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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
銀魂 −ミツバ篇−

今年の夏に公開された実写版『銀魂』本編と同じキャスト・スタッフで同時に制作されたWeb配信ドラマ、銀魂ミツバ篇。第1話はYouTubeで見られますが、残りの2話は有料でした。というわけで、発売されたDVDを買いました。

 

ストーリーは、原作マンガに忠実です。真撰組のドSキャラ沖田と、その姉ミツバに焦点を当てたエピソードで、ふだん沖田が副長の土方にやたら敵愾心を燃やす理由がわかります。本編同様、内容は十分承知ですが、実写版でもキャラに違和感が全然なく、あらためて楽しめます。以下もネタバレなし。

 

ギャグシーンは無料公開されている第1話に集中的に詰まっていて、源外、エリザベス、変平太のグダグダトークも冒頭だけ。あとはけっこうシリアスな展開になります。なかでも、本編ではほぼ全裸でただの変質者にしか見えない(それはそれで正しい理解だけど)近藤のかっこいいシーンが見られるのは貴重。ミツバやレギュラー隊士の山崎も本編には登場しないので、こっちでお楽しみください。北乃きいは病弱な感じはまったくありませんが、雰囲気はとてもいい。銀さんに迫るゲホゲホシーンは傑作で、何回見ても笑えます。受ける銀さんこと小栗旬は、ボケもツッコミもこなす必要がありますが、こっちもさすがの好演。これで○○○3世は忘れられます(爆)。ザキは、いいんじゃないでしょうかf^^;。彼の場合はあんまり目立ちすぎてもいけないし。棒読みチックなセリフはわざとですよね。

 

沖田役の吉沢亮は、劇場版以来すっかりブレイクした感があります。近藤、土方との絡みは、このメンツでまた見たいと思わせます。などといっているところへ、実写版『銀魂』第2作の情報が! またやるんかい(爆)。どのストーリーかはまだわかっていませんが、「真撰組動乱篇」か「バラガキ篇」だと彼らがフィーチャーされるし、二つのエピソードをまとめる手もあるかも。楽しみ。

posted by みっち | 19:04 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
詩人の夢 白川深雪とミラージュ・クァルテット

・シューベルト:笑いと涙、アヴェ・マリア、鱒、糸を紡ぐグレートヒェン、菩提樹、音楽に寄せて
・シューマン:献呈、異郷にて、間奏曲、森の語らい
・ブラームス:あなたの青い瞳、郷愁II
・R・シュトラウス:献呈
・シニガーリャ:ブラームスの主題による変奏曲(世界初録音)


白川深雪(ソプラノ)、ミラージュ・クァルテット

 

録音:2017年2月6-8日
299 MUSIC NIKU-9011

 

北九州在住のソプラノ歌手、白川深雪さんが弦楽四重奏をバックに歌うドイツ歌曲集。オリジナルのピアノ伴奏を編曲してあるのですが、ガット弦を使用しているそうで、柔らかな響きが新鮮。なかなかの聴きものです。このごろ、家でコーヒーを飲むときにこのCDをよくかけています。

 

白川さんの歌声は生で何度か聴いています。わけても、オーディオ・ビギンの小山さんの録音の手伝いのためにピアノ教室でリサイタルを聴いたときの、近い距離で窓ガラスがビリビリするくらいの音圧を浴びた体験があるだけに、録音では少々お行儀がいい感じになってしまうのは仕方ないかも。それでも声の美しさ、表現力の幅の広さはさすがと思わせます。

 

北九響チェロパートのKさんが白川さんと知り合いで、シューベルトの「音楽に寄せて(An die Musik)」の抑制された歌い方に感動したと感想を述べたところ、白川さん「あの曲がいちばん最初の収録で緊張してたから」だったとf^^;。あんまりあけすけに言わない方がいいんじゃないかとか、変な心配をしてしまうじゃないですか。

 

最後のシリガーニャはイタリアの作曲家で、ブラームスと直接交流があった人らしい。ブラームスの歌曲から主題を取っていて、みっちの知らない元ネタです。変奏曲としてはけっこうわかりやすかったんですが、できればもう1曲、なにかおなじみのものを演奏してほしかったかな。

posted by みっち | 20:20 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
柴田淳 私は幸せ

1. 理由
2. 両片想い
3. 轍
4. 手のひらサイズ
5. 嫌いな女
6. 容疑者ギタリスト 〜拝啓、王子様☆第四話〜
7. 誰にも言わない
8. いくじなし
9. バースデー
10. Present


Victor Entertainment VICL-64819
 

「私は幸せ」は柴田淳の2年8ヶ月ぶり、11枚目になるというアルバム。この人は、10年ぐらい前にFM「月と太陽」で知っていました。けれど、そのときの印象はあまり良くなかった。口を開けずに母音を曖昧にする、クセのある歌い方が気になって、世界に入り込めませんでした。しかし最近、彼女が歌う「バースデー」が流れてきて、メロディーも歌もとても美しいと思いました。ベスト盤も気になったのですが、「バースデー」が収録されている最新アルバムを選んだわけです。
 

曲・歌だけでなく、プロデュースも彼女自身。先に紹介した藤田麻衣子と比べると、柴田淳はアレンジの関係もあってジャズやブルースっぽいところがあります。ちょっとクセがあってアンニュイな雰囲気を漂わせるシンガーといえば、リッキー・リー・ジョーンズを思わせるところもありますね。
 

タイトルのわりに、あまり幸せそうに見えないジャケット写真。歌の内容もけっこう辛辣で、「幸せ」とはシニカルな意味なのかな。しかしメロディーは魅力的。歌唱は低いところが多めで、そこから高音のかすれそうなところまで幅広い。部分的に何を言っているのかわからない歌い方はあまり変わっていませんが、なにか吹っ切れたような、あるいは突き抜けたような清々しさが加わっており、以前のようには抵抗なく聴けます。もしかすると、変わったのは彼女ではなくこちらの方なのかもしれません。
 

アレンジも曲とよく合っていて完成度が高く、セッションのようなサウンドが心地よい。それぞれ味わいがあって全曲面白いですが、とくに「両片思い」と「バースデー」は名曲です。あと、6曲目の「容疑者ギタリスト」って、シリーズものなのかな? 最後の曲はインストゥルメンタルで、アルバムを締めくくるにふさわしい余韻となっています。
 

テレビへの露出はほとんどないようですが、実はとてもきれいな人なんですよね。容姿で取り沙汰されるのを嫌ったのかな? YouTubeを見ても、瞳に釘付けになりそう。今年40歳だそうですが、いやいや全然問題ない(なにが)。ベスト盤も買おうかな。

posted by みっち | 10:53 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
藤田麻衣子 10th Anniversary Best

藤田麻衣子 10th Anniversary Best

 

Victor Entertainment VICL-64657 - 8

 

クルマ通勤時にFMから流れてきた曲を聴き、「だれだ、このお姫様みたいな歌声は?」と思ったのがそもそものきっかけ。歌のタイトルは覚えられなかったのですが、藤田麻衣子という歌手名だけはわかり、買ってみたのがこの2枚組です。活動10週年を記念したベストアルバムで、これまでのシングル曲を含めて全31曲が収録されています。


特徴は、鼻にかかった中音と、か細い高音域。こういうと弱点しかないようにみえるかもしれませんが、実はこれこそが武器だと本人もわかってきているようで、最初のシングル「恋に落ちて」では絞り出すような歌い方をしていたのが、曲が進むに連れて次第に楽な発声となり、透明感のある歌い方に変わってきています。「お姫様みたい」と感じたのはこのためでした。

 

全曲本人の作詞・作曲で、ピアノの弾き語りが基本的なスタイルのようです。声質からして、Aメロがなかなか魅力的で、Bメロつまりサビではいまひとつ盛り上がらない傾向があります。それで、サビを先に持ってきたり、サビまでAメロ的な曲が増えているようで、みっちもこの路線が正解だと思いました。アレンジは初期のころから独奏チェロを入れたりと、なかなか好み。中盤でストリングスを多用するありきたりな編曲もありますが、2枚目になるとゲーム音楽ぽい要素も感じる音作りになってきており、なかなかうまい。

 

ネットで調べると、「女心の代弁者」、「泣き歌の女王」といったキャッチコピーがあります。もともと歌詞はあまり気にしないし、女心についてはもうはいすみませんとしかいえませんが、泣き歌という点では、「手紙 〜愛するあなたへ〜」などは、家で聴いててもけっこうジワッときます。もし娘がいて(いないけど)、結婚式でこれ歌われたら、堤防大決壊は間違いなしかと。そんな場面に遭遇したら、みっちももらい泣きしそう(爆)。

 

しかし、FMで流れた歌はこの2枚組には入っていなかったんですよね。新曲かな? 調はマイナーで、機会があればもう一度聴きたい。

posted by みっち | 23:36 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ヴィト/ワルシャワ・フィルほかによるマーラーの交響曲第8番

・マーラー:交響曲第8番変ホ長調


バルバラ・クビアク、イザベラ・クウォシンスカ、マルタ・ボベルスカ(ソプラノ独唱)
ヤドヴィガ・ラッペ、エヴァ・マルチニェツ(アルト独唱)
ティモシー・ベンチ(テノール独唱)、ヴォイテック・ドラボヴィッチ(バリトン独唱)、ピョートル・ノヴァツキ(バス独唱)
ワルシャワ・フィルハーモニック合唱団
ポーランド放送クラコフ合唱団
ステファン・ヴィシンスキ枢機卿大学合唱団
ワルシャワ少年合唱団

 

アントニ・ヴィト指揮、ワルシャワ・フィルハーモニック管弦楽団
 

2005年7月1-6日録音、ワルシャワ・フィルハーモニック・コンサートホール
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)
 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第8番を聴きました。ボックスの11枚目に第1部「来たれ、創造主なる精霊よ」、12枚目に第2部「ファウスト第2部」より終結部分が収録されています。指揮者は7番のハラースからヴィトに戻りました。8番はこのボックス中もっとも録音が新しく、ヴィトのポスト変更に伴ってポーランド国立放送響からワルシャワ・フィルにオケが変わっています。


ヴィトのマーラーはどれも優れた演奏ですが、中でもこの8番は2番と並んで素晴らしい。8番の録音としては、クーベリック盤が独唱陣に魅力がありCD1枚に収まっていることもあって愛聴していますが、ヴィト盤の方が録音が良いため、今後はこっちをよく聴くことになりそう。
 

全曲を通じて、オケ、声楽、オルガンなどがよくまとまっており、見事なバランスに聞き惚れます。例えばオルガンは、冒頭はもちろん、マーラーがどこでオルガンを使っていて、それがどう効果的に鳴っているかがよくわかります。巨大な編成のためにカオスになりがちなこの曲が、各声部がよく整理されて、迫力が失せるのではなく美点がより際立っているのは、ヴィトによって曲の魅力の全貌が引き出されたというべきでしょう。
 

そうしたバランスの巧みさがものをいって、とくに説得力が高い音楽になっているのが、対位法的な書法で書かれた第1部でしょう。第1部全体として、展開部の終わりから再現部の始まりにかけての部分とコーダの最終部分の2箇所に大きなクライマックスを置いており、そこに向かってあっちから攻め、こっちから登り、と委曲を尽くします。そうしてやってくる頂点の高いこと。オルガンのことはもう触れましたが、少年合唱の扱いも鮮やかで、さすが。
 

第2部では独唱陣にそれぞれ見せ場がありますが、テノール(マリア崇敬の博士=ファウスト)と第2ソプラノ(懺悔する女=グレートヒェン)には音楽上もとくに重要な役割が与えられています。『ファウスト』の物語からしても、これは当然。ここでは男声陣ががんばっていて、クーベリック盤にも遜色のない出来栄え。女声陣は、機械的なヴィブラートが気持ち悪いソプラノがいること、注目のグレートヒェンがちょっと軽すぎるのが、この演奏での数少ない難点。クーベリック盤ではエディト・マティスが絶唱と言ってよいほどレベルの高いソロを聴かせるので、ここだけは割りを食っている印象があります。しかし、第3ソプラノによる「栄光の聖母」以降は、ヴィトらしいたっぷりした運びと精妙な管弦楽の響きに魅入られます。「神秘の合唱」では極端にテンポを落としてじわじわ迫り、高揚の頂点で金管の別働隊が圧倒的な輝きを放ちます。ラストの素晴らしさには、思わず泣けた!
 

オーケストラが変わったことはあまり気になりません。あえていえば、ワルシャワ・フィルはポーランド国立放送響と比べて弦や木管の柔らかな表現にやや特徴がありそうですが、実力的にはいい勝負かと。これだけの大編成を堪能させてくれる録音にも敬意を評したい。シリーズ中でも出色の出来であり、このボックス買ってよかったあ、と思わせてくれます。

posted by みっち | 22:30 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ハラース/ポーランド国立放送響によるマーラーの交響曲第7番

・マーラー:交響曲第7番 ホ短調


ミヒャエル・ハラース指揮、ポーランド国立放送交響楽団
 

1994年11月28日、12月2日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第7番を聴きました。ボックスの10枚目に全曲が収録されています。演奏時間はトータルで約79分。


マーラーの交響曲中、7番と8番は人気がありません。6番も含めて、マーラーの全盛期と言っていい「三部作」だと思うのですが、なぜ演奏されないのか。8番は編成の問題でやむを得ないところはあります。しかし7番はギターやマンドリンが必要とはいえ、6番のハンマーに比べればそれほど特殊というわけでもありません。おそらく、この2曲は一般的なマーラーのイメージから遠いからではないでしょうか。「一般的なマーラーのイメージ」とは、いわゆる第9のジンクスを恐れて『大地の歌』に番号を振ることができず、しかしつづく純器楽作品を9番にせざるを得なくなり、10番を書き出したものの、結局ジンクスから逃れることができずに死んだ、というような、アルマが広めた「神話」であり、マーラーの音楽は運命的・厭世的で生と死の葛藤であり常に苦悩に引き裂かれていなければならない、といった受け止め方です。こういう立場から見ると、9番こそがマーラーの最高傑作であり、7番のようなパロディぽいものや素っ頓狂なフィナーレまである曲はけしからん、8番に至っては全曲が肯定的かつ宇宙的規模の壮大な賛歌なわけで、こんなのはマーラーではない!的な不届き千万な代物なのではないかと。決まった型にはまらないものや理解できない対象はとりあえず無視か否定する、というのはよくある話。
 

またまた前置きが長くなってしまいましたが、なにぶんお気楽妄想系なものでf^^;。さて、ハラースの7番です。たぶん、これだけ聴くなら、そこそこ面白い演奏だと思えるはず。第1楽章はけっこうテンポを揺らしますが推進力は失っていないし、第2楽章の後半から第3楽章にかけてのグロテスクな音色などはなかなかで退屈させません。第4楽章はあまり特徴が感じられませんが、フィナーレは快活で第1楽章同様の推進力で聴かせます。総じて、がんばっていることは伝わってきます。
 

しかし、2番から6番までヴィトの指揮に慣れてきた耳からすると、これはちょっと辛いものがあります。ヴィトの精妙できっちりしたアンサンブルを思うと、ハラースのはまとまりがなく、軽くて食い足りない。美しくない。驚いたのは第1楽章のコーダで、トランペットのフレーズが丸々落っこちている箇所があります。ほかにも音が違うんじゃないかと思われる箇所が。スタジオ録音のはずだけど、チェックしていないのか? それともそういう楽譜があるのか? 「荒削り」って、そういうことだったのー? 確かに削れてるけど(爆)。
 

大好物の7番だけに、やはりヴィトに振ってほしかったというのが正直なところ。単に契約の都合とかであればいいんですが、もしかしたらヴィトが7番を避けた可能性もあります。クレンペラーのように、5番や6番は振らずに7番を録音している人もいるので、その逆がいても不思議ではありません。だとすると、ヴィトの7番は実現しないかもしれない。うーん。というわけで、この曲のみっちのお気に入りは現在のところフェルツ盤です。こちらもけっこうやりたい放題ですが、ハラースよりも徹底されていて、音楽として美しいので納得できる。

posted by みっち | 19:19 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ヴィト/ポーランド国立放送響によるマーラーの交響曲第6番

・マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」


アントニ・ヴィト指揮、ポーランド国立放送交響楽団
 

1992年12月15-19日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第6番を聴きました。ボックスの8枚目に第1楽章と第2楽章(スケルツォ)、9枚目に第3楽章(アンダンテ)と第4楽章が収録されています。演奏時間はトータルで約82分。


これはヴィトのマーラーの中でも出色の1枚(厳密には2枚f^^;)と感じました。オケの力感に富みながらも華やかな色彩と、精妙な楽器バランスによる独自の響きを打ち出して、非常に説得力のある演奏。みっちの中では5番はプレートルなんですが、6番はヴィトかも。
 

第1楽章は、適度かつしなやかなテンポ。オケは力んだところがなく、どこか余裕を感じさせますが、カロリーは十分に高い。モットー出現箇所は、「強→弱」をそれほど強調せず、「長→短」の響きの変化を重視しているようです。経過部の木管コラールの後半に、ホルンのオブリガートを聴かせるのがヴィトらしい工夫で、ここに限らず、ホルンを活躍させているのが好ましい。第2主題では、ヴァイオリンが勢い良くちょっと跳ね返りっぽいアルマ?の横顔を魅力的に表出します。展開部のカウベルは、ガランガランというよりもチャリンチャリン系、ってわかるかな?
 

中間楽章はスケルツォ―アンダンテの順。アンダンテが先になっている演奏を、みっちはまだ体験したことがありません。ただ、第2楽章がスケルツォの場合、第1楽章から曲調に大きな変化がないため、やや退屈しがちなところがあると思います。しかし、ヴィトにかかると楽器法による音色変化を最大限活かして、立体的に面白く聴かせます。これは秀逸かと。
 

アンダンテはかなり遅く、出だしは第5番のアダージェットのような雰囲気です。あのアダージェットもアダージッシモぐらいだったからなf^^;。旋律を木管が引き継いだときに、ファゴットの対旋律を浮き立たせるあたりがヴィトの技。ホルンもよく歌っています。楽章の終わりごろに、堰を切ったように感情が乱れますが、ここをヴィトはじっくり描きます。おかげで、この楽章は三部形式というよりもABA+A'のような、ちょっとベートーヴェンの「英雄」の葬送行進曲を思わせるような構成感となります。こうやって聴くと、この楽章が3番目にある理由がしっくり納得できる気がします。
 

第4楽章には31分強かかっています。この楽章は何かに取り憑かれたように突進したり、がっくり落ち込んだり大きな振幅があるため、速い遅いで激しく荒れ狂うタイプの演奏も面白いのですが、ヴィトはそういうことはしません。やや遅めのテンポで一貫しており、局面局面を克明に描きます。解釈としては、ギーレンに近いかな。ただ、ギーレンの場合はこの楽章、やや意図的なものが感じられます。凱歌を上げようとする3回のクライマックスのうち、最初が最大で、次第にインパクトが弱くなるという設計が見て取れます。もしかすると、アルマの回想にある、R・シュトラウスが語ったという「初めがいちばん強く、終わりがいちばん弱い。逆にした方が効果的なのに、なぜでしょうな」という言葉を意識したのかも。とはいえ、シュトラウス自身はこの発言を否定しているようですが。それはともかく、ヴィトは各頂点に差は感じられず、それぞれしっかり築き上げます。情念的でも意図的でもなく、スケール豊かで、音楽的にきわめて密度が高い。
 

序奏は、低音管によるコラールの深々とした響きが素晴らしい。モットーは、例によってティンパニがドッスン系のちょっとくぐもった響きで、まさにドスが効いている(爆)。主部に入り、第1主題は各声部の絡み合いが見事です。以降もいちいち挙げませんが、どの楽器が何をやっているかダンゴにならずよく見える。オケの力量も素晴らしい。展開部の第1と第2の頂点では、ハンマーのドガッという打撃音が明確。再現部から第3の頂点までも含めて、実に面白い。こう書くと、そんな運命の場面を面白がっていいのかみたいな感じもありますが、修羅場だからこそ面白い。コーダでも一般的には断末魔のうめき声なんでしょうけど、そういうイメージとは離れたところで管が音楽的に充実した演奏を聴かせます。
 

録音は1992年で、このシリーズとしては中盤。残響は多めですが、各声部は明快で余分な響きや色付けは感じません。スケールの大きさと密度、解像度の両立したいい録音だと思います。

posted by みっち | 20:34 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ヴィト/ポーランド国立放送響によるマーラーの交響曲第5番

・マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調


アントニ・ヴィト指揮、ポーランド国立放送交響楽団
 

1990年8月16-18日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第5番を聴きました。ボックスの7枚目に収録されています。演奏時間はトータルで約75分。
 

声楽の入らない純器楽のためのマーラーの交響曲としては、5番は1番に次いで演奏機会が多そう。しかし、独特な楽章構成のため、納得のいく演奏は案外少ないのでは? ここからしばらくは、演奏と直接関係のないみっちの妄想なので、前もってお断りしておきます。能書きはいらん、という人は、括弧書きのところからお読みください。
 

曲は5つの楽章からなり、5楽章構成はわりとマーラーにはあります。第1楽章が異例のゆっくりとした葬送行進曲、第2楽章がいわゆるアレグロ楽章、第3楽章が大規模なスケルツォ、第4楽章が遅い「アダージェット」、第5楽章が快活なロンド・フィナーレ。楽章ごとの演奏時間ではスケルツォがいちばん長く、全体の流れをこのスケルツォが分断しているように見えるのがこの曲最大の疑問点でしょう。
 

マーラーはなぜ、こんなことをしたのか? 作曲者自身が出している答えがひとつあります。楽譜に書かれている三部構成がそれで、I(以下、楽章をローマ数字で表示)とIIが第一部、IIIが第ニ部、IVとVが第三部とされています。つまりマーラーは、スケルツォ楽章を意図的に独立させています。
 

もう少し詳しく見ると、第一部と第三部はともに二つの楽章でできていて、先の楽章が遅く後の楽章が速い。また、先の楽章の素材が後の楽章に使われている点でも一致しており、I→II、IV→Vがそれぞれ「序奏」と「主部」のような関係にあることで相似形です。さらに、IIの終わりではVのコラールが予告されており、第一部と第三部が直接結びついています。こうして見ると、ますます真ん中の長いスケルツォだけが浮いているように思えてくる。どうしてマーラーは曲のど真ん中に関係の薄そうな、長くて間奏曲ともいえないような音楽を置いたのか。
 

その答えは、スケルツォこそがこの曲の中心だからではないでしょうか。いやまあ、そのまんまなんですが、楽章順というだけでなく、音楽的にもこの楽章が中心だということをいいたいわけです。マーラーがスケルツォに重きを置いていたということを踏まえれば、この楽章の充実ぶりにも納得がいこうというものです。
 

いくつか足しになりそうなヒントを挙げると、スケルツォ楽章は必ずしも独立してはいません。Vの主要主題は移動ドでいえばラーソファミという順次下行音型で、これがスケルツォに出てきます。具体的には、第3主題(第2トリオ)のホルン音型の合いの手としてトランペットなどに特徴的に現れ、楽章の締めくくりではうるさいぐらい連呼されます。つまり、IIIはVに結びついており、もしこの後アダージェットを飛ばしてフィナーレを演奏したとしても、案外スムーズにつながるはず。もしかすると、アダージェットは後から書かれたんじゃないでしょうか。マーラーはこの曲の作曲中にアルマと出会っているわけで。
 

そもそもこの曲はマーラーの作品中でもパロディ色が強く、冒頭のファンファーレからしてメンデルスゾーンの結婚行進曲のパクリです。本職指揮者のマーラーがこれを知らないワケがない。「結婚は人生の墓場だ」というような表現がありますが、マーラーはそれを音楽でやっている。そのくせ、自分はまもなくアルマと結婚しているわけで、ブーメランになっていることは自覚していたはず。もうひとつ、フィナーレの冒頭も自作『少年の魔法の角笛』の「高い知性を讃えて」のパロディで、当該詩の内容はカッコウとナイチンゲールの歌比べをロバが判定するというナンセンスもの。このあたり、自分でボケてツッコむマーラーの姿が浮かんできます。もちろん、マーラーとアルマがその後どういう運命をたどるか、この時点では知る由もありません。
 

というわけでこの曲、とくに前半は深刻そうに聞こえますが、マーラー本人はきっと楽しんで書いたに違いありません。仮に各楽章に表題をつけるとしたら、どうでしょう。例えばですが、I「葬送」、II「嵐」、III「田舎の踊り」、IV「愛」、V「動物さんたち大集合だわいわい」(爆)。最後のは、最近よく耳にしたポップス曲の歌詞で、知っている人もいると思います。岡崎体育「感情ピクセル」の話をしだすともう一エントリできそうですが、5番のフィナーレにまさにピッタリではないかと膝を打った次第。で、演奏としては、中心となるべきスケルツォをいかに面白く聴かせるかが勝負どころではないかと思います。個人的には、これまで聴いた中ではプレートル指揮ウィーン響のライヴ録音が最高だと思っています。
 

(ここからが演奏の話f^^;)
さて、長い脱線終わり。ヴィトの演奏ですが、まずもって、これまで書いたようなことは、ヴィトの場合全然考えていないっぽい(爆)。全体的に緻密で、各声部をきっちり鳴らす精度の高いアンサンブルはこのシリーズの特徴でもあります。テンポは中庸もしくは遅め。じっくり聴かせる点で比類がなく、説得力と充実具合は素晴らしいのですが、反面、楽章ごとのメリハリのようなものは考慮されておらず、通して聴くとやや停滞感がある。プレートルなどとは対極的な位置にある演奏でしょう。とはいえ、楽章ごとの演奏時間を見ると、I:12:50、II:14:56、III:19:33、IV:12:03、V:14:53となっていて、上に書いた構造が巧まずして透けて見える感じになっています。

 

個別には、Iでトランペットのファンファーレ部分と主部の葬送主題でテンポが違うのがユニーク。弦の旋律が入ってくるとガクっと遅くなります。IIでは各声部の絡み方が鮮やか。これだけくっきりした演奏はそうないでしょう。第2主題ではかなり遅くなりますが、チェロはよく歌っています。最後に光明が垣間見えるシーンは実に壮大で、このまま終わってもいいと思うくらい。IIIの主部はそれほど遅くありませんが、中間部に入ると止まりそうになるくらい腰を落とします。ホルンは協奏曲的に活躍するし、中身は濃いですが、もうちょっと楽しげな表情があってもいいのじゃないかなあ。IVはきわめて遅く、アダージッシモといった感じ。しかしアンサンブルの精度と集中度は高く、中間部も美しい。Vは多声的に書かれているだけに、ヴィトの面目躍如といったところ。各声部の動きが鮮やかで、たくましい金管がクライマックスへ向かって盛り上げていきます。
 

5番の録音はこのシリーズでは最も早い時期のもので、やや輪郭が強調されている点で前回の4番と近い音作りです。より新しい録音で聴ける2番や3番などの方が木管の繊細な響きなどが引き立ってより立体的ですが、初期録音の力強さを好ましく思う向きもあるかもしれません。

posted by みっち | 12:41 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ヴィト/ポーランド国立放送響ほかによるマーラーの交響曲第4番

・マーラー:交響曲第4番ト長調


リンダ・ラッセル(ソプラノ独唱)
アントニ・ヴィト指揮、ポーランド国立放送交響楽団

 

1992年6月26-8日(第1〜第3楽章)、7月15日(第4楽章)録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第4番を聴きました。ボックスの6枚目に収録されています。演奏時間はトータルで約57分。
 

ヴィトの4番は、2番、3版と比べると少し印象が違います。これまではマーラーのスコアが見えるような精緻なバランスで各楽器が捉えられていたのが、4番では太めの線で旋律重視のように聴こえます。これは録音のせい? 残響多めのトーンはハラースが指揮した1番に近く、出力レベルも高い。4番は録音時期が早いため、このプロジェクトが始まってからしばらくして音作りを変えたということなのかもしれません。
 

第1楽章は落ち着いたテンポで始まります。みっちが聴いた中ではスヴェトラーノフに近い遅さ。スヴェトラーノフの場合はそのまま最後まで遅く、異様さが前面に出ますが、ヴィトはまもなく速度を上げて一般的なテンポになります。すでに書いたように、輪郭が太くなったように感じますが、そこはヴィトで、各声部のバランスは失われておらず、かつよく歌います。展開部のフルート4本の斉奏は、第3楽章の高揚部分で使われるだけに、個人的にもっと吹き鳴らしてよかったかな。
 

中間の2つの楽章は、ヴィトらしいかっちりした感じがよく出ています。オケもよく鳴っています。第3楽章の終わり近くの天啓のようなクライマックスでは、ティンパニの響きがドッスン系で、やはりハラースの1番を思わせます。
 

第4楽章のソプラノ独唱、ラッセルは明るい声で曲調によくなじんでいます。ただ、どことなくですが、ヴィトのテンポにうまく乗っていないような印象があります。とくに最後はかなり遅いためか、ちょっと苦しそう。ここは、第1楽章冒頭のテンポと符合させているようですが、ヴィト独特の解釈といえそうです。
 

マーラーの4番は、これまでクレツキ盤とフォンク盤がみっちにとり双璧ともいうべき録音。前者はクレツキならではの高潔なアンサンブルと事故死前のデニス・ブレインによるホルンが聴ける貴重な記録であり、ステレオ最初期ながら録音もよい。後者は、難病のために指揮を続けられなくなったフォンク最後の演奏会録音で、一気に9番のような惜別の情が漂う感動的な演奏です。ヴィト番も決して悪くないけど、これらのインパクトを凌駕するものは今後も出ないだろうと思っています。

posted by みっち | 21:40 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
ヴィト/ポーランド国立放送響ほかによるマーラーの交響曲第3番ほか

・マーラー:交響曲第3番ニ短調
・マーラー:交響曲第10番よりアダージョ


エヴァ・ポドレシ(コントラルト独唱)
クラクフ少年合唱団、クラクフ・フィルハーモニー合唱団
アントニ・ヴィト指揮、ポーランド国立放送交響楽団

 

1994年11月12-16日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第3番と第10番からアダージョを聴きました。ボックスの4枚目に3番の第1楽章〜第3楽章、5枚目に後半の3つの楽章と第10番のアダージョが収録されています。演奏時間は3番が約101分。10番のアダージョが約26分。


3番は、7番と並んで好きな曲です。クーベリック盤とギーレン盤がみっちのお気に入りでした。クーベリックはスヴェトラーノフと同じで弦の対抗配置が特徴、ギーレン盤は録音が新しかったことと、よく「冷血」などと評されるギーレンがこの曲に熱い共感を寄せていることがよくわかる演奏です。
 

第1楽章冒頭、ホルン8本による斉奏は、一般的なテンポよりもわずかに遅めか。続いて金管の重々しいリズムになりますが、ヴィトにかかるとこういうところが大変明瞭です。うめくようなファゴットの合いの手もカッチリ。その後も精緻なアンサンブルできっちりくっきり系の表現をしたくなる箇所ばかり。ファゴットに限らず、木管の埋もれがちな響きを大切にして、随所でそうだったのかと膝を打つような新鮮なバランスを聴かせてくれます。行進曲を経て、総奏に膨れ上がったときにガラッと表情を変えるインパクトも見事なものです。トロンボーン・ソロが目立つ音楽で、もちろんしっかり吹いているのですが、他にも聴きどころが多い分、それほど印象に残らないのが欠点といえば欠点か。ギーレン盤のような開放感とは対照的な演奏かもしれません。
 

第2楽章、第3楽章も克明かつ繊細。ただ、立派ですがリズムが正確に刻まれることと、やや遅めのテンポをとるために、カッチリはいいけどやや停滞感を与えるかもしれません。第1楽章から基本同じようなアプローチであり、このあたりでもう少し伸びやかさや自由さがほしいと思う人もいるでしょう。スケルツォのポストホルンはまさに天国的に美しいのですが、メリハリの点で前後との変化がそれほど大きくないため、いっそのことソロを協奏曲風に引き立てたほうが面白かったかも。
 

第4楽章からは声楽が入るため、停滞感は消えます。コントラルト独唱は響きがやや暗めですが、2番のときのアルトのようにはヴィブラートが機械的ではないので聴きやすい。子音をさほど強調しないのは、ドイツ語の発音という点では「らしくない」かもしれません。
 

第5楽章は楽しい。声楽が充実していて惚れ惚れします。「ヴィム・バム」が本当に鐘のよう。オケも隙きがない。
 

第6楽章の冒頭は、響き渡る静寂とでもいうのか。ピアノとは音が小さいことであって、弱いのではない、とオケのトレーナーが話していたことを思い出します。美しく、最後のクライマックスまで着実な足取りで、来たるべきものが確実に来る。締めくくりの和音の伸ばし方がまた素晴らしい。というわけで、一つ一つの楽章は充実した演奏ですが、そのきめ細かさをちゃんと聞き取れる再生装置でないと、よさがわかりにくいかもしれません。
 

第10番はホイーラーによる補筆全曲版がオルソン指揮で別に収録されていますが、ここではヴィトがアダージョのみ録音しています。これが秀逸。この楽章、9番の最終楽章で死んだはずのマーラーが成仏できずにこの世を彷徨っている、という風情があるのですが、ヴィトで聴くと、その辺実にリアルに迫ってきます。演奏によってはオケの薄さが気になるところもありますが、ここではそんなことはまったくありません。例のA音に始まるカタストロフも充実しているだけでなく、美しい。最後の余韻の深いこと!

posted by みっち | 20:29 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |