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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか

・『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか 変容する中世騎士物語』


岡本広毅・小宮真樹子編 みずき書林

 

タイトルが長いので、「いかアサ」と呼ばれているらしい。表紙カバーの絵は3種類あり、描かれているのはアーサー王とグィネヴィア、ランスロット、ガウェインに分かれています。全部欲しいけど、中身は一緒だからなあf^^;。ここで迷って、購入にしばし時間がかかりましたが、結局ガウェインにしました。凝っているのはこれだけではなく、タイトルを含めた見出しやビアズリー風の装飾文字、彩色など、マロリー『アーサー王の死』を読んだ人ならニヤリとするに違いない装丁になっています。税抜2,800円は単行本としてはお高いですが、それだけの値打ちはあります。
 

内容はタイトルどおりで、中世ヨーロッパで広まった「アーサー王物語」が日本でどのように受容されてきたかという解説です。したがって、伝説やキャラクターそのものについては付随的にあるいはコラムネタとして語られることはあっても中心にはなっていません。構成としては、第1部「黎明期」として、夏目漱石の『薤露行』が採り上げられており、第2部が「サブカルチャーへの浸透」として、テレビアニメ『円卓の騎士物語 燃えろアーサー』や宝塚歌劇、Fateシリーズなど。第3部は「君臨とさらなる拡大」として、斉藤洋の『アーサー王の世界』やカズオ・イシグロ作品などが紹介されています。
 

『薤露行』は、漱石のイギリス留学の直接的な成果といえる短編小説で、同時に日本初の「アーサー王もの」の創作という歴史的な位置づけを持っています。「いかアサ」を読むまで、この作品を知らなかったのですが、これがきっかけとなって、先日ウィキペディアに薤露行の記事を書くことにつながりました。これだけでも価値ある1冊になりました。もちろん、それだけではありませんが。


アニメ『燃えろアーサー』は、リアルで見ていました。名前だけは知っていた「アーサー王」を、映像で楽しめると期待していた作品です。しかし、登場人物こそ伝説にちなんでいましたが、話はほとんどオリジナルで、続編になると、もはやアーサー王関係なくない?的な展開になってしまったのは残念でした。それでも、一応それらしい雰囲気というか片鱗は感じられた点で、当時の貴重な成果のひとつなのかな。
 

Fateシリーズは、愚息につきあって見ていたアニメで知りました。最初、なんでアーサーが女? モルドレッドも! さっぱり意味わからんと思いましたが、フランケンシュタインの怪物や切り裂きジャックまで少女キャラだったりするので、「自由だな、猫侍」(爆)という感じで受け入れました。ちなみに、こうした伝説上、歴史上、創作上のキャラクタたちが時代や物語の枠組みを超えて入り乱れるという発想は、山田風太郎の『魔界転生』がヒントになっているらしい。とはいえ風太郎作品の場合は、伝奇ものの体裁を取りつつ、むしろ歴史の制約を生かして「もしかしたらあったかも」と思わせるところに醍醐味が味わえたわけですが、Fateの場合は逆に「絶対ない」組み合わせをあえてやるところが面白さになっているようです。
 

そんなこんなで、アーサー王物語をひととおり知っていた方がより楽しめることは間違いありませんが、Fateシリーズなどでちょいとカジッただけの人でも、どこかに食いつけるポイントがちりばめてあります。「沼」に両足突っ込んだ人はもちろん、「沼」への入り口としても広く楽しめる本になっています。ヤバい。これが刺激になって、まだ読んでいなかった『ガウェイン卿と緑の騎士』を注文してしまった(爆)。

posted by みっち | 16:51 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
「砂漠の狐」ロンメル

・「砂漠の狐」ロンメル  ヒトラーの将軍の栄光と悲惨
 

大木毅著、角川新書
 

第二次世界大戦のアフリカ戦線において、連合国から「砂漠の狐」と呼ばれて恐れられたエルヴィン・ロンメルの生涯をたどった一冊。いきなりロンメルの死の場面から書き出す手法が成功しており、最後まで緊張感を持って読めました。


