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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
信長の野望・創造「戦国立志伝」(その5)
シナリオ「織徳同盟」の尼子家家臣・山中鹿之助でプレイしました。「我に七難八苦を与えたまえ」で知られる、悲運の戦国武将です。実は、この後のシナリオで山名家家臣として始めたことがあったのですが、お家再興の望みをかけて支えるはずの尼子勝久があろうことか毛利の武将として攻めてきて萎えたこと、アップデートに伴う不具合続出にも見舞われたことで、あらためて尼子滅亡前のシナリオで出直しました。以降も、尼子勝久だけは寄騎でも配下でも可能な限りキープするというシバリでいきました。

軍団長まで
鹿之助のステータスは、武力が優秀、統率・知力がそこそこ。政治が低いため、領地の開発ペースが遅いのが難点です。戦法「三日月」は、鹿之助のトレードマーク。防御を犠牲にして攻撃力を増すという効果は、真田幸村の「六文銭」と同じタイプです。野戦よりも防御面の心配が要らない籠城戦向きかも。

領地に専念している間に、4つあった尼子家の城は次々に毛利に奪われ、ただひとつ残った八橋城にも敵が迫ってきました。お家は滅亡寸前。このころにやっと鹿之助の領地内政がほぼ完了し、6,000程度の兵を率いることができるようになりました。籠城戦で毛利勢を撃退し、任務で羽衣石城を落とすと、同城主に昇格しました。ふつうは先に城代になりますが、任される城がなかったf^^;。その後も毛利の攻勢が続き、羽衣石城の守りを固めて籠城戦で凌ぐこと数度、その間に軍団長になり、逆襲に転じられたのは10年以上経ってからのことでした。

毛利との戦い
羽衣石城を開発すると、領地分を合わせて2万ぐらいの兵力になります。当面毛利に対しては防衛に徹し、まずは備前の浦上氏を攻略します。岡山城の宇喜多直家を調略して謀反を起こさせ、浦上氏を滅ぼしてその家臣団を吸収。次いで毛利に従属していた備中の三村氏を攻めてこれも吸収。鳥取城の山名氏を滅ぼしたころには、東側は織田信長の軍勢が迫ってきていました。毛利からは何度か攻め込まれましたが、備中高松城や備中松山城のように耐久の高い城を利用して籠城戦で退け、羽衣石城の大兵力で逆襲というパターンで少しずつ城を取り戻し、出雲の月山富田城の奪回に成功しました。

この時点で、国力ではまだ毛利が上です。まともにぶつかると消耗は避けられません。大名なら東の織田に同盟軍を要請したいところですが、軍団長はそれができない。とにかく東から攻められないよう織田との同盟維持だけ図って、毛利に対しては籠城戦からのカウンターアタック戦法。この結果、備後と石見からもほぼ毛利を追い払い、ついに勢力でも毛利を上回ることに成功しました。

ここからは怒濤の攻勢をしかけますが、追いつめられた毛利は九州を平定した島津と同盟を結んで援軍を要請。このため、徳山城の包囲中に島津に長門・櫛崎城を落とされ、最後までハラハラさせられました。しかし、ついに宿敵・毛利を下すことに成功。プレイ開始からここまで25年が経過していました。

(以下、感想)
このゲームの元になった「創造」はプレイしていませんが、単純に国力(人口)・兵力差がものをいうようで、敗戦続きの大名が残り一城の状態から逆転するのは、おそらく無理なんじゃないかと思います。「戦国立志伝」でこれが可能になったのには、いくつか理由があります。

1. 領地による兵力増強
家臣プレイからの場合はプレイヤーの領地の兵力が上積みされるため、通常より大兵力を率いることができます。

2. 任務による攻城戦の特殊性
プレイヤー武将が城主までの間、大名からは任務を与えられますが、その仕上げとして目標の城を攻略することになります。この場合、目標の城の兵力や耐久が減ったり、敵方の国人衆が出兵できないなどの条件が設定されるので、ふつうに攻めるより有利になっています。

