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三國志13pk(その5):賈詡で軍師プレイ

pkシナリオ「小覇王の勇躍」(195年)の賈詡で4回目のプレイ。前回のシナリオ「群雄割拠」から半年くらいしか経っておらず、孫策が勢力を伸ばしつつある状況。賈詡は三國志を代表する謀略の士です。長安で董卓が殺されたとき、李傕と郭椶鉾人陲鬚修修里して呂布と王允を追い落としたのが彼。その後も張繍の軍師として一度は曹操を罠にはめ、官渡の戦いでは一転して不利とみられた曹操陣営に付くことを進言し、乱世を生き抜きました。そのステータスは当然知力の高い軍師タイプですが、統率と政治も高く、戦闘も内政もこなせる万能型。

 

弘農で君主・張済の配下武将としてスタートしますが、始まってまもなく張済は病死し、張繍が後を継ぎます。曹操が天子を保護するイベントが起こると、張繍とともに宛に移ります。各勢力の狭間になりそうな宛よりも長安を狙える弘農の方が好位置だったのですが、イベントで曹操が洛陽を取ってしまうため、弘農にはもう戻れません。父親を殺されて逆上した曹操が徐州を攻めるイベントがつづきます。徐州で呂布、劉備、袁術も絡んだ戦乱が起こっている間、張繍は南の空白地、新野を取ります。ここからが問題。

 

今後の戦略としては、空白地の上庸から長安をめざす西側進出が本ルート、次善として襄陽の劉表を攻める南ルートがあります。宛で開かれた評定で進言しますが、張繍は東の汝南進出を決めます。寿春で皇帝を名乗った袁術を攻めたいらしい。汝南を取るのは、虎の尾を踏みに行くようなものですぞ。しかし、どうもまだ軍師として信頼されてないっぽい。仕方がないので、こちらはこちらで別途襄陽攻めを提案。いまさら西をめざすのは、汝南、宛から領地が細長くなって敵を増やすばかり。東から脅威が迫ったときの保険としては、荊州しかなさそう。これは認められました。

 

劉表軍は兵数こそいますが、黄忠と魏延以外に手強い武将はいません。予定どおり襄陽を制圧し、そのまま南下して江陵から荊南を攻略、劉表を江夏に追いつめました。案の定、曹操から宛に攻め込まれますが、これは撃退。しかし直後に劉備が攻めてきて、勇将ぞろいの軍団に勝てず、汝南を取られてしまいました。わが君、いわぬことではありませんぞ。その上、今度は孫策亡き後の孫権が10万の大軍で長江をさかのぼって江陵に攻め込んできました。なんでこう次々と……。それにしても、孫権が江夏を素通りして江陵まで来るのはおかしい。どうやら、敵同士のはずの劉表と孫権が停戦していたみたい。抜かったわf^^;。

 

江陵を取られると荊南が切り離されてしまうため、なんとか守りたいところでしたが、圧倒的な軍勢に大苦戦。もうダメだとほとんどあきらめたんですが、かろうじて防ぎました。残っていたのは賈詡が率いる弓隊が兵数わずか10。よくぞまあというギリギリのところでした。余力はなく、劉備が攻めてきたらこのまま滅亡か、というところでイベント発生。「官渡の戦い」の勃発によって、なんと劉備が所領をすべてなくして袁紹軍に逃亡する結果に! 曹操も袁紹との大決戦に全力投入、というわけで、とりあえず窮地を脱しました。わははは、計算どおりじゃ(爆)。まずは、劉表にとどめを刺します。するとまたまたイベント発生。劉備が袁紹のところから出て「関羽の千里行」となり汝南で合流、再び独立しました。しかも、同じ汝南でも前よりショボくなってるf^^;。これも計算どおりじゃ、いただきまーす(爆)。というわけで劉備滅亡。関羽・張飛を味方にできたものの、劉備と趙雲は孫権の元に行ってしまい、結局この二人は最後まで降ってくれませんでした(ーー;)。

 

張繍からは都督に任命され、襄陽以南の所領を預かることになりました。官渡の戦いイベントはさらにつづき、曹操勝利で決着します。劉備と劉表は消えたものの、相変わらず回りは敵だらけ。ここで史実に則り曹操との同盟を提案します。自分で交渉するならということで認められ、単身鄴へ。陳羣との舌戦に勝利し、曹操と3年間の同盟を取り付けました。精鋭を率いて揚州に出陣、孫権に倍返しだ(爆)。途中、劉璋が江陵にちょっかいを出してきますが、馬超が南下して漢中の張魯を滅ぼし、さらに益州に攻め入ってきてそれどころじゃなくなったらしい。孫権は曹操からも攻められて衰微。最後に呉を落として滅ぼしたころには、劉璋も馬超に滅ぼされました。

 

この時点で、中華は河北の袁紹領を引き継いだ高幹、司隷・河南の曹操、豫州の一部・荊州・揚州の張繍、涼州・益州の馬超、交州の士燮の5者となりました。張繍の領地を二分し、東側を張繍直轄、西側を賈詡の管轄とします。3年の同盟期間が終わったので、張繍には対曹操を任せ、こちらは馬超との決戦というわけです。張繍軍が許昌を落としたことで天子を奉じることとなり、その後はとんとん拍子に昇進、最後は禅譲イベントが発生しました。

 

賈詡軍は上庸から漢中に攻め込み、西進して馬超領を南北に分断します。その後は長安、弘農、洛陽と東を攻めてもう一度曹操軍を叩いておき、きびすを返して涼州を攻めました。北を平定すると再出陣して益州へ。馬超滅亡後は、河北の高幹が洛陽方面に進出しようとしてきたのでこれを撃退し、張繍軍が曹操を攻めるのと並行して賈詡軍は河北に侵攻します。ここからはローラー作戦。最後に交州を攻略してエンディングとなりました。


(以下、感想など)
今回は、大ピンチのところをイベントに救われました。イベントは立場によってプラスにもマイナスにも働きますね。

 

評定で支持を得られるようになるのは、同志を増やしたりしたかなり後になるみたい。とくに外交は、武官では思うようにコントロールできず、文官プレイのキモになっている感じ。同盟交渉は舌戦になりますが、主人公の名声が高いと口利きしてくれる武将がいたり、折衝などの段階を踏むと成功率が高まるようです。軍師系よりも官吏系の威名に外交に有効なものがあります。舌戦勝利数が高レベル威名の条件になっているので、意識的に舌戦を増やした方がいい。なお、各国の外交関係は、ひとつひとつ見に行かないとわからないのがちょっと不便。同盟を結んだり期間が終了したときに、部下が知らせてくれるようになるといいと思います。

 

賈詡の威名は当初が「策士」で軍師系。曹操との外交局面では官吏系に切り替えました。その後は軍師系の「巨魁」になりました。「巨魁」は同志を30人以上作る必要がありますが、それだけ手間を掛ける価値のある非常に強力な威名です。すごいのは采配戦闘で「敵兵収奪」戦術が使えること。これ、有効時間内に敵部隊を攻撃すると、敵兵を自部隊に吸収してしまうという技で、うまく使えば戦闘前より戦闘後の方が兵が多いっていう(爆)。しかも編成時の上限を超えて、一部隊に付き最大3万まで増えます。具体的な使い方としては、例えば、野戦なら敵とぶつかりそうな戦場の中間付近にセットしてその辺で戦う、攻城戦の場合は城門のやや近くにセットし、城門を破壊できたらいったん戦術配置箇所に戻り、戦術開始して突入する、といった具合です。「巨魁」が使える戦術にはもうひとつ「大医療陣」もあり、こちらも傷兵を回復するという通常ならきわめて有効な戦術なんですが、回復はしても増加まではしませんから、もはや不要。

 

プレイも4回目なので、戦い方もかなり分かってきました。兵数よりも士気が大事で、部隊を率いる武将の能力も重要です。戦術は武将固有のものと威名に付随するものがあるようで、特定の戦術を使いたいなら、それを持つ武将を連れて行く必要があります。これらの組み合わせと、部隊配置による挟撃効果により、少数でも多数を破ることができる逆転の爽快さがあります。ただ、敵都市の兵数が多いとき、同じ武将が何度も部隊を率いて向かってくるパターンになることがあり、勝っても勝っても都市制圧できず、うんざりさせされる場合があります。敵将を捕虜にする確率がもう少し上がるといいんじゃないでしょうか。

 

今回、2人と結婚してそれぞれ2人ずつの子供が生まれたのですが、12歳になっても武将として登場しなかったような気がします。上記の戦術効果もあり一度出陣すると長期遠征になることが多かったので、遠征中だと子供が成人しないバグとかがあるのかも。

posted by みっち | 21:21 | お気楽妄想系 | comments(0) | trackbacks(0) |
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