戦時中から名声が高く、1970年代まで一般にもドイツの傑出した司令官というイメージがあったロンメルですが、著者の大木毅によると、海外ではその後3度にわたる再評価の波があり、現在ではほぼ「等身大」といえる評価に落ち着いてきたとのことです。ただし、政治問題との絡みもあって、その扱いはいまもなお揺れ動いているらしい。一方、日本では最初の見直しの波があった1970年代、デヴィッド・アーヴィングによる歪曲されたロンメル像が入ってきた段階で止まっていて、認識が40年近く遅れているということです。
 

この本によると、ロンメルは戦場で駆け回る指揮官としては優秀で、敵の意表を突く戦術力と果断さを発揮しましたが、戦略レベルでは、兵站を軽視しがちでしばしば無謀な作戦を採ったようです。また、自身の功績を過大に評価し、失敗の責任は指導部や補給のせいにする傾向があり、陸軍上層部からは危険視されていました。これは、デスクワークが苦手で参謀勤務を回避してきたロンメルの経歴にも要因があり、さらにその背景として、平民出身でしかも傍系コースという出自も多分に影響していました。必要以上に自己宣伝に努めなければロンメルの出世は困難な状況で、実際にその機会を得られたのは、戦争とヒトラーの引き立てがあったからでした。しかし、ヒトラーとの蜜月は長く続かず、戦局の悪化に伴って理不尽な命令に衝撃を受け、苦悶するようになっていきます。


終盤、ロンメルとヒトラー暗殺計画との関係については、著者はロンメルが計画を知っていたとしています。当時のロンメルの言動や周囲の状況からして、これは妥当な判断でしょう。これをめぐっては、後にアーヴィングが事実を歪曲した点も具体的に紹介されています。アーヴィングはホロコースト否定論者として有名らしく、この人がアメリカの歴史学者を名誉毀損で訴えた裁判が『否定と肯定』という映画にもなっています。機会があれば観たい。正直、ロンメルを貶めたり暗殺計画とは無関係と主張することで、アーヴィングがなにを得られるのか、みっちにはまだよくわからないのですが、そのあたりはまたおいおいとf^^;。


ヨーロッパの世界大戦に関しては教科書で習った以上のことはほとんど知らなかったのですが、この本でドイツの戦いぶりや戦略構想の一端に触れることができました。ヒトラーとしては、ポーランド侵攻でイギリスとフランスが宣戦布告してくるとは予想できなかったようで、その後も戦果を上げればイギリスはこっちになびくだろうという、自分に都合のよいシナリオを描いて戦線を拡大し、結局二正面作戦という必敗態勢に自らハマって破滅しました。戦果を上げれば有利な条件で講和できる、という考え方は当時の日本にもあったわけで、安易で身勝手な幻想が未曾有の犠牲者を生み出す構図で共通しています。

posted by みっち | 23:35 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
門馬直美『ブラームス』

・『ブラームス』 門馬直美著、春秋社


チェロパートの飲み会に行く途中、小倉駅のコンコースに古本屋さんが営業しているところを通りかかり、買っておいた一冊。クラシック音楽関係の本って再販されないことが多く、あとでほしいと思っても手に入らなかったりするんですよ。奥付を見ると、「1999年第一刷」となっています。
 

門馬直美は以前に『シューマン』を読みました。この人は音楽之友社の「名曲解説全集」でもブラームスやマーラーなどを担当していたはずで、みっちがクラシックにハマりだした頃からずいぶんお世話になりました。この本では、ブラームスの両親・祖父母あたりまでさかのぼって、ブラームスの誕生から亡くなるまでをたどっています。ブラームスは若いころに合唱と縁が深かったことで、出世作となるドイツ・レクイエムに結びつくわけですが、そのあたりの事情がよく書かれています。
 

ただ、国内のクラシック音楽の解説本は何十年も昔の情報がいまだに更新されずに幅を利かせていて、上に挙げた名曲解説全集なども改訂されないし、海外の新しい研究や再評価の動きなどが反映されないのが困りものです。そういう意味では、この本も同様であり、比較的新しい割には、大して発見はありませんでした。
 

門馬直美の文章のクセというか、問題提起はあるのだけれど、それが解決しないのが惜しい。例えば、ブラームスにはカルベックという友人がいて、ブラームスの最初の伝記を書いた人ですが、このカルベックの文章への疑問がところどころにあります。しかし、疑問形のままで、真相というか答えになるようなものが提示されません。別の資料とかないの? また、「無関係ではない」とか「ないわけではない」などの二重否定があちこちに見られ、あるならどこにどのようにあるのか明記しろ!といいたくなります。
 

その関連で気になったのは、ブラームスの初期作品にはソドレミという進行がよく使われているという指摘です。面白い着眼点ですが、具体的になににどう使われているかが示されません。みっちが思いついたのは、ピアノ三重奏曲第1番(第1楽章とスケルツォ)、ピアノ五重奏曲第1楽章、弦楽六重奏曲第1番(第2楽章と第3楽章)、ピアノ協奏曲第1番第3楽章。ほかにもあるかもしれないけど、確かに目立っている気がする。ではなぜこの進行が多いのか、推測でもいいからそこまで踏み込んでほしい。これ例えばですよ、ハイドンが曲をつけたという「ドイツの歌」はドレミで始まります。ヨハン・シュトラウス鏡いこの「ドイツの歌」を何度か曲に使っていて、もしかしたらブラームスも若いころ、この順次進行にドミナントの前打音を加えてメロディー創作のひとつの基盤として取り入れていたとしたらどうでしょう。とはいえ、もともとはハプスブルグ朝を賛美する歌詞ですから、ビスマルク体制のプロイセンを支持していたというブラームスが好むのはおかしいかもしれませんが。
 

ブラームスの人となりについても、もうちょっと肉声というか、内心にまで迫れないものかと感じます。そもそもブラームスの手紙の引用が少ないし、引用してあるものも、その訳文が変。例として、以前に読んだアラン・ウォーカー著『大作曲家シリーズ1 シューマン』(横溝亮一訳)に同じ手紙の引用があったので、下に並べてみます。1862年12月、ウィーン滞在中のブラームスがヨアヒムに当てて書いた手紙の一部です。
 

(門馬訳)「私はたしかにヴァグネリアンと呼ばれるだろう。しかしもちろん、そうしたことは主として、ここで音楽家たちがヴァーグナーについて語っている馬鹿げたことの、良識ある人には決しておこりえない矛盾によるのだ。」
 

(横溝訳)「いまワーグナーが当地にいる。そして僕はワグネリアンということになるだろう。もちろんこれは矛盾だが、当地の音楽家が彼に反対する軽率な仕方を見ると、思慮ある人間としてはこの矛盾もあえて冒したくなるのだ」。
 

どちらがいいかは明白でしょう。門馬訳はわけがわかりません。この際ですから不満を並べてしまいます。1853年にブラームスがシューマン家を来訪した有名なエピソードの描き方も疑問です。例えば先のウォーカーは「二人の出会いは音楽史に残る出来事だった」としています。みっちもシューマン夫妻との出会いは、ブラームスの人生を左右する決定的なインパクトがあったと考えるのですが、門馬はここでカルベックの言うことを真に受けて、仮に「新ドイツ派」に敵対心を燃やすシューマンがブラームスを囲い込もうと画策していたとすれば、ブラームスは当惑したに違いないなどと書いているのは一体どういうわけなんでしょうか。こういうところこそ疑問形でしょうに。ほかにもクララやヨアヒムとの交流、晩年の不和なども一応は紹介されているのですが、物足りません。ビルロートなどは名前だけ。リヒャルト・シュトラウスはちらっと出ますがマーラーは名前すらなし。
 

ブラームスの音楽は、古典的な造形への追求と厳しい自己批判、ロマン的な憧憬と切ないまでの情熱がないまぜになっているのが魅力です。伝記を書くなら、彼の人生の何がそうさせたのか、それを意識してしっかり描いてほしいと思うのは無理な願いなのでしょうか。

posted by みっち | 16:22 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
静けさの中から

・『静けさの中から ピアニストの四季』
 

スーザン・トムズ著、小川典子訳、春秋社
 

連休中に読んでいた一冊。スーザン・トムズはスコットランド出身のピアニストで、ドーマス四重奏団やフロレスタン・トリオのメンバーでもありました。ピアノ曲をそれほど聴かないみっちですが、シューマンやブラームスなどの室内楽でよくお世話になっており、ソロアルバムこそ持たないものの、トムズ参加のCDはピアニストではいちばん多いかも。
 

「ピアニストの四季」という副題があり、全体は12の月に分かれていますが、とくに季節感を意識してまとめられているわけではありません。子供時代の回想や日々の音楽活動、演奏旅行の思い出など、折に触れて感じたことを率直に語っています。いい文章だと思います。ピアノ演奏を聴いても、思慮深く誠実そうな人柄が伝わってくる気がします。
 

フロレスタン・トリオのスタジオ収録の話では、個人にとってのベストがアンサンブルとしてのベストとは限らないと書かれていて、室内楽がソロとオーケストラの中間的な存在であることがよくわかります。また、教会で合唱とともに収録したときに、外部ノイズが気になって指揮者から目を離していたのに、指揮者が棒を振り下ろしたときにぴったり合わせて和音を鳴らしていた、という話もあります。実演では、そういうなにかが舞い降りたような瞬間ってありますよね。


面白かったのは、お国柄をよく示すいくつかのエピソードで、インドで午後の演奏会の演奏曲目にハイドンとモーツァルトを予定していたフロレスタン・トリオは、現地の人から演奏会がもし午前中だったらなにを弾くかと問われて、「ハイドンとモーツァルト」と答えたところ、「同じじゃないか!」と騒がれたこと。インドでは伝統的に午前と午後では音階が異なるそうで、これについてトムズはインドの人たちがまったく正しい、と同意しています。また、ハンガリーの音楽教授がpとfの間にある複数のsf(スフォルツァンド)について、だんだん強めるのか、それとも同じ強さを保つのか悩み続けていて、一方のトムズたちは、どっちもありだから「出たとこ勝負」でいいじゃん、と割り切っていたというくだり。ハンガリー人音楽家の細部へのこだわり(とイギリス人の鷹揚さ)の一端がうかがい知れるお話です。本書が書かれたのがアメリカでオバマが大統領になった時期で、オバマの演説のうまさについても触れています。かたや、息子ブッシュのスピーチは棒読み、というか、なにを話しているか本人がわかっていなかったとバッサリ(爆)。最近、副大統領だったチェイニーを主人公にした映画でも、ブッシュのおバカキャラっぷりが話題ですしねえ。


翻訳者はピアニストの小川典子。小川がトムズの著作を読んで気に入り、日本語訳を提案したらしい。同じ職業ということで、こなれた日本語というだけでなく、共感を持って訳していることが感じられます。女言葉がやや意識的に使われているようですが、これも著者の気持ちに寄り添っていることの現れでしょう。

posted by みっち | 21:47 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
源平合戦の虚像を剥ぐ

『源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究』


川合 康 著、講談社学術文庫
 

井上寿一『戦争調査会』、呉座勇一『陰謀の中世日本史』に続いて読んだ日本史もの。著者は中世日本氏を専門とする歴史学者です。
 

下関生まれのみっちは、関門海峡に面した壇ノ浦や赤間神宮を身近に見て育ちましたから、源平ものには親しみがあります。中学生のころ吉川英治『新・平家物語』全11巻を読みました。このときは、はじめに10巻の壇ノ浦の戦いを読み、そこから遡って1巻まで読み、最後に11巻を読むということをやっています。知っているところをとっかかりにしたわけです。そんなわけで、タイトルにいう「虚像」とはなんなのか、期待しました。
 

前半は、平安末期から鎌倉時代初期あたりまでの合戦の実態についての考察です。武士は階級というよりも専門的な芸能職であり、騎乗して弓矢で攻撃する「馳射」と呼ばれる伝統的な戦闘法を得意としたのは平氏であって、騎馬戦に長けた坂東武者というイメージは実は根拠がないのだそうです。しかし、この時期に兵力動員数が飛躍的に増えたことにより、戦闘形態も変わっていったそうです。著者は、源氏と平氏の運命的な対立という見方は、「平家物語」に寄りかかった史観であり、実際には中央の平氏政権に対する同時多発的な地方の反乱の結果が頼朝による鎌倉幕府の成立だったとしています。
 

確かにほほう、と思わせる内容ですが、書きぶりはかなり地味で、読み物としての面白さにはつながっていません。例えば、当時の馬のサイズがポニー並に小さかったということの説明にかなりの分量を割き、現代のサラブレッドなどと同一視するのは間違いだというのですが、馬に乗る人間の体格についてまったく言及しないのはどうなんでしょうか。馬も人も小さかったら、バランス的には現代とそう変わらないことになるわけで、馬のサイズの大小がなににつながるのかが不明。また、わずかな兵力しか持たなかった頼朝に、千葉や下総の有力武士団が協力した理由を実情をふまえて説明していますが、そもそも同時多発的反乱がなぜ起こったかについてはさらっとしか触れてなく、本書の前に読んだ『陰謀の中世日本史』の方がこの点ではむしろよく書かれています。「平家物語史観」を批判するには、やや物足りない。
 