3. 籠城戦からのカウンターが有効
攻城戦とは逆に、プレイヤー武将が守備側に回った場合の籠城戦は、守る側がかなり有利です。門を破壊するまでの間、攻城側は守備隊や櫓からの攻撃にさらされ続けます。城の耐久が高ければ、1万程度の敵でも倒せます。したがって、相手に攻め込ませて籠城戦で殲滅し、温存していた部隊で逆襲というカウンターアタック戦法が有効です。なお、出陣武将の知力に差がある場合は「奇襲」となって、奇襲を受けた部隊が混乱し、背後から一方的に攻撃を受ける場合があります。

4. 昇格時ボーナスもある
以上に加えて、昇格時に限ってのボーナスがあります。城主や軍団長になったとき、居城と領地の兵力を合わせて上限まで回復します。RPGでレベルアップしたときにHPが全快するのと同じ。例えば昇格前に自分の部隊が壊滅したとしても、その前にできるだけ敵にダメージを与えておけば、翌月昇格でフル兵力で復活するというわけです。最初バグかと思ったけど、どうやら仕様らしい。したがって、勲功が3,000と6,000になりそうなときは思い切って打って出るべし。

5. 要望
武将ごとの戦法や特性があらかじめ決まっていますが、欲を言えば、これを友好武将との交際や修行によって独自に選んで身につけられるようになる(友好度100で戦法や特性を交換・授与できるとか)と、ぐんと面白さが増すと思います。また現状、寝返りは大名家からの手紙が届きますが、謀反については誰ともしれない家臣が勧めてくるのが興醒めです。これを親族や友好武将と相談して一族もろともとか徒党を組んで実行できるようにすれば、ドラマ性ができてさらに楽しめると思います。せっかくの武将のつながりですから、こういうところで活かせるようにしてほしい。
posted by みっち | 21:37 | お気楽妄想系 | comments(0) | trackbacks(0) |
冨田勲の『バミューダ・トライアングル』
1. 銀色の光を発しながら下降する丸い宇宙船:UFOの飛来と謎の電波(冨田)
2. 強力磁波:「ロメオとジュリエット」組曲第2番:モンタギュー家とキャピュレット家(プロコフィエフ)
3. 次元の異なった世界:悲しきワルツ(シベリウス)
4. バミューダの海底に沈む巨大なピラミッドと古代人たち:スキタイ組曲:ヴェレスとアラの崇拝(プロコフィエフ)
5. 蛍光色に光る宇宙服を着たヴィーナス:UFO再来(冨田)〜未知との遭遇(J・ウィリアムズ)
6. 地底王国アガルダで遊ぶ子供たち:交響曲第5番:第2楽章(プロコフィエフ)〜ブリッジ:未知との遭遇(J・ウィリアムズ)
7. 地球という空洞の器:どろろ(冨田)
8. ヴィーナスの唄:ヴァイオリン協奏曲第1番:第1楽章(プロコフィエフ)
9. バミューダの夜明け:交響曲第6番:第1楽章(プロコフィエフ)、謎の電波:コンピューター・データ信号(冨田)
10. シベリアのツングースに激突したことのあるまばゆく光る円筒形の物体:交響曲第6番:第1楽章(プロコフィエフ)
11. 古代人の奏するハープそしてヴィーナスと宇宙の子供たちの未来への唄:ヴァイオリン協奏曲第1番:第3楽章(プロコフィエフ)
12. 牛飼い座1448星雲団への幻想飛行:UFO去る(冨田)〜スキタイ組曲:ヴェレスとアラの崇拝(プロコフィエフ)〜悲しきワルツ(シベリウス)〜ヴォコーダー(冨田)


先日亡くなった冨田勲のCDを聴こうと、ポチったのがこの1枚。1978年の作品で、シンセサイザーを使ったアルバムとしては第6作、「宇宙3部作」としては3作目に当たります。当時、みっちは『惑星』(4作目)までは聴いていましたが、その後は追っていませんでした。今回、9作目の『ドーン・コーラス』とどっちにしようか迷った挙げ句、こっちを選んだのは、いかにも怪しげなタイトルに加えて、なじみの薄いプロコフィエフがメインということからf^^;。

最初、車のオーディオで聴いたのですが、よく聞き取れない。次にわが家のリビングにあるサブシステムで聴いても、いまひとつパッとしません。最後に2階のメインシステムで聴いて、ようやく全体像がつかめた感じ。これはかなり再生装置を選びますね。しかもボリュームを上げてしっかり聴かないと、もやもやした印象のまま終わってしまう可能性があります。これは、使われている曲が、みっちのなじみのないプロコ主体であることと、同時に冨田のサウンド作りがこのころになると一筋縄でいかなくなってきていて、やや凝り過ぎのところもあるのじゃなかろうかと思います。少なくともBGM的に楽しめるものではない。

各曲は連続していて、嵐の中をUFOが飛来してきて着陸する様子から、再び飛び立つまで、全曲54分間にわたって次々と不思議な世界が万華鏡のように展開されていきます。冨田勲はシンセサイザーで音のパレット作りから音像、エフェクト、表情付けまで全部一人でやっているわけで、よくここまで豊かにできるものだと驚くばかりなのですが、これだけ電子音を連続して聞かされると、口直しにアコースティックな音楽を聴きたくなってしまいました。5曲目の「未知との遭遇」では、シリーズ第1作の『月の光』からドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」が使われていて、「あったあった、これ」と、実はここがいちばん親しみやすかったという……f^^;。

というわけで、やっぱり元の曲をよく知らないと、楽しみ方が半減してしまうことを思い知らされました。やっぱりみっちとプロコの相性は悪いのかな? でも、もしこれが『ピーターと狼』と『キージェ中尉』だったら面白かった気がする(爆)。また、「ピラミッドサウンド」と銘打たれていますが、高さ方向の定位までは認識できませんでした。
posted by みっち | 21:30 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
パンク
朝、今週の天気予報を見て火曜日からは雨模様と知り、急遽自転車で出勤することにしました。いつものようにタイヤに空気を入れようとすると、なぜか後輪の空気が抜けています。「ネジ緩めっぱなしにしてたかな」とか思いながら、空気を入れ直すと走れそうだったので、そのまま出発。しかし、門司港レトロまで来たときに後ろから変な音がし始めました。見るとやっぱり空気が抜けている。最初からパンクって気づけよ、自分(ーー;)。

このまま乗っていくわけにもいかないし、かといって帰るにも遠すぎる。そこで、門司港から渡船で唐戸にわたり、とりあえずグランドホテル近くに自転車を置いて、バスで職場に向かいました。いま思えば、空気がすぐに抜けてしまうわけではなく、携帯用空気入れも積んでいたのでだましだまし乗っていく手もあったかな。ただ、パンクしたの初めてで、その空気入れを使ったことがない。なんで買ったのかな〜(爆)。

その後あらためて出直し、カモンワーフの自転車屋さん「サイクルピット240」海峡店に自転車を預けて修理を頼みました。ついでに、復活して1年以上走ったので、動かなくなったサイクルコンピュータやチェーン交換などメンテナンスもしてもらいました。仕事の帰りに引き取ると、おお、やっぱ走りが軽いわ。

というわけで、本日の出費:渡船代400円、自転車乗船料250円、バス代220円、自転車修理代一式9,900円。
posted by みっち | 19:51 | 乗り物 | comments(0) | trackbacks(0) |
信長の野望・創造「戦国立志伝」(その4)
<果心居士爆誕>
わし、果心。ほっほっほっ。年齢は教えられん。というか、覚えておらぬ(爆)。だれじゃ、ホームレスなどと呼ぶのは! 毎日キャンプ・アウトドア派といえ。まあ、確かに宿無しじゃったが、縁あって大和の筒井氏に力を貸すことにしたぞい。同僚には柳生十兵衛もおって、先生先生と慕ってくれるので、キャンプ生活の極意を教えてやる代わりに、合戦のときには副将申しつけておる。わしの「詭計百出」と十兵衛の「無刀取り」コンボで、敵はほぼ無力化できるな。あと島左近がおれば、わしがあえて出る必要もない気もする、というかその方がよほど強い(爆)。わし、あくまで頭脳派なんで。

