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お気楽妄想系のページf^^; 荒らし投稿がつづくのでコメントは承認制としました。
関ヶ原

わが家のエントっ子が観たがるので行ってきました。ちょっとこれは評価が難しい映画です。描いている対象は、日本人ならだれでも知っている?関が原の合戦(1600年)。司馬遼太郎の小説が原作で、たぶん読んでいません。読んだとしても忘れているので、まっさらな状態で観ました。以下、ネタバレです。


まずは気になる点から。タイトルは『関ヶ原』ですが、物語は石田三成が秀吉に登用され、豊臣秀次の切腹やその係累の処刑、三成が島左近を登用する話など、秀吉の死までいろいろな場面が描かれます。ここまでは一応三成が中心。しかし、一方で伊賀の忍びたちの集まりや、島左近と柳生石舟斎の対話、徳川家康と本多正信の謀議など、三成の視点では無理な場面もあります。ポイントポイントでは重要人物ごとに描くのもありとは思いますが、冒頭で現代のシーンからナレーションで原作小説の司馬遼太郎の言葉をそのまま読み上げたりするのがどうもおかしい。ナレーションが中途半端にあったりなかったりするのは、視点がぶれていることの現れです。かといって現代からの視点で俯瞰的に描くのでもなく、上杉征伐や小山評定、上田城攻めなど、東軍の描写はほとんどありません。また、三成はこれらの情報を知らなかったようになっています。西軍でも、拠点目標であったはずの伏見城や岐阜城などの状況が抜けており、中心人物であるはずの宇喜多秀家や小西行長でさえ全然といっていいほど描かれません。大谷吉継は登場回数が比較的多いのですが、もともと徳川に近かった彼がなぜ三成に荷担したかを描くシーンはありません。
 

合戦描写についても、すでに挙げましたが有力武将なのにほとんど名前だけという存在が多く、藤堂高虎あたりは名前すらなかったかも。笹尾山や桃配山などの地名は出ても、位置関係が分かるような説明はなく、布陣がどうなっていてどう推移したかも不明。いろいろと不親切です。通説では、小早川が寝返るまでは西軍がむしろ押し気味だったとされますが、ここでは石田隊は終始苦戦している印象。井伊直政と福島正則の先陣争いもこの描き方では全然伝わってきません。島津の撤退戦もなし。この戦いを正面切って描くのじゃなかったのかと残念です。そのためにも、秀吉の死後から始めるのでよかったんじゃないかなあ。どうしても必要なら回想で。
 

つまり、映画として視点と焦点が定まっておらず、監督が描きたい場面、断片の連なりになっていて、関ヶ原の合戦を大きな流れの収束として描くことに失敗しています。あと、人物たちがみんな早口で、台詞がよく聞き取れないことが多い。これは黒澤映画や『シン・ゴジラ』の影響? 普段の会話ならともかく、戦闘中の伝令の報告がモゴモゴでさっぱりわからないのは手打ちものだろう、と(爆)。
 

以上、ダメ映画といっていいようなものですが、反面、監督こだわりの場面ごとでは見栄えのする画面ではあります。戦闘シーンはやや人数少なめな感じでしたが、映画ならではの迫力と臨場感がありました。訓練の様子や戦闘が始まる前の陣に漂う緊張なども見ごたえがありました。
 

役者もよくがんばっていて、とくに滝藤秀吉は魅力的でした。上でカットすべしといってますが(爆)。もったいないので、別に滝藤「太閤記」作りませんか? 見たいなあ。主演の岡田准一は熱演でした。ただ、熱を込めれば込めるほど三成から離れていくようなところがあるんじゃないでしょうか。そこがどうだったか。平岳大の島左近はかっこよかった。彼の最期はわかっていないので、殺さなくてもって感じでしたね。みっちが監督なら、左近に語り手をさせたい。大谷吉継の大場泰正は知らない人ですが好演。小早川秀秋の描き方は、原作と離れているんじゃないかと思うのですが、これはこれでよかった。東出昌大を起用した意味があったと思います。役所広司の家康は、柴田勝家に見えてしまうのが難点。眉毛がうざかった(爆)。あと福島正則(音尾琢真)。「この、大馬鹿もんがあ!!」と怒鳴りつけたくなるような名演技でした。
 

また、伊賀の忍びたちを描いたことで、面白みが増しています。有村架純もかわいかったしf^^;。アクションもいい出来栄えでした。ただし、三成との恋愛はやはりやりすぎ。直接語らずとも分かり合っているぐらいで抑えてほしかった。映画には登場しない正妻を無視して戦いが終わったら二人で旅に出たいなどとほざく三成を「義の人」といっていいものでしょうか? ついでにいうと、初芽がなぜ三成の本陣でなく島津の陣に近づいたかも説明不足で首を傾げました。
 

ちなみに、エントっ子は大変面白かったそうなので、観る人や求めるものによって評価が大きく分かれる映画なのでしょう。

posted by みっち | 21:35 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
定期演奏会に向けて

10月22日にある北九響の第118回定期演奏会に向けて、練習中です。曲目は、ヴェルディの歌劇『運命の力』序曲、R・シュトラウスの『4つの最後の歌』、リムスキー=コルサコフの交響組曲『シェエラザード』。


ヴェルディの序曲は、指揮者の新田ユリ先生によれば、3曲中最もカロリーの高い曲です。確かに、熱く激しいスピリットを感じます。ヴェルディの序曲の中ではもっとも演奏機会が多い名曲らしいですが、しかし、個人的にはよくわからないところがf^^;。このオペラは最後に登場人物がみんな死んでしまうという悲劇ですが、序曲はどういうわけか明るく終わります。「始まり始まり!」てことで、ラストはともかく最初は景気良くいきたかったんでしょうか? 弾いていても、途中からはしゃぎすぎじゃね?という感じが拭えません。あと、「運命」を表しているらしいタラララ(ーララーラ)という上昇音型が曲のあちこちにちりばめられていて、しかも出てくるたびに拍子やリズムパターンが細かく違うという芸の細かさ。このあたりの変奏技術はさすがといえばさすがですが、弾き分けるのがけっこう大変です。
 

4つの最後の歌は、みっちは当初降り番にさせてもらっていたのですが、先週の土曜日に乗ってくれとの連絡があり、急遽今週から楽譜をもらって始めたところです。って、あと2ヶ月もないんですけど! で、この曲もよくわからんぞ(ーー;)。ま、リヒャルトだからな(爆)。チェロパートはほぼ2部のディヴィジで、部分的には4パートに分かれます。ヴァイオリンなども同じらしい。歌の伴奏なのに、どうしてこんなに声部を増やさないといかんの? ハープ2台とか編成自体も大きいし、人間、年をとると簡明さに向かったり枯れたりするものだと思っていたけど、リヒャルトくんは年取ってもキンキラキンでした。弦楽四重奏とか絶対無理だよ、この人(爆)。
 

シェエラザードは、通俗的なイメージが強めですが、弾いてみると思っていたよりずっといい曲でした。新田先生からは、エレガントにという全体的な指示をいただいており、魅惑的な響きになるように努力したい。チェロとしては、第3楽章のメロディーがおいしいところで、ここばかり弾いていたくなりますf^^;。実はこの部分、一緒に吹く木管は前半がオーボエで後半がイングリッシュホルンとなっていて、繊細な音色変化を聴かせる例のひとつです。ほかにも、へえー、そうなっているのかとやってて面白いところが多い。コンミスのヴァイオリン独奏がまた美しい! この曲の指揮と独奏が女性というのはとても合っていると思いますが、実際には珍しいのでは? というわけで、ぜひ楽しみにしていただければと思います。

posted by みっち | 23:07 | cello | comments(2) | trackbacks(0) |
ワールズ・エンド

『ワールズ・エンド』は2013年のイギリス映画で、エドガー・ライト監督、サイモン・ペグ主演、ニック・フロスト共演による「3つの味のコルネット」三部作の3作目。今回のコルネットはミント味にチョコチップだったみたいですが、見せるのは包み紙の一部だけで、アイスを食べるシーンはありません。なお、各作品のストーリーに直接の関連はありません。


「酔っぱらいが世界を救う!」とかいう邦題を考えついた日本の供給会社には、前作同様苦言を呈したい。これも誤解されそうだから。酔っぱらいには違いないんだけど、『ハングオーバー』的なストーリーをイメージされると、なんだこれって逆効果になりませんか? それに世界を救うというのも違うんじゃないの? 以下、ズバリは書いていませんが、ちょいちょいネタバレ気味。
 

始まりに、主人公ゲイリーのひとり語りがありますが、ここが重要なので、これから観る人はぜひ集中してください。ティーンエージャーだったころの5人組が描かれており、このとき果たせなかった12軒のパブ巡りを、20年以上経って中年になった彼らがもう一度やろうとする。状況は以前とはいろいろと違っているにもかかわらず、展開そのものは前回をなぞるように進む、という作りになっています。つまり、前2作のように、前半の伏線を後半に回収していくスタイルの応用です。といっても、回想シーンはカット割りが早くて時間も短いので、後でもう一度見直してようやくそうだったのか、というようなところがけっこうありました。


「ワールズ・エンド」とは12軒目のパブの名前で、ハシゴの最終目標ですが、同時にもう2つの意味が重なっています。ひとつは、故郷ニュートン・ヘヴンでは一見平凡な生活風景の裏で由々しき事態が進行しており、それが12軒目でクライマックスに達します。各パブの名称は暗示的にストーリーに絡んでおり、看板のデザインもよく考えられています。もうひとつは、ゲイリーにとって文字通りの「世界の終わり」で、彼はかつてのパブ巡り以来時間が止まっていて、これを完遂して人生を終わらせようと思っているということが、見ているうちにだんだんわかってきます。それで、ゲイリーはなんとしてでも12軒回ろうとします。あとのメンバー4人はゲイリーに巻き込まれてしまっただけですが、20年ぶりに集まったというだけでもいい奴らであることは確定です。
 

サイモン・ペグは『ショーン・オブ・ザ・デッド』ではうだつが上がらない感じの青年、『ホット・ファズ』では有能すぎる警察官、今回はアル中で過去にしか自分の居場所のない元グループリーダーと、役柄の広さに感心させられます。ゲイリーは身勝手な行動で周囲を振り回しつつも、悲哀をにじませます。三作共演のニック・フロストも素晴らしい。今回のアンディ役は「元相棒」で、ゲーリーとは疎遠になっていたのですが、ハシゴが進むに連れてその理由や葛藤が明らかになっていきます。その末のアンディの行動は感動的。このほか、リーダーになれない二番手スティーヴンをパティ・コンシダイン、気取り屋で額に痣があるため「オーメン」と呼ばれるオリヴァーをマーティン・フリーマン、社長の息子でいじめられっ子だったピーターをエディ・マーサンがそれぞれ演じていて、味わい深い。今回ぐっと役柄の重みが増しているマーティン、とくに後半は怪演というべきかf^^;。この5人に加えて、オリヴァーの妹サム役にロザムンド・パイク、恩師シェパード先生に元007のピアース・ブロスナン、バジル役にデビッド・ブラッドリーが出ていて、みんな魅力的。三作とも出演のビル・ナイは今回声だけで、吹替版だと出番なしに(爆)。
 

三作中では笑いの要素は一番少ないように感じますが、単純にパロディっぽかったりおバカなシーンがあまりないためで、イギリス風のユーモアやジョークはあちこちにちりばめられています。英語がよくわかるともっと笑えるでしょう。スプラッタ的要素は相変わらずですが、今回相手がブランク(「空っぽ」)なもので、なにをやっても許される感じf^^;。元ネタとしては『SF/ボディスナッチャー』あたりが思い浮かびますが、結末も含めていろいろ違います。見終わって、果たしてどっちが良かったんだろ?とか考えさせられる点もシリーズ共通。いろいろ作り込まれていて、見返したくなってしまう点では随一かも。2回目の方がよくわかり、終わりごろには切なくなります。また、例の柵もやっぱり出てきたし、三部作の完結編がパブ巡りとは、結局パブが世界の中心だったということ? ぜひともパブでビールを飲みながら話し合わねば(爆)。
 

ブルーレイは字幕と吹替えと両方が鑑賞でき、特典映像にも日本語字幕が付いており、フルに楽しめます。この点、1作目、2作目と扱いが異なっているのは謎ですが、今回は文句なしでした。

posted by みっち | 00:12 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
ホット・ファズ

『ホット・ファズ』は2007年のイギリス映画で、エドガー・ライト監督、サイモン・ペグ主演、ニック・フロスト共演による「3つの味のコルネット」三部作の2作目。物語に直接のつながりはありません。今回のコルネットはチョコ味みたいですね。


「俺たちスーパーポリスメン!」とかいう邦題を考えついた日本の供給会社にはとりあえず苦言を呈したい。なんかいろいろ誤解しそうだから。みっちは「ポリスアカデミー」を連想してしまいました。同じ警察もののコメディーでも、あっちはお気楽お下劣系、こっちはハードボイルドタッチで衝撃的な犯罪ものという側面を持っており、テイストがかなり異なります。やりすぎに腹を抱えながらも、ちょっと考えさせられるのは前作同様。以下、ネタばれあり。
 

今回のサイモン・ペグは、堅物な警察官ニコラス・エンジェル。ニコラスは警察官の鏡のような男で、ロンドン首都警察で目覚ましい成績を挙げるのですが、おかげで周りがみんな無能に見えるという理由で、理不尽にも片田舎の町サンドフォードに飛ばされます。ところが、事件とは無縁に見えた赴任先で次々に死亡事故が発生、不審に思ったニコラスは……という展開。よくあるっちゃあありそうな導入ですが、検挙率400%とか、絶対なさそうな話の盛り方で笑わせます。サンドフォードでは白鳥を追い回したり、隣の柵まで刈り込んだ農夫に注意したり、当初は平和そのものだったんですが、やがて目の前で惨劇が繰り広げられることに。これらのシーンは、のんびり観ていると椅子から飛び上がりそうになるくらい過激。スプラッタ系入ってますので、弱い人はご注意を。
 

前半の伏線を後半に回収していくという構成は、前作『ショーン・オブ・ザ・デッド』と似ており、今回は前半がサスペンス、後半がアクション中心と、見せ方もよりくっきりしています。とくに後半は、それまで耐えてきたニコラスの憂さを晴らすような痛快アクションのてんこ盛りで素晴らしい。その折り返し点として象徴的な場面がニコラスの騎乗姿なのですが、なにか元ネタがあるんだろうけど、まさか『戦国BASARA』じゃないよね(爆)。パブやスーパーでの銃撃戦も楽しいですが、最大の見せ場は街のミニチュアセットの中で怪獣バトルのような格闘。好きだぞ! で、ニコラスの相手が元007のティモシー・ダルトン。彼がまた楽しそうに演じていて、かつめちゃくちゃ痛そう。しかも痛そうな格好のまま放置(爆)。白鳥や機雷ももちろん、期待通りやってくれます。なお、『ショーン・オブ・ザ・デッド』で「世界の中心」と言われていたパブはここでも変わらないようで、柵がたくさんある庭のシーンもやっぱり登場します。
 

ちょっと考えさせられると書いたのは、今回の犯罪動機が、ニコラスが調べて推理したような利権がらみでもなんでもなく、あまりにも単純だったことです。シェークスピアを貶めたとか、綴りや年齢を間違えたとか、土地から勝手に出ていくとか、そんな他愛もないことが理由で、それが日ごろは町の名士として振る舞っていた紳士淑女のみなさんの裏の顔だったというのがショッキング。ここには、罪や正義ってなんだろう?的な根本的問いかけがもしかしたらあるのかもしれません。でも、みっちもそれ以上は考えていません(爆)。
 

サイモン・ペグは硬派な警察官をきっちり演じています。走りっぷりまで行儀が良いところがクソ真面目。相方のニック・フロストは『ショーン・オブ・ザ・デッド』と同じような役柄で、ゲームの代わりに今回は映像マニア。マーティン・フリーマンは首都警察の上司役で、前より少し出番が増えました。ビル・ナイもマーティンと並んで登場。もうひとり上司がいるんですが、クレジットがなく、どこかで見た顔だと思って調べたらスティーヴ・クーガンでした。『トロピック・サンダー』で、その辺に散らばっちゃった監督じゃありませんか(爆)。ほかにもピーター・ジャクソンやケイト・ブランシェットというLotR組がカメオ出演していますが、最初は全然わかりませんでした。二人とも初めの方で、ニコラスを襲うサンタがPJ、ニコラスと別れる彼女がケイトでした。PJはもちろん扮装だし、ケイトも女医で最後までマスクを取りません。
 

今回のブルーレイは字幕以外に吹替えでも鑑賞できます。その上、コメンタリーやNG集などの特典映像付き。しかし、特典映像には日本語字幕がありません。ケース裏にそう断り書きしてあるのですが、この種の洋物コメディーで日本語解説は必須でしょうに。パラパラマンガだけは字幕の必要なしでしたf^^;。

posted by みっち | 00:30 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
ハラース/ポーランド国立放送響によるマーラーの交響曲第7番

・マーラー:交響曲第7番 ホ短調


ミヒャエル・ハラース指揮、ポーランド国立放送交響楽団
 

1994年11月28日、12月2日録音
ナクソス:マーラー交響曲全集より(NAXOS 8.501502)

 

ナクソスのマーラー交響曲全集から第7番を聴きました。ボックスの10枚目に全曲が収録されています。演奏時間はトータルで約79分。


マーラーの交響曲中、7番と8番は人気がありません。6番も含めて、マーラーの全盛期と言っていい「三部作」だと思うのですが、なぜ演奏されないのか。8番は編成の問題でやむを得ないところはあります。しかし7番はギターやマンドリンが必要とはいえ、6番のハンマーに比べればそれほど特殊というわけでもありません。おそらく、この2曲は一般的なマーラーのイメージから遠いからではないでしょうか。「一般的なマーラーのイメージ」とは、いわゆる第9のジンクスを恐れて『大地の歌』に番号を振ることができず、しかしつづく純器楽作品を9番にせざるを得なくなり、10番を書き出したものの、結局ジンクスから逃れることができずに死んだ、というような、アルマが広めた「神話」であり、マーラーの音楽は運命的・厭世的で生と死の葛藤であり常に苦悩に引き裂かれていなければならない、といった受け止め方です。こういう立場から見ると、9番こそがマーラーの最高傑作であり、7番のようなパロディぽいものや素っ頓狂なフィナーレまである曲はけしからん、8番に至っては全曲が肯定的かつ宇宙的規模の壮大な賛歌なわけで、こんなのはマーラーではない!的な不届き千万な代物なのではないかと。決まった型にはまらないものや理解できない対象はとりあえず無視か否定する、というのはよくある話。
 

またまた前置きが長くなってしまいましたが、なにぶんお気楽妄想系なものでf^^;。さて、ハラースの7番です。たぶん、これだけ聴くなら、そこそこ面白い演奏だと思えるはず。第1楽章はけっこうテンポを揺らしますが推進力は失っていないし、第2楽章の後半から第3楽章にかけてのグロテスクな音色などはなかなかで退屈させません。第4楽章はあまり特徴が感じられませんが、フィナーレは快活で第1楽章同様の推進力で聴かせます。総じて、がんばっていることは伝わってきます。
 

しかし、2番から6番までヴィトの指揮に慣れてきた耳からすると、これはちょっと辛いものがあります。ヴィトの精妙できっちりしたアンサンブルを思うと、ハラースのはまとまりがなく、軽くて食い足りない。美しくない。驚いたのは第1楽章のコーダで、トランペットのフレーズが丸々落っこちている箇所があります。ほかにも音が違うんじゃないかと思われる箇所が。スタジオ録音のはずだけど、チェックしていないのか? それともそういう楽譜があるのか? 「荒削り」って、そういうことだったのー? 確かに削れてるけど(爆)。
 

大好物の7番だけに、やはりヴィトに振ってほしかったというのが正直なところ。単に契約の都合とかであればいいんですが、もしかしたらヴィトが7番を避けた可能性もあります。クレンペラーのように、5番や6番は振らずに7番を録音している人もいるので、その逆がいても不思議ではありません。だとすると、ヴィトの7番は実現しないかもしれない。うーん。というわけで、この曲のみっちのお気に入りは現在のところフェルツ盤です。こちらもけっこうやりたい放題ですが、ハラースよりも徹底されていて、音楽として美しいので納得できる。

posted by みっち | 19:19 | CD・DVD | comments(0) | trackbacks(0) |
第8回湧き上がる音楽祭 in 北九州 オーケストラ演奏会

・モーツァルト:クラリネット協奏曲イ長調 KV.622
・ベートーヴェン:ロマンス第2番ヘ長調
・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」


バセットクラリネット独奏:タラス・デムシチン
ヴァイオリン独奏:武内麻美
タラス・デムシチン指揮、ベートーヴェン・シンフォニエッタ

 

2017年8月11日(金)、戸畑市民会館大ホール
 

ベートーヴェン・シンフォニエッタは、2014年に創立されたオケで、指揮者のデムシチンは九響の首席クラリネット奏者。この人は今年1月の北九州伯林的管弦楽団の演奏会でも指揮しているのを聴いており、精力的に活動しているようです。


1曲目は、デムシチンの弾き振りじゃなくて吹き振りによるモーツァルトのクラリネット協奏曲。モーツァルトでもとびきり美しい曲ですが、聴く機会はそれほど多くなく、普通のクラリネット(モーツァルトの場合はA管)とバセット・クラリネットでどう違うのか、みっちはよく知りません。おそらく、バセット・クラリネットの方がオリジナルに近いのでしょう。この楽器は通常のクラリネットより大きく、低音域が拡大されていますが、バセットホルンのようなくぐもった音色にはならないようです。おかげで終始明るい表情で楽しめました。
 

2曲目は、当初メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が予定されていましたが、ソリスト(コンミス)が故障したらしく、ベートーヴェンのロマンスヘ長調に曲目変更。この曲ならテクニック的に問題ないということ? 伸びやかな独奏ヴァイオリンを聴かせてくれました。


3曲目はベトベン「運命」ですが、正月に聴いたタコ5のやりたい放題だった印象から、おそらく速いか遅いか、どちらにしても両極端だろうと予想していました。結果は速い方。もともとベートーヴェンのメトロノーム指定は速すぎるといわれますが、それを忠実に守ろうとしたのか、あるいは演奏可能な速度の限界に挑戦したのか。比較的普通に近かったのはスケルツォ主部くらいで、あとは全楽章息もつかせないような駆け足でした。第1楽章の出だしなど、速すぎてタタタターがタタターに聴こえたぐらい。第1楽章や第4楽章では提示部を繰り返していましたが、それもあっという間に過ぎていきました。第2楽章はもう軍隊行進曲かと。正直、この楽章ぐらいはもうちょっと味わわせてくれてもよかったんじゃ? オケはがんばったと思います。第2楽章のチェロとかスケルツォ中間部のコントラバスとか難所がたくさんあったと思いますが、破綻がなかったのは立派。フィナーレではピッコロが随所で存在感を見せていて、とても効果的でした。
 

アンコールはモーツァルトの「トルコ行進曲」のオケ版。だれのアレンジでしょう? デムシチン自身かも。木管にメロディを持たせ、弦のリズムに金管が突撃ラッパ風な合いの手を入れるというパターンで楽しい編曲になっていました。ちなみに、一緒に聴いた奥方の感想によると、デムシチンは管の人だけあって、息の吸い方がすごいってf^^;。そこお!

posted by みっち | 23:08 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章

荒木飛呂彦の人気マンガ「ジョジョ」シリーズ第4部の実写劇場版。わが家のエントっ子は当初『トランスフォーマー/最後の騎士王』を観たがっていたのですが、前田有一の「超映画批評」で今週のダメダメになっているのを見て気が変わったらしく、こちらにf^^;。みっちとしてもトランスフォーマーは食傷しており、『パイレーツ・オブ・カリビアン』以上に期待できない感じだったため、渡りに船という状況でした。


結論としては、実写版としてはよくがんばっていました。ジョジョファンとしてはけっこう評価できる仕上がりだったと思います。ただ、物語の途中までであり、単体の映画として面白いかといわれると、そこは苦しい。現状では原作ファンがネタとして楽しめる以上のものにはなっていないかな。以下、ネタばれ。
 

キャラクタ造形は、仗助の髪型や承太郎の帽子など、なにもそこまでやらなくてもというくらいマンガに似せてあります。主演の山崎賢人は思ったより良かった。伊勢谷友介の承太郎と岡田将生の虹村形兆もまあまあ。伊勢谷は吉良吉影とか岸辺露伴とかが似合いそうなので、あとに取っておいても良さそうですが、ここではアンジェロ役の山田孝之と二人で作品に重みを付ける意味での起用か。承太郎の頭部はマンガでも変なので、実写版では例えばボルサリーノの帽子とか、アレンジしてよかったと思いますけど、後ろの髪を帽子に貼り付けてあくまで原作風に処理していました。とくに好演だったのは新田真剣佑の億泰で、ヤンキー役がハマっていました。山岸由花子の小松菜奈も雰囲気は出ていました。活躍シーンがないのがもったいないくらい。神木隆之介の高校生はさすがにちょっと苦しい。
 

スタンドの描写でそれほど感心するものはなかったけど、ひどいものもなかった。中では形兆の「バッド・カンパニー」がよく再現されており、ラストバトルにふさわしい盛り上がりになっていました。スペインロケは、荒木ワールドのテイストを出すためかと思いますが、そこそこマッチしていました。音楽はときに邪魔に感じる場面がありました。スタンドの名前はミュージシャンから取られたものが多いので、そのあたりでリンクさせるとかしてくれたらもっと楽しめたと思うんですが、版権上難しかった?
 