後半は、頼朝の奥州合戦に焦点が当てられています。この戦いは、義経と奥州藤原氏打倒に名を借りつつ、実のところは鎌倉政権下での御家人・所領の全国的な再配置をめざした一大デモンストレーションだった、という位置づけが明らかにされます。ここは読み応えあり。前半でも源平合戦の経過や平氏滅亡について、この調子で触れてくれればもっと面白かったんですが。唯一、富士川の戦いについて、鳥の羽音に驚いて平氏軍が逃げ出したというのは実際そのとおりだったと書かれるのみで、それ以外はほとんど触れられません。もしかすると、こういう話を期待してしまうこと自体が「平家物語史観」的な影響下にあると著者はいいたいのかもしれません。

posted by みっち | 21:05 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
陰謀の日本中世史

『陰謀の日本中世史』


呉座勇一著、角川新書
 

「ははあ、『応仁の乱』が売れたので、慌てて次の本を出したのだな」と思う人がいるかもしれないが、それは違うと「あとがき」に書かれています(爆)。ほぼ同時期に構想されたものの、先に出した『応仁の乱』の反響が大きくてこちらに時間がかかったらしい。みっちは『応仁の乱』は未読ですが、平安時代末期から関ヶ原の戦いまで広い時代を扱った本書に興味を惹かれて購入しました。
 

本書は、「保元・平治の乱」、「源平の戦い」、「鎌倉幕府と北条得宗家」、「建武の新政〜観応の擾乱」、「応仁の乱」、「本能寺の変」、「秀次事件〜関ヶ原の戦い」という大きく7つの時代について、巷にあふれる俗説や陰謀説を俎上に上げながら検証していくという流れです。これらについて、人並みの知識は持っていると思っていたみっちですが、えー、そうだったの?ということがけっこう多く、まさに目からウロコ。
 

例えば保元の乱ですが、崇徳上皇と藤原頼長に謀反の意思はなく、この乱は合戦というよりも信西による陰謀だったとされます。マジで? でも確かにそう考えてみると、いろいろしっくりくる。崇徳と頼長は親密でなく、謀反の噂を立てられ身の危険を感じて集まっただけで、保有兵力が少ないため、大和からの援軍を待とうとしたと説明されます。軍議で源為朝が夜討ちを進言したのに頼長が却下したという話は、こういう事情があって決戦を避けたかった(そもそもそんな意思がなかった)からだったとすると、なるほどーとなります。平治の乱のところでも後白河上皇は大ダヌキではなかったとか、鹿ヶ谷の陰謀はなかったとか、教科書で教えた方がいいんじゃない?と思える指摘がたくさんあります。平氏滅亡後の源頼朝・義経兄弟の確執についても、ほぼ真相と思われる解明がなされています。鎌倉幕府の章でも、源氏の将軍家断絶の後、ライバル武家を倒しまくった北条得宗家の安定政権かと思ったら、実はピンチの連続だったということがわかってびっくり。ほかにも足利尊氏は後醍醐天皇に恩義を感じていて裏切る気などなかったとか、日野富子は悪女ではなかったとか。詳しくは本書でお確かめくださいf^^;。
 

で、陰謀論はどうした?と思われるでしょうが、ちゃんとやり玉に挙がっていますからご心配なく。本能寺の変に関わるさまざまな黒幕説や関が原の真相などでは、それぞれの説を紹介しつつ、バッサリ。織田信長については、彼のような天才が簡単に騙されるはずがない、という思い込みから陰謀論が生まれるという指摘が印象的です。実のところ、信長は信頼を寄せた相手から裏切られることが多く、浅井長政、武田信玄、松永久秀、荒木村重、最後に明智光秀と、もう騙されまくりの人生でした。関ヶ原の戦いについては、家康の挑発どころか、実は西軍の蜂起によって家康が窮地に追い込まれていたこと、その流れが変わったのは、岐阜城攻防戦だったとされます。岐阜城の重要性を戦略的に捉えた説ってなかなか見当たらないのは、これも家康ほどの海千山千がヘタを打つはずがない、と目が曇っているからでしょう。「勝負というものは、双方が多くの過ちを犯し、より過ちが少ない方が勝利するのである」。そのとおり。
 