わしのありあまる知謀をもってすれば、畿内の三好を駆逐し、石山御坊を落とすくらいはたやすい。ここらで順慶殿に申し出て、十市から石山に転封してもらったぞよ。石山を根城にして難攻不落の要塞とするんじゃ。ところで、順慶殿は足利将軍家との折り合いが悪く、しょっちゅう筒井城に攻め込まれて、ピンチを救うのはわしの役目になってきたのう。紀伊の鈴木佐太夫も筒井領を狙っておるし、周り中敵ではさばききれん。折よくも義輝将軍からの誘いがきたので、快諾して足利家に寝返りじゃ。ほう、なんじゃ? よく聞こえんかったが、別に義理というほどのものはない。筒井を近畿の有力大名にしてやったのはこのわしじゃし、調略した武将を直参に推挙してやったり、恩義はむしろこっちにあるくらいじゃ。その証拠に、十兵衛も左近もわしについてきてくれておる。そういえば明智光秀が姿をくらましおった。あやつ、腹に一物あるとにらんでおったが、ホームレス希望じゃったか(爆)。順慶殿も早いとこ将軍家に付かれたがよかろう、というわけで、あっさり併合じゃ。切り取り放題といっても、元々わしが切り取った城じゃからな。ほっほっほっ。

さて、近畿の西側と四国の東側が概ねわしの所領となったところで、独立の旗揚げじゃ。これ、一度はやらんと実績フラグが、ゲフンゲフン。義輝将軍はお怒りじゃが、美濃・尾張方面の戦いに追われていて、こっちまでは手が回らぬ様子。大和と京をいただけば、将軍殿がわが軍門に降るのも時間の問題じゃぞよ。「桶狭間」がなかった織田信長も今川に攻められて弱っておったから、わしがとどめを刺して配下にしてやった。ここからが問題じゃ。今川義元め、武田・北条との同盟のみならず、美濃の斎藤、土佐の長宗我部らにも連合を呼びかけてわしを包囲しようともくろむとは太い奴。まあ、こういうこともあろうかと、あらかじめ上杉・毛利とは誼を通じておったので、包囲網完成には至らずにすんだ。所領も広くなったので、中国方面を宇喜多直家と出雲の阿国軍団、四国方面は十兵衛と家厳の柳生軍団に任せて、わしは東部戦線に専念じゃ。まずは上杉の援軍が見込める美濃・信濃方面に進み、斎藤と武田を攻める。今川も援軍で茶々を入れてきおるから、結局は東海道方面も並行して攻略することになるんじゃが。

斎藤を滅ぼし、武田と今川を追いつめたところで、三国同盟で唯一領地が接していなかった北条の増援が手強くなってくるのう。関東は城が多く、部隊が続々出陣してまさに雲霞のごとしじゃ。東海道を東に進むには小田原城を抜く必要があるが、すぐには近づくことも難しい。陽動部隊に信濃から上野に入って箕輪城を攻めさせ、一方で伊豆の韮山、下田を落とす両面作戦で、ようやく小田原攻めじゃ。西の方では、宇喜多や柳生たちが四国を平定してくれておる。このあたりで征夷大将軍に就任したので、そろそろ惣無事令を出しちゃおっかな(爆)。

(以下、感想)
一武将から謀反で大名に成り上がる下克上プレイを果心居士でやってみました。4月下旬のアップデートで君主に外交などを具申できるようになりましたが、ゲームが不安定で、この間強制終了が続出する中でのプレイとなりました。いまではパッチが当てられて問題なく遊べるようです。LotROでもこういうことは経験していたので、そんなにあわてませんでしたf^^;。

果心居士は、ゲーム実績で一定の条件を達成すると登場させることのできる追加武将の一人です。ステータス的にはほぼ知謀のみ。プレーヤー武将としては、政治が低いので内政遅いし、出陣させると自動的に大将ですが武力と統率もないので弱い。戦法の「詭計百出」は使えるので、副将ならいいんですけど無理。得意は調略ですが、引き抜いた配下武将から「能力の低い主の下に付くとは」などと侮られたりするのもつらいところ(ーー;)。ステータスは鍛えれば伸びていくので、ゲーム後半ではかなり強くなりますが……。追加武将は、ほかにも柳生十兵衛や北条早雲、真田十勇士、南総里見八犬伝の犬士たちなど、実在の人物と架空の人物が混在しています。彼らは年齢の設定がなく、寿命もなさそう。登場させると、年代に関係なくどのシナリオでも現れるようなので、例えば北条早雲が氏政の配下で現れたりするのがイヤだという場合は登場させないのがいいでしょう。

ここまでで感じたことですが、軍団長以上で重要になってくるのは、配下武将をいかにして確保するかです。このゲームのキモといえるかもしれません。配下がいないと城が増えても城代を配置できず、部隊を率いることができなくなります。アップデートで、一般の戦闘でも軍団長が捕虜武将を登用する機会ができましたが、なかなか応じてくれません。寄騎は数に限りがあり、浪人の登用や子の元服、姫武将などもあったらラッキーという程度で当てにできません。したがって、武将の主な調達手段は、大名家を滅亡させるか、調略で味方にするか、この二つになります。

大名家を滅亡させると、大名とその配下武将全員を登用できます。これは大きい。近くで残り一城になっている勢力があったら、逃さず攻め取りましょう。他勢力に取られるのとでは雲泥の差があります。この点からいうと、簡単に滅ぼせる小勢力が多いシナリオや地域的には近畿周辺あたりがプレイしやすい環境といえます。逆に、大勢力とのぶつかり合いでは、戦い自体の難度とは別に、勝っても滅ぼすまでは武将不足に陥りやすいことを覚悟すべき。あと、登用のタイミングは攻城部隊が帰城したときなので、転戦させるとお預けになってしまうことに注意。なお、転戦部隊が次の戦いで壊滅したときにどうなるかは不明ですf^^;。

調略は、とにかく知謀の高い武将が必要。士道の相性も関係しているようですが、90ぐらいはないと叛心の上がり方が小さく効率が悪い。松永久秀や宇喜多直家、黒田官兵衛、明智光秀など、忠誠度が低く知謀が高い武将を確保し、謀略担当チームを作って密談をしかけまくる、という運用になります。
一般的には引き抜きを使いますが、対象武将によっては叛心100でも引き抜きできない場合があります。引き抜きには応じないが寝返りしてくれる武将もあり、近くの城にいる場合は戦いをしかけて部隊を出させることも試しましょう。調略対象が城主や城代の場合は謀反もありますが、離れた場所だと孤立して助けられないことになります。こういうときは、城は捨てて城代や部下を移動で呼び寄せておきましょう。城主の場合は移動させるためには解任しなければならず、恨みが残るので注意。出陣・壊滅させると、運がよければ捕虜にならずに戻ってきます。
posted by みっち | 20:00 | お気楽妄想系 | comments(0) | trackbacks(0) |
このごろのウィキペディアを勝手に判定(2016/5)
3ヶ月ぶりの勝手に判定コーナー(爆)。なんか、「ビジュアルエディター」がウィキペディア日本語版に導入されたらしいですね。使う機会はないかもしれませんが、便利になっていくなあ。というわけで、野次馬的感想を3点ほど。

Wikipedia:投稿ブロック依頼/HOPE 05012016

前回の続きになります。とうとうブロック依頼に発展。結論は現時点ではまだ出ていませんが、長期ブロックは免れないと悟ったか、「引退」宣言が出されました。とはいえ徹頭徹尾人の言うことを聞かない人で、「自分ルール」でしかないものを人に押しつける態度への反省は最後まで見られませんでした。このブロック依頼に先立つコメント依頼では、みっちも久々にコメントをかます気になってしまいました。あそこでも書きましたが、[[Wikipedia:コメント依頼/MiraModreno]]のころからこの人の態度には違和感がありました。MiraModrenoさんが結局追放のような形でブロックとなったことで、こんな判断に至るコミュニティとはとても付き合えない、と思ったことが、実はウィキペディアから足を洗った直接のきっかけです。

なお、ノートで目黒の隠居さんが「以前にも申し上げたがHOPEさんの理想はたかい。」と書いておられるんですが、これは「出典が付いているから(記述の)信頼性が高い」というのと同じ誤謬でしょう。テキストも出典も、適切さが問われるのは同じで、そのものの有無と信頼性とは関係がありません。「検証可能性」とは、典拠を元に記述することであって、出典を付けることとイコールではありません。出典原理主義の人はよくここで間違えています。それに、HOPEさんの理想というのは、ウィキペディアから出典の付いていないテキスト一切をなくすことであり、それはウィキペディアから一切のテキストをなくすことによって達成されるんですよ。そんな「マイナスの理想」を高いなどといってはいけない。もしHOPEさんがウィキペディアのすべてのテキストに出典をつけるべく行動していたら、だから理想が高いというわけでもないけれども、少なくとも多くの人から支持されたでしょう。

ノート:グルジア

ウィキペディア名物、改名論争(ーー;)。グルジア派とジョージア派の対立が2年近く続いていたのですが、ここにきて、加熱の度を増してきました。というのは、「ジョージア国会議長」という記事が新たに立てられたことで、グルジア派が「搦め手」だなどとしてこれを非難し始め、管理者から1日ブロックされたことでさらに反発を強めているという状況。ブロックされた人はお気の毒ですが、反発がすぎて、いたずらに敵を増やしているように見えます。

どっちがいいのかは正直、どっちでもいいです。どっちもあるということがわかればいい。そもそもどっちかに統一する必要があるのかと思うくらい。で、改名議論中の「搦め手」の話ですが、既存の記事の内部リンクを片っ端から「ジョージア」表記に変えていくようなのは「言葉狩り」の一種であり、ブロックしてでも止めるべきです。これは過去に「九州征伐」でもありました。しかし、現行表記でなければ新規記事も立てるな、というのはやりすぎでしょう。もう2年近くも議論中で、これから先もいつ合意できるかわからないのに「新表記許すまじ」というのは、これも一種の言葉狩りなんじゃないでしょうか。しかし、とかく自分にとって不利な方向の動きには敏感なんですよねf^^;。自分にも経験がありますが、出典となる文献の表記がウィキペディアの表記と整合しない場合、どっちを採るかは悩むところです。これは、今後統一方向が決まったときにはそれに従うという前提があれば、どっちでも書きやすい方でいいんじゃないかと思います。上にも書いたように、統一が正義だともいえないから。基本、〜でなければならない、という考え方はウィキペディアには狭すぎるように思います。とりあえず、これでいっとこう、ぐらいでいいんじゃないかな。

ノート:夫婦別姓

「夫婦の姓」への改名提案が出て論争中。上のグルジアorジョージアみたいないつもの改名論争かと思ったら、ちょっと違うようで。そもそも編集内容をめぐって対立があり、その末なのか途中なのかわかりませんが、論点の一つが改名みたいです。直感的には「夫婦の姓」はないだろ、と思いますね。傍目から見ると、いらぬコメントが多すぎて、自分の考えをまとめて発言するスキルがないということを全力でアピールしているようにしか見えないんですが、グダグダをいちいち吟味するのもバカバカしいので、合意できないようなら元の状態で10年くらい記事保護にして、関係者全員新規記事を書くまで無期限ブロックでよし(爆)。ところで、最近ヒートアップしている論争にもうひとつ「ノート:宗教右派」というのがあって、見るとここでも何人か同じ顔ぶれがご活躍中であることに気がつきました。しかもこの人たち、過去の(現在進行中かもしれないけど)いくつかの論争でも同じ陣営に集結して戦っていたような記憶があるんですが、いったいどういうお仲間?

前から思ってたんですが、こういうなんらかの意図を持った議論屋対策として、ノートやコメント依頼などでのアカウントごとのコメント総量を規制する手はないのかな? 具体的には、記事空間での加筆バイト数に応じてコメントのバイト数制限を緩和する。つまり記事で貢献しただけ発言量が増やせるわけです。でないと、この人たち際限ないですよ。
posted by みっち | 21:29 | Wikipedia | comments(0) | trackbacks(0) |
冨田勲 没
『イーハトーヴ交響曲』についてエントリしたのはついこの間だったんじゃないかと思うのですが、えええー、亡くなったんですか。

これまでも書いてきたと思いますが、冨田勲との出会いはたぶん家にあった『銀河少年隊』のレコードです。この番組自体は知らない(見たかもしれないけど覚えていない)のですが、音楽が非常にかっこよく、いまでも前奏から口ずさめるくらい。その後もNHKの『新日本紀行』や大河ドラマ『新平家物語』、『勝海舟』、民放では『ジャングル大帝』や『キャプテンウルトラ』、『マイティジャック』、『大忠臣蔵』などなど、印象深い音楽に触れてきました。長じては、シンセサイザーを駆使したドビュッシー作品やホルスト『惑星』などにイマジネーションをかき立てられました。自分になにがしかの音楽性があるとすれば、そのかなりの部分は冨田勲でできているに違いない、というくらいです。

『イーハトーヴ交響曲』に続いて、『ドクター・コッペリウス』の制作に取り組んでいたとのことですが、完成しなかったのかな? 『イーハトーヴ』では引用が多かったのがちょっと残念で、元々アレンジのうまい人ですからそれはそれで面白いのですが、オリジナルの素晴らしさを知っている人間としては次こそは、と期待していたんですが……。
posted by みっち | 22:05 | お気楽妄想系 | comments(0) | trackbacks(0) |
ハウステンボスに一泊
五月の連休に家族とハウステンボスへ行ってきました。初日は朝出発して、鳥栖プレミアムアウトレットで昼までお買い物です。みっちはティンバーランドでポロシャツと紐靴を購入。シューズはカジュアルでも仕事でもいけそうなタイプで、ティンバーランドは足のサイズ感がちょうどいいんですよね。5月が誕生日の奥方のためには、ミツミネでアンサンブル3点セットをプレゼント。あと、わが家のホビット改め、エントっ子(みっちより背が高くなったため改名f^^;)のために、ビルケンシュトックでサンダルを買ったのですが、みっちのシューズより値段が高かったのにショックを受けました。次はみっちのがほしい。

アウトレット内の紅虎餃子房で昼食後、佐世保に向けて出発。武雄〜武雄北方で10キロ渋滞という情報が入り、おそらくは有田・波佐見陶器市の影響でしょう。下道を通るかべきか検討したのですが、有田を迂回すると相当遠回りになります。金立SAで渋滞が7キロに緩和されたと聞き、そのまま進みました。実際にはけっこう流れていて、大した支障にならずにハウステンボスに到着しました。

本日の宿「変なホテル」にチェックイン。ここの受付はこんな感じで、人間がいません。で、宿泊客はなぜか左右の恐竜ばかり選んで、真ん中の女性型ロボットには誰も近づこうとしません。こういう場合、人間に近い方が不気味に思うものみたいf^^;。人形って、怖いからねえ。ここはまだできて1年ぐらいで、部屋は新しくて清潔、決して変ではありません。ただし、「チューリーちゃん」というロボットがベッドサイドに置かれており、例のペッパーほどやり手ではないみたいですが、時間や天気を聞いたり、クイズを出させたり、けっこう時間がつぶせます。


変なホテルからだと、ハウステンボスへはアドベンチャーエリアから「入国」する形になります。初日は、エントっこの目的である『銀魂』イベントからやりました。ホラー・アトラクション近くの一角に、ご覧のような「ザベステンボス」が出現(爆)。ここでカードをもらって、指定のポイントを回るという、オリエンテーリングのような遊びです。

このほか、エリア内のいくつかの飲食店で銀魂にちなんだメニューが展開されており、土方スペシャル「マヨネーズがたりないんだけどォォォ!!」バーガーや定春宇治金時パフェなどを食べ歩くことに。ちなみに、土方スペシャルバーガーは大量のマヨネーズがとぐろを巻いているように見えますが、マヨ味のマッシュポテトなので安心して食べられます、ってやっぱりマヨ味ぃぃぃ!!(爆)。

このときにいろんなアトラクションの前を通ったのですが、どこもすごい行列で、ひとつ見るだけで一晩かかりそうな勢いでした。わが家のエントっ子は小さいときからお化け屋敷の絵を見ただけで逃げ出すほどホラー系が苦手なので、すべてパス(爆)。


日が暮れると、「光の王国」でしたっけ? 前に来たときよりも確実にパワーアップしたイルミネーションの世界が現れました。こんな夜景を楽しんでいると、奥方が「あの船に乗りたい」と言い出し、「入国ゲート」近くの乗り場まで歩いて行列に参加しました。ハウステンボスは広いので、あちこちに行くとけっこうな距離を歩くことになります。

二日目は、エントっ子の希望で、アドベンチャーエリアの「ザ・メイズ」に挑戦することに。これが大きなもくろみ違い。エントっ子は、巨大迷路のようなものを想定していて、それなら家族で挑戦しようということになったのですが、その実態はジャングルジムの建物版といった趣向で登ったり降りたり、しかも子供サイズなので、大人はくぐり抜けが大変。狭いため、子供たちが増えてくると渋滞も発生します。ここだけで体力をすべて使い果たしました(爆)。

あとは、この日から始まったバラ祭を眺めて撤収。庭にもう一種類くらいバラを増やそうと思っているんですが、いろんな実物を確かめることができました。休憩や移動の合間にもマーチングバンドやパレードが通りかかって賑わいを演出していました。まだ見れていないところがいっぱいありますが、とりあえず満足しました。帰りも渋滞に巻き込まれることがなく、予想していたよりはるかにスムーズに帰り着きました。とはいえ疲れからか、きのうから風邪気味です。
posted by みっち | 17:54 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
小倉オクトーバーフェスト2016
土曜日の夕方、家族3人で勝山公園に行ってみました。数年前から始まっているイベントですが、実際に体験するのは初めてです。4〜5月なのになぜオクトーバーと呼ぶのかは謎。

出店はドイツのビール銘柄が5種類でテントが4つとワインがひとつ。あと地元の門司港地ビール工房からも出ていました。気候もよかったせいか、けっこうな繁盛ぶりでした。ドイツ人の楽隊も来てて、メインハウスは盛り上がっていました。でも来た時点で座れる席がもうありません。ビールや料理を買いに行くにはちと距離がありますが、会場奥の紫川に面したテラス席が比較的空いていて、見晴らしもいいのでここに陣取りました。

ドイツビールは各店種類が多く、どれを飲もうか悩むくらい。最初はヴァルシュタイナーのピルスナー、2杯目はアインガーの黒いボックビールにしましたが、ピルスナーが爽やかな飲み口でよかったです。アインガーはクセあり。3杯目いこうかと思ったけど、1杯1,400〜1,500円もするんですよね。料理もソーセージの盛り合わせだけで2,800円と、コース並の料金。ちなみに地ビール工房は1杯800円とリーズナブル、近くのリバー・ウォーク側の出店で飲める一番搾り生だと500円なので、同じお金でいったい何杯飲めるのかと(爆)。これなら、紫川の対岸にあるアイリッシュ・パブ「ブーティーズ」でギネスやキルケニー飲んでた方がよほど財布に優しく、満足度も高いです。というわけで、ひととおり食べて退散。

味はともかく、到底気軽に立ち寄れる値段ではありません。せめて1杯1,000円ぐらいに抑えてくれないかな。ノンアルコール・ドリンクなど他の飲み物もないので、家族向けともいえず、よほどのドイツビール好きでないとつらいのでは? その割にはお客が多かったなあ。メルセデスやBMWのオーナーとかでしょうか。みっち家はもう行かないと思います。
posted by みっち | 20:11 | なんちゃってグルメ | comments(0) | trackbacks(0) |