ストーリーは原作にかなり忠実です。尺の問題もあるため、省略されたキャラやエピソードは当然ありますが、そこは概ね許容範囲。最大の改変はラストで、虹村形兆を倒すのはレッド・ホット・チリ・ペッパーではなく、「第二の爆弾」シアハートアタックです。ここで吉良のスタンドを出すのは、どうなんでしょうね。続編を観ないとなんともいえませんが、シアハートアタックは狙った標的を仕留めるまで追い続けるという性質があるため、吉良が形兆を狙う必然性を作らないといけなくなるわけで、破綻なく脚本をまとめるのは難しそう。次ができるといいですが、心配なのは観客動員数。みっちたちが観たときは、劇場に3人(つまり。エントっ子とみっち以外は一人だけ)しか客がいなかったんで(爆)。

posted by みっち | 22:46 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
ショーン・オブ・ザ・デッド

夏休みにピッタリ?のゾンビものコメディ。2004年のイギリス映画ですが、日本では未公開で、ブルーレイを購入して鑑賞。イギリスのコメディということで、ドタバタ大爆笑というよりジワジワくるタイプ。ギャグだけでなく、ゾンビもジワジワ(爆)。なお、元ネタとなったロメロ監督作品『ゾンビ(原題:Dawn of the Dead)』は観ていません。ストーリーは近いらしい。


サイモン・ペグは、『ミッション・インポッシブル/ローグ・ネイション』で、主演のトム・クルーズの体を張った演技よりも「階段階段階段!!」と絶叫するベンジーの方が印象に残っているかも(爆)。そのペグが主演を張ったシリーズがあり、『SHERLOCK』や『ホビット』のマーティン・フリーマンも出ているらしい、との情報からたどり着いたのが、これでした。以下、ネタバレしています。
 

随所にクスッとなるところがありますが、前半は緩やかな展開で、この程度なのか?とイラつかされる感じも。しかし、どうやらそれは計算されたものらしく、小ネタは全部伏線というか、街にゾンビが溢れ出してから、もう一度やるんですよねf^^;。サッカー小僧は死んでゾンビになってもショーンにボールをぶつけるし、フィリップは音楽を止めるし、エドもゲームしてるし。なにより、主人公のショーンからして、「世界の中心」(爆)のパブ「ウィンチェスター」に行くために、うようよいるゾンビたちの真っ只中にわざわざ突入するという、ね。状況がいくら変わっても人物?たちが同じことを繰り返すというのは、もしかするとこの映画の大事なメッセージだったりして。
 

ゾンビものだけに、スプラッタ的な表現はあります。みっちはこの手の映像が苦手で、子供のころ鍼麻酔の手術シーンで脳貧血を起こし、長じては原爆のノンフィクション映像を見て失神してしまったくらい(ーー;)。この映画の場合は、ギャグやパロディとして見ることができる分耐えられるし、途中まではそれほど強烈なものもなかったのですが、終わり近くのデービッドがとんでもない。彼、謝ったのにこれはひどい。一緒に観ていたエントっ子にいわせると、このシーンで『トロピック・サンダー』を超えたらしい。やりすぎて笑ってしまう点ではいい勝負かと。
 

下ネタは間接的ですが、けっこうどぎついので面白いからといって小学生などと一緒に観るのは、「いまのはどういう意味?」とか聞かれて困るかもしれません。ちなみにマーティン・フリーマンはショーン一行とすれ違うワンシーンのみの出演でした。セリフも一言だけ。この映画を観ていて、『ホビット』の撮影中、彼がいろんなところで中指を突き立てて写真に収まっていた理由がなんとなくわかった(爆)。あと、このブルーレイは字幕だけで、吹替えがなかったのが残念。一粒で二度おいしいのが洋画ディスクの楽しみ方だと思うのですが。
 

『ショーン・オブ・ザ・デッド』は、エドガー・ライト監督、サイモン・ペグ主演による「3つの味のコルネット」三部作の第1作ということで、引き続き『ホット・ファズ』、『ワールズ・エンド』も購入する予定。コルネットとはアイスクリームの名称らしく、劇中、エドに頼まれたショーンがアイスを買いに外出し、目的の店も含めて状況が一変しているにもかかわらず、全然気づかず無事にビールとアイスを調達して戻ってくるシーンがありましたが、あれか。

posted by みっち | 22:08 | たまに観る映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
第8回湧き上がる音楽祭 in 北九州 コンチェルト演奏会1

・プロコフィエフ:古典交響曲(交響曲第1番)ニ長調 作品25

・リスト:ピアノ協奏曲第1番変ホ長調
・シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品47

 

ピアノ独奏:折居吉如
ヴァイオリン独奏:森山まひる
楠本隆一指揮、湧き上がる音楽祭祝祭管弦楽団

 

2017年8月5日(土)、北九州市立響ホール
 

「湧き上がる音楽祭」も今年で8年目。初日のコンチェルト演奏会に行ってきました。
 

1曲目はプロコの「古典」。この曲は演奏したことがありますが、難しく、とくにフィナーレは演奏至難だった記憶があります。響ホール合奏団を主体にしたオケはさすがにうまく、張りのある音で聴かせました。オープニングを飾るにふさわしい演奏だったと思います。弦は7、7、5、5、2という編成。
 

リストのピアノ協奏曲は、昔日本フィルの定期演奏会でカツァリスが弾いたのを聴いて以来。あのときはつまらん曲だとしか感じなかったのですが、このごろリストを面白く思えるようになっています。ピアノソロは、長身で細身。若いころのリストもこんな感じだったのではないかと思える赤い裏地の上着、赤いシャツで登場しました。ハンガリーに留学していたようで、リストは得意とするところ? 颯爽と弾きこなしていました。鮮やかな演奏で、アンコールのラ・カンパネラも妖しさ十分。まだ初々しく、舞台慣れしていない様子でしたが、すぐに婦女子を悩殺するようなソリストになってしまいそうな予感。
 

後半のシベリウスは、今年17歳になるというソリスト。水色のドレスで体は小さくまだあどけない印象ですが、演奏ぶりは実に堂に入ったものでした。技術といい歌わせ方といい集中力といい、もう立派な演奏家といっていい。シベリウスにしては音色がちょっと温かいかな、と思いましたが、音量豊かによく歌い込んだ結果のようで、お見事。感動的でした。アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番のラルゴで、これもまた素晴らしく、音色的にはこちらの方が合っていたくらい。北九州からは南紫音のような若手ヴァイオリニストが出ていますが、彼女もすぐ追いつきそう。
 

若き二人の演奏家の今後の活躍に期待します。演奏はよかったのですが、客席がガラガラだったのはもったいない。宣伝が足りなかった? 今年の「湧き上がる」には、あともう1回行く予定。

posted by みっち | 16:16 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |
スマホデビュー

ずっとガラケーだったのですが、先月末に家族がドコモからソフトバンクに乗り換えたのに伴い、スマホを持つことになりました。機種はXperia XZ。ソニー製で、最新のXZsよりひとつ前のモデル。ソフトバンクではこれが叩き売り状態らしく、奥方がピンク、エントっ子がブルー、みっちがプラチナ(シルバーにしか見えないんだけどf^^;)と、同じ機種の色違いを選びました。エントっ子はiPhoneを狙っていたようで、みっちはどうせ電話かメールしか使わないので宝の持ち腐れというやつで、機種はなんでもよかった。京セラのDIGNOの方が安かったのでそれでいいやと思っていたのですが、奥方から「おそろいにしなさい」と一喝されました。はいっ(爆)。

 

まだ操作に慣れておらず、指先に潤いがないためか、画面にタッチしても反応してくれなかったり、そういやこのごろ楽譜もめくりにくいぞ! とスマホになってイライラ感が募るきょうこのごろですが、メール画面はガラケーより広くなって読みやすい。せっかくなので、家族でラインだけはできるようにしました。

 

あと、アマゾンでスマホケースを買いました。こっちは家族バラバラで、エントっ子は猫居酒屋、奥方はト音記号の絵柄。みっちは栃木レザーの手帳型があったのでポチリ。以前、石田製帽のパナマ帽に使われていたベルトが栃木レザーだったことが頭に残っていました。製作が追いついておらず、最悪1ヶ月くらいかかるかもしれないという連絡がありましたが、10日ほどで送ってきした。思ったより早かった。携帯の色に合いそうな緑色を選んだところ、深みのある色で、革のいい香りがします。質感が高く、気に入りました。ボタンなどのない、ごくシンプルなタイプで、普通に置くと半開きになりますが、なじんでくると閉じるのかな? とりあえずいまは裏返しにして置いています。

 

posted by みっち | 23:53 | 近況 | comments(0) | trackbacks(0) |