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クルマは自動運転でいいの?

“高齢者こそギリギリまで運転を 「マツダ流」の真意”というNIKKEI STYLEのトピックを読んで、このごろの自動運転化の流れに感じていた引っかかりの原因がわかったような気がしました。最近のクルマはスマート化あるいは家電製品化の方向性が著しいように思いますが、一方でメカとして運転者がいかに操るかを追求する思想もあって、この立場に立つマツダが打ち出しているのが、運転を任せるのでなく、いざというときに救ってくれる「コ・パイロット(副操縦士)」というコンセプトだそうです。

 

トピックに紹介されていますが、アクセルペダルとブレーキペダルを踏み間違えるというのは、実は高齢者に限った話ではないようです。以前のエントリでも高齢者の事故に関する政府広報にツッコミしたことがありますが、マスメディアを含め、高齢者は危ない→免許返上させろ、という一面的な誘導が背景にあるように感じます。ペダルの踏み間違えは、本来高齢化の問題というよりもクラッチのないオートマ車特有のリスクでしょう。あまり指摘する人がいないのは、これを言ったところで、いまさらオートマやめてマニュアル車に戻れ、という話にもならなそうだから。人間、楽することを覚えると、なかなか元には戻れません。だからといって、手も足も目も離して「やっちゃえ」無責任でいいのか、という違和感がありました。

 

危ないから取り除く、止めさせるという対応は、運転以外でも例えばバリアフリーなんかもそう。これが高齢者のために本当にいいのか悪いのか、両面ありそうです。日ごろの生活で適度なバリアがあった方がむしろ元気に暮らせるという考え方もあります。実際、クルマの運転操作もボケ防止にはいいんじゃないでしょうか。もちろん、バリアフリーの場合は高齢者対策というよりも公共施設などでの障害者利用の促進といった側面もあるので、すべて否定したいわけではありません。クルマの運転も、公共利用とパーソナルユースでは考え方が異なって当然なのではないでしょうか。

 

だれしもいずれが年を取るわけで、そうなったときに安全に運転を楽しめる未来がやってきた方がいいと思うし、期待したい。マツダCX-3に乗っていて、この間ニ度ほど追突のピンチを自動ブレーキに救われており、実感としてもありがたい。というか、頼むから免許取り上げないで(爆)。

 

 

posted by みっち | 13:04 | お気楽妄想系 | comments(0) | trackbacks(0) |
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