特徴的だったのは、陰謀論のパターンが太字で強調されているところ。このあたり、『トンデモ本の世界』とか『トンデモ本の逆襲』あたりの手法の反映でしょうか? 例えば「最終的な勝者が全てを予測して状況をコントロールしていたと考えるのは陰謀論の特徴」とか「事件によって最大の利益を得た者が真犯人である」とか。これらはむしろ推理小説の論法です。というよりも、陰謀論は推理小説のノリでこいつが犯人!というところから逆算して語られることが多いものなんですね。

posted by みっち | 17:53 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
戦争調査会

『戦争調査会 幻の政府文書を読み解く』


井上寿一著、講談社現代新書
 

歴史は好きだけど近現代は客観視が難しく、とくに戦争ものは生々しいため敬遠しています。にもかかわらず本書を手に取ったのは、「幻の政府文書」というキャッチコピーにまんまとはまったから。著者の井上寿一は学習院大学の現学長で、日本政治外交史が専攻とのことです。
 

戦争調査会は敗戦の原因と実相を明らかにすることを目的とした政府機関で、1945年11月、幣原喜重郎内閣のもとで設置されました。戦後の日本政府が自立的にこのような検証の取り組みをしていたことは、あまり知られていない事実でしょう。同調査会は発足から1年足らずの1946年9月にGHQの意向によって廃止され、その成果が日の目を見ることはなくなりました。残された資料や議事録から、同調査会がなにを明らかにしようとしていたのか、読み解こうとしたのが本書です。
 

戦争調査会には政治外交、軍事、財政経済、思想文化、科学技術の5部会が設けられていました。東京裁判と並行して戦犯容疑者の逮捕や公職追放がなされる中で、委員の人選には苦労があったようです。調査会の意義・位置づけに関するGHQとの調整問題もあり、結局これが廃止の原因となっています。敗戦直後に多くの公文書が破棄・焼却されるという困難もありました。最近の防衛省や財務省などの公文書管理問題は、いまに始まったことではありませんでした。軍事部会は結局一度も開催されなかったりと、バラツキはありましたが、現地調査も含めて網羅的・精力的に取り組まれています。調査会資料で不足している箇所は、著者が他の研究から補いながらおおよその姿をまとめ上げています。
 

「はじめに」にも書かれていますが、これらから浮かび上がってくる戦争への経過や実相は、現在までの研究を覆すようなトピックや新事実の発見ではありません。アメリカに勝てると誰も思っていなかったにもかかわらず、ずるずると開戦への道をたどり、開戦からわずか半年で敗勢に陥りつつも、やはりずるずると降伏を先伸ばしして未曾有の犠牲を出すに至った経緯は、いまさら聞くのもつらい話です。しかし、そうだとしても、他国からの圧力や押しつけではなく日本が自ら戦争原因を調べて解き明かそうとしていたことには重みがあります。とくに総裁・幣原喜重郎の不戦の決意が強調され、これが調査会設置となり、憲法第9条にも結びついたことは疑いないでしょう。少なくともこの点については、本書が刊行された意義と同時に、いまこれを読む理由があると感じました。

posted by みっち | 20:42 | 読書 | comments(2) | trackbacks(0) |
マーラーを識る

・『マーラーを識る 神話・伝説・俗説の呪縛を解く』


前島良雄 著、アルファベータブックス
 

著者の前島良雄氏とは、以前ちょっとした縁がありました。2012年のことです。当時『クラシックジャーナル』誌で「間違いだらけのウィキペディア クラシック編」という企画があり、これに氏も参加しておられることをご本人のブログで知りました。前島氏がとくにマーラー関係の記事に不満を示されていたことについて、ウィキペディア日本語版で一連のマーラーの交響曲記事を加筆した利用者として、みっちは当該ブログにコメントしました。それがこちら
 

コメントへの直接の応答はなかったのですが、その後前島氏が『マーラー 輝かしい日々と断ち切られた未来』と本書を相次いで刊行していることからして、みっちのコメントも参考になったのかと考えています。いやまあ、そんないきさつは全く無関係かもしれませんが、いずれにせよ、今後はこれらの著作を出典にしてウィキペディアの記事に反映させることが可能になったわけで、このこと自体は喜ばしいと思います。
 

どちらを読もうか迷ったのですが、基本的に『輝かしい日々と……』がマーラーの伝記、本書がマーラー作品を主題にしたもの、という切り分けのようであり、作品解釈に関心があるみっちは本書を選んだわけです。しかし、結論からいうと、全然物足りない。一応マーラーの各交響曲(「大地の歌」も入っています)ごとにセクションが分かれていますが、曲の標題あるいは通称についての事実関係と日本での扱いの変遷を追ったものがほとんどで、裏返していえば、ただそれだけ。
 

アルマの回想録にちなんだ「マーラー伝説」やマーラーの交響曲の商業主義的タイトルについて、前島氏が以前から異を唱えていたことは知っています。例えば、金子建志『こだわり派のための名曲徹底分析 マーラーの交響曲』や根岸一美・渡辺裕『ブルックナー/マーラー事典』など先行する著作でも、アルマの回想には信頼を置けないことや、それに基づく従来のマーラー観や音楽解釈が一面的すぎることがわかります。前島氏の主張自体は頷けるものです。とはいえ、それらはマーラーの音楽そのものとはさして関係のない、表層的な受容もしくは誤解に過ぎません。なぜ前島氏はもっと音楽そのものに踏み込んだ解釈や研究成果を披露しないのでしょうか。音楽の内容よりもタイトルの扱いの方が本質的で重要だと考えているのでしょうか。
 

また、交響曲第5番についてはさすがに標題関連のいちゃもんはありませんが、その代りに妙なことが書かれています。5番こそ1番である?? これまでにない作曲パターンだと「1番」とはだれが決めたルールでしょうか? マーラーが5番を「1番」と呼んだことでもあるのでしょうか。でなければ、マーラーの許しなく勝手に付けたキャッチフレーズという点で、前島氏が空疎だと批判してやまない「千人の交響曲」と同じでしょう。『マーラーを識る』などという誇張が過ぎるタイトルも、「夜の歌」と変わりはありません。
 

そういうわけで、啓蒙意識ないしはマーラー受容の現状に対する不満が高じてか、ところどころブーメランになっているのも残念。過ぎたるは及ばざるが如し。これではまっとうな批判の信憑性にまで疑問が生じかねません。まあ、金子本や『ブルックナー/マーラー事典』の前に目を通しておくくらいなら、内容の薄さも許せるでしょうが、逆だと得るものがありません。

posted by みっち | 20:49 | 読書 | comments(2) | trackbacks(0) |
筒井康隆コレクションVII

・『朝のガスパール』
・『イリヤ・ムウロメツ』
・『空飛ぶ冷やし中華』(抄)
・単行本&文庫未収録エッセイ


筒井康隆・著、日下三蔵・編 出版芸術社
 

忘れたころにやってくる筒井康隆コレクション全7巻でしたが、ついに最終巻となりました。
 

『朝のガスパール』はけっこう新しい作品だと思っていたけど、1992年の単行本だからもう26年前のことでしたか。月日が経つのは早いなあ。2000年ぐらいからの記憶があまりないような(爆)。当時はまだインターネットではなくパソコン通信だったんですが、これを取り込んだ重層的なストーリー展開は、いまなお斬新で追随を許さない面白さがあります。パソコン通信の描写は、インターネットのように開かれていなかった分まだ穏健なところもあったとはいえ、後の2ちゃんねるを始めとしたネット掲示板を予告するような内容になっているところもすごい。現実がようやく小説に追いついてきたということなのかもしれません。真鍋博の挿絵をすべて掲載しているところもポイントが高い。
 

『イリヤ・ムウロメツ』は、単行本で持っています。ロシアの口承叙事詩の世界を格調高い文体で再現しています。いま読んでも素晴らしい。こちらは手塚治虫のイラスト。共同作業の相手も超一流です。ついでにいえば、これを読んだことがきっかけとなり、みっちは後にウィキペディアに「ブィリーナ」を新規項目として立ち上げることになったのでした。
 

『空飛ぶ冷やし中華』も前に読んだことあるなあ。リレー小説になっていますが、平岡正明による「三倍達・峠の虎退治の巻」がとくに面白い。こういうナンセンスものが大好きだったんでf^^;。最近、『おそ松さん』で赤塚不二夫のマンガが復活していますから、タイミングもちょうどよろしい。
 

パート4の単行本&文庫未収録エッセイはけっこうたくさんあり、補遺集といった趣。ほとんど読んでいないか、読んだとしても忘れています。人生相談なんかもやってたんだ。その初回から「諸君もおれの回答を信じないほうがよい。だいたい人を信用するのがよくない。自分さえ信用していればよい。おれなどは自分自身でさえ信用していないのだ。」って開き直っているあたりが筒井流。


これでコレクション完結ですが、初出時のイラストの完全再現などのほか、編者の解説も行き届いており、大変充実したものになっていることは特筆できます。

posted by みっち | 21:10 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
筒井康隆コレクションVI

・『美藝公』

・『歌と饒舌の戦記』

・単行本&文庫未収録短篇

・単行本&文庫未収録エッセイ

 

筒井康隆・著、日下三蔵・編 出版芸術社

 

忘れたころにやってくる筒井康隆コレクション、全7巻中の第6巻。

 

『美藝公』(1981年)は、『旅のラゴス』(1986年)や『フェミニズム殺人事件』(1989年)などと並んで筒井の「ノスタルジック路線」ともいうべき系列に属する長編。刊行時に付いていた横尾忠則描く作中映画のオリジナル・ポスターも復刻されていて色鮮やかです。

 

人々がもう少し「二枚目」意識を持っていれば、世の中はもっとよくなる、というようなことを作者はエッセイに書いていたはずで、この物語はその延長線上にあります。「ユートピアSF」とも呼ばれており、SFっぽくなるのは物語の終盤、主人公たちがもし世の中がもっと違っていたらと語り合う、そのおぞましい世界こそが、まさに私たちの現実社会だという逆転的if世界になっています。ここに至る経過としてのユートピア世界の描かれ方がとても丁寧で説得力があり、さもあろう、いやそうでなければいけない。だのに、どうして現実は違ってしまったのか!と思わせる筆力に感心します。文中でとくに印象に残った言葉が二つあり、「観光資源ならある。―(中略)―しかし観光は輸出できない」、「社会的階級は役割、職業は役柄と考えてそれを楽しむ」というところでした。

 

『歌と饒舌の戦記』(1987年)は、読んだことがあるはずですが、断片的な記憶しかありませんでした。アメリカと密約を結んだソ連が北海道に侵攻してくるという、ふざけた、しかしもしかしたらと思わせる長編。いまならソ連ではなくアソコでしょうね。タイトルどおり、歌とおしゃべりをふんだんに盛り込みつつ、世界各地でドタバタ劇を繰り広げます。『美藝公』同様、アイデアだけでは書けない、相当綿密な取材や資料調べがあってこそ成立する物語です。作者自身も「おれ」として登場し、『イリヤ・ムウロメツ』(1995年)に関してキエフに行った体験にも触れられていて、へえーっ、そんなことがあったのかと。いま読んでもとても面白い。昔、「筒井康隆を電車で読んではいけない」というキャッチコピーがあり、車内で読むと思わず爆笑しそうになる、その典型的作品です。「タワリシチ」の連呼や「隣の美代ちゃん」には、思わずコーヒーを吹きそうになりました。しかし、これらのネタも含めて、わかる世代が限られてきていることは確か。

 

パート3の短篇では、「佐藤栄作とノーベル賞」がいろいろとヤバい。いわゆる「夢オチ」ですが、いまどき実名入りでこんなことを書ける人がいるのだろうか。ノーベル文学賞は毎年候補に上がる日本人がいるようですが、筒井康隆でいい気がしてきた(爆)。

 

パート4のエッセイでは、大阪万博ルポが懐かしい。みっちはほんの子供だったのでろくに覚えていません。新婚の叔父さん夫妻に連れられて万博に行ったのですが、それまで親から離れて遠くへ出かけるということがなかったので、親がついてこないと聞いて泣いた覚えだけはしっかりあるf^^;。人気パビリオンはどこも長蛇の列で、それでも三菱未来館は最初に行って見たのじゃなかったかと思うのですが、よく思い出せない。かろうじて、動く歩道はあったような気がします。あとは、アメリカ館の「月の石」とか、ソ連館のユニークな造形とか、そんな程度です。

posted by みっち | 00:30 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |