A)


東芝グランドコンサート2019で感心したシュタインバッハーとルイージ、同じコンビによるCDがあったのでネット購入しました。オケはウィーン響です。曲目はブラームスのヴァイオリン協奏曲で、いまから12年前だから、デビュー録音? ちなみに、コンサートではアラベラ・美歩・シュタインバッハーでしたが、CD表記ではミドルネームはなし。美歩は日本向けということでしょうか。


もともとヴァイオリン協奏曲をそれほど聴く方ではないのですが、ブラームスは例外的にハイフェッツ/ライナー、ムター/カラヤン、クレーメル/バーンスタインが手持ちにあります。と思って探したところ、ムター盤が見当たらない。処分したか、買ったつもりになっていただけかも。実演では昔、日本フィルの定期演奏会で、チョーリャン・リンがソロを弾いたのが素晴らしくて、演奏後思わず立ち上がりたくなったくらい。


冒頭のオケの音がいい。ルイージは実演でもそうでしたが、独自のバランス感覚を持っているようで、聞き慣れた曲でも新鮮な響きで聞かせることがけっこう多い。ブラームスの厚みが適度に整理されて、晴れやかです。テンポはまごうことなきアレグロ・ノン・トロッポ! この開始だけで、ルイージのブラームスへの期待が高まります。ソロが入ってくると、第2主題を始めとしてテンポを落としてじっくり歌い込む場面が目立つようになります。そのため、第1楽章は24分41秒かかっています。それでも、ソロとオケは息がピッタリ合っており、展開部の終わりの緊迫と高揚、カデンツァ後のえもいわれぬ微妙な和音の移り変わりなど、この曲のキモといえる部分をめいっぱい、たっぷり聴かせてくれて、うれしくなりました。
 

第2楽章もゆっくりで10分近くかけています。オーボエの素朴な音色に聞き惚れます。第3楽章では一転して思い切りの良い演奏。ソロの細かなパッセージも練り込まれていて、オケの気合の入ったアタックと相まって興奮を高めます。これは痛快。うーん、この演奏があれば、ほかは処分してもいいかな。
 

ライヴ録音で、演奏終了後に拍手があります。音質的には、オケはとてもいい響きで録れています。ソロはやや残響を伴っていて、入りの部分では距離を感じさせますが、分離は良く、細かな音形や弱音でもオケに埋もれることはありません。ライヴということもあり、ソロのどアップではなく、一体的な音場を重視している模様。実演ではソロはもっと艷やかではありましたが、12年前ですからいまと同じということでもないかと。
 

カップリングのシューマンは、スタジオ録音のようです。同オケとのシューマン交響曲全集からの分売とのこと。こちらは全楽章速めのテンポで、ルイージのラテン系な色合いが出た演奏。透明感があってリズムのキレが良いのですが、デュナーミクの付け方にはちょっと違和感も。シューマンは、ある程度モヤっとしたところが「らしさ」でもあるので、あまりキレッキレでもいけないのじゃないかな。あ、でもそれがルイージの狙いなのかも。この曲は晩年に改訂を受けていますが、もともとは第1番と同じ時期に姉妹作のようにして書かれていたわけですから、若々しい勢いを前面に打ち出すべきだと考えたのでは? うーん、それはそれで納得の行く演奏。

posted by みっち | 23:48 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |