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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
北九州聖楽研究会『マタイ受難曲』演奏会

・バッハ:マタイ受難曲 BWV244(全曲)


指揮:小泉ひろし

福音史家:谷口洋介
イエス:田中俊太郎
ソプラノ:鈴木美登里、浜田侑里
カウンターテナー:上杉清仁
テノール:江川靖志
バス・ピラト:清水健太郎
児童合唱:ひびき少年少女合唱団
合唱:北九州聖楽研究会
合奏:アンサンブル・パルナス東京

 

2019年10月20日(日)、北九州ソレイユホール

 

「聖研」創立50周年記念ということで、大曲の演奏会。「マタイ」の実演に接するのは、たぶんこれが初めてです。ヨハネ受難曲は実演で聴いたような気がしますが、記憶があやふや。


二組の合唱とオケが舞台の左右に分かれ、中央にオルガンという配置でした。児童合唱は客席から向かって左前面、独唱陣は、エヴァンゲリストが指揮者の右、イエスが左。残りの独唱者はステージ右奥に控え、出番のときに舞台中央やや右側、合唱前に置かれた壇に登るという形でした。第2部では、ヴィオラ・ダ・ガンバが独奏楽器として独唱壇の前のひときわ高い位置に登場し、児童合唱が引き上げたあとに独唱者が来たりという変化がありました。実演や映像でないと、こういうことはわかりません。
 

特殊な2部配置ですが、基本的に一方が演奏中はもう一方はお休みで、右と左で掛け合ってステレオ効果を発揮するようなところはほとんどありませんでした。それでも、左のオケと合唱が演奏中に右から「どこへ?」という合いの手が入ったりするところがあり、個人的にはもっとやってくれると面白いな、とf^^;。オルガンだけは休みがない仕様で、お疲れさまでした。全体には、柔らかい弾力を感じさせる演奏でした。約3時間という長丁場ですが、充実していて短く感じました。
 

オリジナル楽器のオケは、2部に分かれた関係で各パートは一人か二人。フラウト・トラヴェルソは曲によって立ったり座ったりしていましたが、視覚的な効果を狙ったもの? オーボエはオーボエ・ダモーレとオーボエ・ダ・カッチャ計3本の持ち替え。ダ・カッチャはブーメラン状に湾曲した角笛のような珍しい楽器で、主に不吉な場面でペコペコした独特な音色を効果的に聞かせました。ヴィオラ・ダ・ガンバは、サイズやf字孔など見た目はほぼチェロなんですが、弦の数が多く、弓は逆手で持って弾いていました。このため、チェロのほぼ逆のボウイングとなり、見ていると混乱しそう。付点リズムの刻み方がとても特徴的。音は柔らかくて優雅でした。有名な「憐れみ給え、わが神よ」のヴァイオリン・ソロも美しかった。
 

声楽では、まず独唱陣がみな素晴らしかった。とくにエヴァンゲリスト。重要な場面ではかなりドラマティックに振る舞いつつも、あくまで格調高くオペラっぽくならないところはさすが。イエスがまた若手の超イケメンだったのも印象的。どちらかというとバス独唱(こちらも立派でしたが)よりも暗めの声で、後半など歌っていないときにうつむいているんですが、舞台照明で照らされている顔の彫りが深く、眼窩に影ができる様子がいかにも悩み深いイエスでした。この人、ミュージカルとかやったら人気出そう、とか思っていたら、本当に出てた(爆)。カウンターテナーは、個人的に気持ち悪いと思ってしまうことが多いのですが、ここでは文句の付けようがありませんでした。あの声で「ゴルゴタ!」とやられると、不吉すぎて怖い。清純なソプラノのアリアで救われました。
 

合唱も入魂の歌唱だったと思います。コラールの味わい深さは素晴らしかった。年齢層はかなり高そうでしたが、全然問題なし。ソロを取った人の中で唯一偽証者(男)が弱くて聞こえなかったのが惜しい。児童合唱はほぼ女子でしたが、できれば男子を増やしてより突き抜けた感じが好み。とはいえ、この辺はいろいろ考えや編成事情があるでしょう。
 

全曲を通して聴いてあらためて感じたのは、イエスの弟子たちのポンコツぶりです(爆)。あと2日で別れだと告げられ、最後の晩餐を共にしながら、ゲッセマネでそろって居眠りし、一度は起こされながらまた眠りこけるというていたらく。その前の晩ゲームで徹夜でもしてたんじゃないかといいたくなる。これはもう、イエスでなくても苦悩するよね。そんな残念なというか、人間的なエピソードはほかにもあって、受難曲だけに賛美一辺倒でなく、むしろ人の弱さ、汚さ、醜さをしっかり描いているところはすごい。

posted by みっち | 20:46 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その5)

・ドヴォルザーク:交響曲第5番ヘ長調 作品76


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1972年10月
(クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより)


クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いています。今回は第5番。ボックスの11枚目で、第3番とのカップリング。


作曲は1875年。第4番の翌年です。この曲は1879年初演、1888年出版と、ドヴォルザークの初期交響曲としては比較的順調に世に出た方ですが、6番と7番が先に出版されていたため、当初は「第3番」とされていたそうです。
 

第1楽章、序奏なしで始まるクラリネットの牧歌的な主題は、これまでのワーグナー風な曲調からの脱皮を宣言しているかのよう。この旋律はフルートに引き継がれ、ドヴォルザークが得意とする木管楽器の扱いを味わうことができます。その後の、アクセントの効いた沸き立つような全合奏もいい。ヴァイオリンの第2主題は半音階的でワーグナー調ともいえますが、リズムと進行はシューマンの第1番「春」、フィナーレのコーダで繰り返される動機とよく似ています。もしかしたら、このころドヴォルザークはシューマンを研究したのではないでしょうか。クーベリックはこの楽章の提示部を繰り返していますが、これまでなかったと思うので、ということは、楽譜に繰り返し記号があるのはこの5番が初めてということ?
 

第2楽章は変奏曲風で、主部は人懐こさを感じさせるチェロの旋律。ボヘミア風といっていいのかな。中間部も主部と同じ素材の変奏によっているようです。この楽章からアタッカのようにしてほとんど休みなく第3楽章につながっているのが独特ですが、これもシューマンの「春」を参考にしたのかも。第3楽章は快活なスケルツォ。この二つの中間楽章は、メロディーがくっきりしたと同時にずいぶん簡潔になりました。
 

第4楽章は短調で開始され、その後長調となります。この短調→長調というシークエンスをひとまとまりとして、変奏しながら繰り返していくという形式。管弦楽の扱いは見事で、聴いていて楽しい。メロディーメーカーとしての創意もあるし、この曲に至って、ドヴォルザークはついにオリジナルの交響曲様式をつかんだのではないでしょうか。おめでとう、アントニンくん! 正直、第4番まではなかったことにしてもいいんじゃないかと(爆)。魅力的な出来からして、もっとポピュラーになってもいい曲だと思います。
 

演奏は、いつものベルリン・フィル品質。立派の一言です。ただ、もしかするとガッチリ鳴らし過ぎかも。この曲は、もっと素朴にいくスタイルも似つかわしそうなんですよね。ほかを聴いたことがないので、推測でしかありませんが。

posted by みっち | 22:20 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
クーベリック/ベルリン・フィルによるドヴォルザーク交響曲全集(その4)

・ドヴォルザーク:交響曲第4番ニ短調 作品13


ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 

録音:1972年10月
(クーベリック グラモフォン録音全集ボックスより)

 

クーベリックのグラモフォン録音全集から、ドヴォルザークの交響曲全集を聴いています。今回は第4番。ボックスの12枚目で、第7番とのカップリング。


実はこのドヴォルザーク交響曲全集、北九響定期演奏会で8番を演奏するので、本番前には8番まで聴くつもりでいたのですが、本番終わってもいまだ4番というていたらくです(ーー;)。というのも、ボックスの8枚目にあるベルクとマルティノンのヴァイオリン協奏曲を先にエントリしておこうと考えたのが失敗でした。とくにベルクは名曲とされているんですが、みっちは12音技法になじみがなく、さっぱりわからん。それでもなにか書こうとして繰り返し聴き、結局あきらめたという顛末がありまして、ドヴォルザークにかかる以前で手間取った次第。
 

閑話休題。第4番は1874年、第3番の翌年に書かれています。第4番の完成後に第3番が初演され、ドヴォルザークはようやく交響曲を世に出すことができたものの、第4番は第3楽章のみ初演されたにとどまり、全曲初演は1892年。出版はさらに遅れて1912年。というわけで、この曲も番号が与えられたのはずっと後で、それまではいまの第8番が「第4番」となっていました。ちなみに、ブルックナーの交響曲第4番がドヴォルザークと同じ年に発表されており、第3番もその前年ということで、ここにきて、ともにワーグナーの影響が大きい二人のペースが一致してきていることは興味深い。とはいえ、ドヴォルザークがブルックナーを聴いたかどうかはわかりません。


第1楽章はニ短調ですが、長調への傾斜が強く、悲壮感はそれほどありません。第2主題の和声はワーグナーっぽい。両者の対比は明瞭で、ドヴォルザークが書法をだんだんものにしてきている感じがします。展開部ではこの二つの主題を使っており、前半はなかなかですが、後半の再現部への移行は平凡でぬるい。再現部では第1主題のあとの推移が長くなっていますが、不自然でよけいな感じ。ちょっとまだ冗長さが残っています。


第2楽章は半音階で下がっていく旋律がいかにもワーグナー的。これは『タンホイザー』の世界ですね。しかし、この主題が金管合奏からヴァイオリン、そしてチェロへと受け継がれていく推移は美しい。中盤のオーボエも印象深い。緩徐楽章もいい雰囲気になってきていますが、最後に引っ張りすぎるあたりがまだ洗練が足りない。
 

第3楽章はアレグロ・フェローチェのスケルツォで、スケルツォらしいスケルツォ楽章は、これが初めてではないでしょうか。楽章の終わり近くにトリオ主題が短く再現するあたりは、「新世界」交響曲を先取りしています。ただ、そこそこ規模が大きいわりに主部も中間部も同じようなテンションで盛り上げるので、主部が再現してからは退屈します。
 

フィナーレは、ABABAB+コーダでいいのかな? リズミカルで活発な第1主題と涼し気な第2主題の対比がはっきりしており、わかりやすい。全体に3番よりも目立つ旋律が増え、さらにまとまりがよくなってきましたが、あともう半歩という感じか。

posted by みっち | 15:35 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
キック・アス

2010年のマシュー・ヴォーン監督作品。アメコミを原作としたスーパーヒーローものは食傷気味なんですが、マシュー・ヴォーンは福田雄一が「嫉妬しかない」というほどリスペクトしているらしい人なので、確かめてみないと、ということでブルーレイを購入しました。以下、ネタバレしています。


主人公は、特別な能力もない(後に痛みには強くなりますが)フツウの学生なのに、スーパーヒーローへの憧れと正義感だけで手作りコスチュームに身を包み、街のワルどもをやっつけようとして返り討ちに遭います。それだけならお話にならないのですが、たまたまとある犯罪組織の撲滅を目的として活動するビッグ・ダディとヒット・ガールのコンビと遭遇してしまったことから、本人の知らない間に間違えられて組織から狙われる身となり、という展開。どうする、キック・アス!f^^;。

 

結論からいえば、やっぱ面白いわ。なんといっても、11歳のクロエ・グレース・モレッツが演じるヒット・ガールが素晴らしい。いたいけな少女が、猛烈なアクションで悪者を殺しまくります。このためにR指定になっていますが、結果的にはアクションよりもヒットガールが罵るセリフの方がひどいということで物議を醸したようです。当方は英語よくわからないので問題なし(爆)。キックアスには悪いが、ヒットガールを見るための映画と言っても過言ではありません。それくらい魅力的。そうか、それで福田雄一は『コドモ警察』作ったわけか。


タイトルからしてふざけていますが(劇中でもニコラス・ケイジ扮するビッグダディが「キックアスじゃなくてアスキックだろ」とかツッコんでいます)、コメディー要素は冒頭からちりばめられていて、例えば人の殺し方が変すぎる。使われている音楽がまたおかしみを増幅させる選曲になっています。ラストバトルでのキックアス登場シーンは、伏線も効いていて痛快。いやしかし、こんなに人命を軽視した場面で笑っていいんだろうかとも思いながら抱腹してしまいました。

 

ラストバトルはきわめてスリリングなアクションですが、あえてツッコミを入れると、ヒットガールが敵ボスの手から拳銃を奪ってそのまま手にすれば終わっていましたよね。なぜか銃を床に飛ばしたまま放置したためにピンチを招くのですが、ビッグダディなら大いに叱るところでしょう。もちろん、そのあとのバズーカが面白いので、演出上やむを得ないともいえますが、キックアスはバズーカの取扱説明書までは読んでいないわけで、ここはちょっと苦しい。でも、クロエちゃんがかわいいから許す(爆)。

posted by みっち | 23:40 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
北九響第122回定期演奏会

・オネゲル:交響的運動第1番「パシフィック231」
・コダーイ:ハンガリー民謡「孔雀」による変奏曲
・ドヴォルザーク:交響曲第8番ト長調 作品88


田中一嘉指揮、北九州交響楽団
2019年10月6日(日)、リバーウォーク・北九州芸術劇場大ホール

 

北九響の定演が終了しました。みっちが入団して最初の演奏会が102回で、そのときの指揮者が同じ田中先生でした。あれからちょうど10年経ったわけですが、ここまで続けてこられたのは田中先生のおかげだと、つくづく思います。
 

当日は、市内で同刻にダン・タイ・ソンのピアノリサイタルがあったため、家族がそっちに行ったという団員もいてf^^;、いつもよりは少なめでしたが、それでも800を超える集客でした。本番とかぶってなければ、みっちもダン・タイ・ソン聴きたかった。
 

オネゲルは、あんまり受けませんでした。演奏自体は、これまでの練習を通じて本番がいちばん凄みがありました。立ち上がりはやや不安定でしたが、中盤からは重量級の音響で驀進しました。しかし、ふと観客席の方に目をやると、キョトンというか、反応してない感じ。怒涛の終結後、しばし気まずい沈黙がありました。おそらく、初めてこの曲を聴いた人が多かったためでしょう。アンケートにも「好きじゃない」というコメントがちらほらありました。まあ不協和音だらけですし、今回は弦楽器が70小節過ぎまでスル・ポンティチェロで弾くという指示がありまして、つまり駒そばできしるような音を出し続けていました。スルポンはパワーがいるため、体力も相当消耗しました。おかげで、打ち上げのときにすでに筋肉痛状態。まさに交響的運動(爆)。
 

コダーイは、比較的好評でした。「孔雀」の主題は日本的な5音音階で、これがずっとちりばめられていて聴きやすかったと思います。田中先生は、冒頭のモデラートをアダージョくらいのテンポとし、雄大さと叙情性を打ち出しておられました。中盤、ハープと木管のカデンツァ風な掛け合いはとても美しい。管楽器、素敵でしたねー。練習するうちに、比較的ポピュラーな『ハーリ・ヤーノシュ』よりもいい曲だと思うようになりました。とはいえ、テンポや表情の変化が激しい曲で、弦楽器はアルコとピッツィカートの素早い切り替えが必要だったりで大変でした。
 

休憩後のドボ8。冒頭のチェロは、練習でもつかまりまくった箇所ですが、本番でみっちは音程外したかも(爆)。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ! いやなんか、思いのほかすっと始まったので、事前のタメが十分でなかった気がします。ここでも管楽器が素晴らしかったです。とくにフルートにはしびれました。フィナーレのトランペットも颯爽として、うわあっ、と。どの曲も集中できて、あっという間に終わりました。アンコールはやはりドヴォルザークのスラヴ舞曲第8番。アンコールはだいたいドッカーンとなるので評判いいんですよね。博多在住の友人が聴きに来てくれて、彼がいうには、前プロからドヴォルザークを聴くと、わかりやすくて嬉しくなれたそうです。それが狙いのプログラム?
 

次回演奏会のご案内です。ぜひまたお越しください。
 

○北九州交響楽団第123回定期演奏会
2020年4月19日、北九州芸術劇場大ホール
指揮:水戸博之
・エルガー:チェロ協奏曲
・ブラームス:大学祝典序曲、交響曲第2番

posted by みっち | 22:34 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか

・『いかにしてアーサー王は日本で受容されサブカルチャー界に君臨したか 変容する中世騎士物語』


岡本広毅・小宮真樹子編 みずき書林

 

タイトルが長いので、「いかアサ」と呼ばれているらしい。表紙カバーの絵は3種類あり、描かれているのはアーサー王とグィネヴィア、ランスロット、ガウェインに分かれています。全部欲しいけど、中身は一緒だからなあf^^;。ここで迷って、購入にしばし時間がかかりましたが、結局ガウェインにしました。凝っているのはこれだけではなく、タイトルを含めた見出しやビアズリー風の装飾文字、彩色など、マロリー『アーサー王の死』を読んだ人ならニヤリとするに違いない装丁になっています。税抜2,800円は単行本としてはお高いですが、それだけの値打ちはあります。
 

内容はタイトルどおりで、中世ヨーロッパで広まった「アーサー王物語」が日本でどのように受容されてきたかという解説です。したがって、伝説やキャラクターそのものについては付随的にあるいはコラムネタとして語られることはあっても中心にはなっていません。構成としては、第1部「黎明期」として、夏目漱石の『薤露行』が採り上げられており、第2部が「サブカルチャーへの浸透」として、テレビアニメ『円卓の騎士物語 燃えろアーサー』や宝塚歌劇、Fateシリーズなど。第3部は「君臨とさらなる拡大」として、斉藤洋の『アーサー王の世界』やカズオ・イシグロ作品などが紹介されています。
 

『薤露行』は、漱石のイギリス留学の直接的な成果といえる短編小説で、同時に日本初の「アーサー王もの」の創作という歴史的な位置づけを持っています。「いかアサ」を読むまで、この作品を知らなかったのですが、これがきっかけとなって、先日ウィキペディアに薤露行の記事を書くことにつながりました。これだけでも価値ある1冊になりました。もちろん、それだけではありませんが。


アニメ『燃えろアーサー』は、リアルで見ていました。名前だけは知っていた「アーサー王」を、映像で楽しめると期待していた作品です。しかし、登場人物こそ伝説にちなんでいましたが、話はほとんどオリジナルで、続編になると、もはやアーサー王関係なくない?的な展開になってしまったのは残念でした。それでも、一応それらしい雰囲気というか片鱗は感じられた点で、当時の貴重な成果のひとつなのかな。
 

Fateシリーズは、愚息につきあって見ていたアニメで知りました。最初、なんでアーサーが女? モルドレッドも! さっぱり意味わからんと思いましたが、フランケンシュタインの怪物や切り裂きジャックまで少女キャラだったりするので、「自由だな、猫侍」(爆)という感じで受け入れました。ちなみに、こうした伝説上、歴史上、創作上のキャラクタたちが時代や物語の枠組みを超えて入り乱れるという発想は、山田風太郎の『魔界転生』がヒントになっているらしい。とはいえ風太郎作品の場合は、伝奇ものの体裁を取りつつ、むしろ歴史の制約を生かして「もしかしたらあったかも」と思わせるところに醍醐味が味わえたわけですが、Fateの場合は逆に「絶対ない」組み合わせをあえてやるところが面白さになっているようです。
 

そんなこんなで、アーサー王物語をひととおり知っていた方がより楽しめることは間違いありませんが、Fateシリーズなどでちょいとカジッただけの人でも、どこかに食いつけるポイントがちりばめてあります。「沼」に両足突っ込んだ人はもちろん、「沼」への入り口としても広く楽しめる本になっています。ヤバい。これが刺激になって、まだ読んでいなかった『ガウェイン卿と緑の騎士』を注文してしまった(爆)。

posted by みっち | 16:51 | 読書 | comments(0) | trackbacks(0) |
MAZDA3がやってきた

以前、試乗した感想をエントリしていたMAZDA3、買ってしまいました。9月はじめに納車され、1ヶ月点検を受けたところ。CX-3には4年乗りましたが、SUVはもういいかな。グレードは、セダンの1.8Dプロアクティヴ・ツーリングセレクションで、色は赤。レザーシートのLパッケージにしなかったのは、タイヤのホイールサイズを標準の18インチから16インチに変更するためでした。ファブリックシートの出来がよく、ウィンドウガラスの仕様など、他にもいくつか利点がありました。タイヤのインチダウンは、試乗時に感じた後ろの突き上げを緩和する狙いで、セダンだし、乗り心地を重視しました。


運転席に座ると、Aピラーの傾斜が大きい割には視界は良好です。ただし、サンバイザーが頭のすぐ近くまできており、何かの拍子に触ってしまう確率は高い。シートやハンドル位置は細かい調整が可能で、ベストポジションまで詰めたいところです。シートの背中の当たり具合が好ましい。サイドブレーキは電動化され、ホールド機能が付いたのは便利。停車中にブレーキから足を離せます。外装デザインとともにインテリアがいっそう洗練されました。肘掛けを兼ねたコンソールボックスは大容量で、メーター周りからサイドにかけて、品のいい内装がグッドです。
 

後部座席はそれほど広くありません。とはいえ、CX-3と比較すれば問題なし。みっち固有の問題として、チェロケースの収納がありますが、後部座席に積めることを確認済みです。とはいえ車高が低いため、けっこうギリギリでした。トランクはかなりの容量で、座席シートを倒すと、見た目以上の広大な空間となります。驚いたのは、トランクの広さもですが、蓋を全開したときに上端が低く、掘り込み車庫の天井に当たらないこと。いままで、車庫の外で荷物を出し入れしていたんですよ、雨が降っても。それがいまや開け放題(爆)。
 

1.8ディーゼルは、このクルマには能力的に不足という評価が巷に多いようですが、個人的には十分余裕です。CX-3の1.5Dからの乗り換えだからそう思えるのかもしれませんが。CX-3では、シフトチェンジのクセがはっきりしていて、40km/hくらいからトルクが盛り上がって65km/hでトップに入ることがわかっていました。このため、65キロを維持して走りたい気分になっていたのですが、今回はトップはより高い速度のようで、回り方もきわめて滑らかです。出だしは速くありませんが、競争するわけじゃないし。CX-3で感じていたカーブの立ち上がりからのレスポンスの悪さも解消されています。ハンドリングはさすがのマツダで、街乗りでも上質ですが、おそらく本領を発揮するのは高速道路でしょう。ブレーキは、踏み込みが浅いときにあまり効かない設定になっており、以前の感覚で踏んでいたら、一度緊急自動ブレーキが作動してびっくりf^^;。平均燃費は現在約16km/L。CX-3は17km/Lでした。高速道路を走っていないため、もう少し伸びるかも。
 

オーディオは、試乗時にノーマルとBOSE両方を試しましたが、BOSEのウーハーがうるさかったのでノーマルにしました。CX-3ではダイヤトーンのスピーカーをオプションで選びましたが、今回はその選択肢がありません。比較すると、音質そのものはダイヤトーンが上質でした。しかしMAZDA3は使用ユニットが多く、配置もより適切になっているためか、情報量で上回っています。ノーマル水準としてはきわめて優秀でしょう。室内も静かなので十分楽しめます。市販のユニットは使えないのかな? デッドニングも対策してあるようなので、これ以上手を加えられるかどうかはわかりません。このほか、警笛が「フォーン」的なかっこいい音になりました。CX-3は「(あっかん)べー」な感じだったから(爆)。安全装備やウィンカーなどの警告音・作動音も品のいい方向で整えられています。
 

コネクティッド機能については正式リリースが遅れ、1ヶ月点検時にようやく登録・接続手続きとなりました。緊急時にSOSコールを送ったり、キーをロックせずに外に出ると、しばらくしてスマホにお知らせが来たり、スマホでロックをかけたりできるようになりました。日ごろ使うかといわれれば、現状いらない感じもしますが、今後サービスが向上するんじゃないかな。

posted by みっち | 20:55 | 乗り物 | comments(0) | trackbacks(0) |
セクスィー大臣のポエム

NHKの「サラリーマンNEO」という番組を、子供とよく見ていました。この中の名物コーナーに「セクスィー部長」シリーズがあり、沢村一樹がフェロモンを振りまきながら舞っていたものでした。部長よりも大物のセクスィー常務なんかも登場して、子供と二人で腹を抱えていたわけですが、いまやセクスィー大臣がリアルにいる時代となりました。もちろんこれ、セクシーじゃなくてセクスィーが正しいんですよね。


しかもこの大臣、セクスィーだけではなくて、こんなポエムまでものにしています。


「今のままではいけないと思います。だからこそ、日本は今のままではいけないと思っている」。
 

これって、アレですよね。いつかエントリした、あたりまえポエム? だけどね、あたりまえポエムは、もうちょっとできが良い。例えば、こんな感じ。


「君がうれしいと あなたもうれしい」
「君の名前を聞くと 真っ先に君の顔が思い浮かぶよ」
「夕日が沈むと なぜだか暗くなるんだ」

 

セクスィー大臣のは、ポエムにまで達していないでしょう。ただの重言というか、トートロジー。そういえば、大臣のお父さんにも似たような迷言が残っています。


「フセイン大統領が見つかっていないからフセインが存在しなかったと言えるのか」
 

この親にして、この子ありか。安倍首相だって、人のこと笑ってはいられません。こともあろうに天皇皇后両陛下に向かって「末永くお健やかであらせられますことを願っていません」と読んだとか読まないとか。切腹ものだろ。三谷幸喜の『記憶にございません!』が全然笑えない、最大の理由かもしれません。

posted by みっち | 00:31 | お気楽妄想系 | comments(0) | trackbacks(0) |
中村太地ヴァイオリン・リサイタル

・バッハ:ヴァイオリンとハープシコードのためのソナタ第4番ハ短調 BWV1017
・ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第9番イ長調 作品47「クロイツェル」
・ブラームス:ヴァイオリンソナタ第1番ト長調 作品78「雨の歌」


ヴァイオリン:中村太地、ピアノ:江口玲
2019年9月23日(月)、北九州市立響ホール

 

土日が北九響の指揮トレで、中村太地くん本人が練習会場にやってきて宣伝したのがこのリサイタルでした。ピアニストの江口さんと合わせていたら、たまたま北九響の練習と同じになったらしい。急遽チケットを押さえてもらって、響ホールに向かいました。
 

「3大Bプロジェクト」と銘打ってあり、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスのソナタが1曲ずつというプログラム構成。地元響ホールのあとは、東京のサントリーホール(9/29)と大阪のザ・シンフォニーホール(10/5)でも同一プログラムでリサイタルが予定されています。この7月にはブラームスのヴァイオリンソナタ全集のCDをリリースしており、いよいよ本格的な活動が始まったようです。太地くん、がんばって!
 

演奏前、ステマネがステージの床になにかセットしていったので、注目していたのですが、今回、ヴァイオリンもピアノも紙の楽譜を使わず、タブレットに譜面を表示させて演奏していました。床に置いたのは、譜めくり用のコントローラーで、足で踏んで操作していました。演奏会もいよいよペーパーレス化が進んできていますf^^;。でも、ピアノ譜はあれで読めるのだろうか? 譜めくりもしてなかったぽいし、まだなにか工夫がありそう。
 

バッハは始まってすぐ、おお、これって、『マタイ受難曲』のアリア Erbarme dich とほぼ同じじゃん、と気が付きました。こっちが元型らしい。しっとりした演奏。古楽器風ではなくて、ヴィブラートをかけるところはしっかりと利かせていました。こういうバッハもいいですよね。
 

クロイツェルソナタは、重音を軽々と、しかしたっぷり鳴らしていたのが印象的。これだけですごい説得力。演奏は落ち着いた風情で、ピアノと丁々発止の掛け合いという感じではありませんでしたが、アンサンブルという点ではとてもよかった。
 

ブラームスは、出だしから引き込まれました。フレージングは独特で、たっぷりしていながら細かいところまで神経が行き届いています。その後の推移では、最初は弓を小さく、繰り返しでは大きく歌わせて、どんどん空気を吸って胸が膨らむような表出が素晴らしい。第1楽章は一筆書きのような流れで一気に弾ききりました。第2楽章では、緊張感を保ったままピアノとともに深い陰影を漂わせます。第3楽章は渋く始まり、後半に向けて次第に感興が高まっていく設計で、ラストで第1楽章をかすかに回想するところでは、ちょっと泣きそうに。北九響とのコンチェルトでも感じたことだけど、ブラームスに関しては研究済みというか、もう自己のスタイルを確立している感じがします。
 

アンコールはクライスラーの「愛の悲しみ」、「美しきロスマリン」、「愛の喜び」3曲を連続演奏。これがまたよかった。これらの小品は余技みたいなものかもしれませんが、とても素晴らしく、もはや老練さすら感じました。きっと東京・大阪でも評判になるのでは? 前途洋々の出発に、心からエールを送りたい。

posted by みっち | 22:08 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
記憶にございません!

3連休の月曜日に観てきました。三谷幸喜作品はこれまで、テレビの『王様のレストラン』や『真田丸』、映画の『ラヂオの時間』や『清須会議』など、楽しんでいたのですが、今回のは残念でした。以下、ネタバレあります。


そもそもの話、中井貴一は『陰陽師II』とか『どろろ』などで見て、よくなかった。キワモノしか観てないだろ、というツッコミもあるでしょうが、彼が主役の『壬生義士伝』や『柘榴坂の仇討』なども一応テレビで観ています。でも印象は変わらない。消化不良というか、なにか振り切れていない。もちろん抑えて光る演技というものもあるとは思うのですが、なにかこう、もっと突き抜けたものがあっていいんじゃない? この点、当て書きで知られる三谷幸喜なら、いままで見たことのないような中井貴一が見られるのでは? というか、テレビの予告映像で怒鳴っている中井貴一は、いままで見たことのないハジケっぷりじゃないですか。これなら、という期待を胸に劇場へと赴いたのでした。
 

しかし、そのハジケっぷりは、予告映像で公開されているシーンだけでした(爆)。映画自体も、多彩な出演者やおなじみの面々も含めて盛り上げようとしてはいるのですが、笑えない。場内では笑っている人もいたので、一般的な評価としては面白いのかもしれません。しかしねえ、いまどき日本の閣僚やそれに絡んだスキャンダルなど、本物の方が映画よりよっぽどひどいし笑えるから。リアルに勝てていないでしょう。それでも、記憶をなくした主人公の首相が、あたふたしながらスケジュールをこなしていく前半はまだ生暖かい目で見てられたのですが、アメリカの大統領が日本語ペラペラというか、そのまま日本人の女性として登場してくるあたりからは、茶番が過ぎて白けました。
 

後半の焦点となる官房長官との闘争も緊迫感なし。ここでは、ダメ元でもすべてを打ち明けて協力してくれるよう説得する場面が必要だったのでは? それでも応じないなら覚悟を決めて袂を分かつことに必然性が出ます。中井貴一に見たかったのは、そういう全身全霊を捧げて事に当たる姿だったんですが。草刈正雄との対決は、最大の見所になったはず。けど、脚本はそこから逃げた。自分の妻には真摯な気持ちをぶつけることができたのに、官房長官にはできなかったことになります。好みのタイプじゃなかった? まあ、官房長官の指示により雇われたスナイパーが川平慈英で、武器が銃でなくスリングだったのはちょっとクスっとなりましたが。
 

よかったところは、元小学校教諭役の山口崇が素晴らしい貫禄だったこと。最近姿を見る機会がなかったので、元気そうでうれしい。あと注目は、有働アナのケバケバメイク。ですが、これも予告映像でバレている上、セリフ自体は彼女のエッセイほど面白くないのでf^^;。そんなこんなで、採点するなら100点満点中30点。もしかすると、面白くない理由はこっちにあって、福田雄一では笑えても、もはや三谷幸喜では笑えないカラダになってしまったのかもしれません。

posted by みっち | 22:02 | たまに観る映画 | comments(2) | trackbacks(0) |